テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

「ほらよ」と言われて振り返れば、あのでっかい冷蔵庫から取り出したのかビールを押し付けられて。
跡部にビール、なんて何とも言えない不相応なものが出てきたもんだ、なんて思いながら有難くそれを受け取る。
心の声が聞こえたのか分からないけど「それはこないだ忍足が買い込んで置いてったものだ」とか。
どうでもいい補足をされたことには突っ込まず、とりあえず缶を開けて「頂きます」と告げて口を付ける。

……本当に、何でこんなことになってんだ?
急ピッチで進んだ展開に相変わらず付いていくことなど出来なくて、私はただただ圧倒されていた。
この私の部屋とは比較も出来ない部屋に、カーテンを開けていても問題のない窓の外の風景に、そして…
何故か此処から良くも悪くも見えやすい位置にある私の部屋のベランダに――…



3年8ヶ月
-空白期間-



「悪くねえだろ?この部屋」
「……嫌味なくらい、ね。立派に日当たりを悪くしてくれてることがよく分かったわ」
「アーン?それは俺の所為じゃねえだろ」

適当に座っていたものの、結局は缶ビール片手に跡部の部屋のベランダに出てジッと真下の景色を眺める。
いやいや…落ちたら確実にバラバラになりそうな位置に住んでいらっしゃる。はあ、と溜め息が出るくらい。
これじゃ私の部屋には日差しは入って来ないってもんで、心底が恨みやら妬みやらが募ってく。
それにしても…ジャストで私の部屋が見える位置に面したもんだと感心するわ。今後は気を付けないといけない。
ここまで部屋が見えるってことは下手にカーテンを開けるとかはしないでおこう。特に夜。
跡部は私の部屋の位置とか知らないにしても私生活丸見え。此処の下の階でも、その下の階でもよく見えるだろうし。

「何か下にイイモンでも落ちてんのかよ」
「……別に」
「見るんなら上見とけ。覗きと間違われるぜ?」

……有り得る話だわ。これだけ見えたら覗きだと言われても仕方ないのかも。
とりあえず、ベランダから部屋に戻ってまったり寛いでる跡部の向かい、落ち着かなくても座らせてもらって。
何の話をするべきなのか、とかを考える必要がある気がした。むしろ、コレ飲んだら帰っても問題はないんだよね。多分。

「で、祐希が婚約って話は本当なの?」
「ああ。今はたちまち婚約ってカタチとるらしい。相手の名前聞いて驚いたぜ」
「だよねー、介護士の祐希との接点って何だったんだろ」
「……合コンじゃねえ?」
「あー……ソレか」

うん、そんな流れなのかもしれない。今回のだって「一流企業」と「左団扇」の二文字がポイントだったみたいだし。
そうまでして頑張る必要があるのか?と聞かれたなら…まあ、あるのかもしれないけど。私にはちょっと欠落した部分ね。
考えたこともなかったし、考えはしてもまだ急いて決めるようなことでもないような気もしたわけで。あ、だから越されてくんだわ。
んー御祝儀貧乏時代が到来して来るわけだ。何のために貯金してるんだか分からなくなってくわけだ。

「……お前は、どうなんだ?あのボロ部屋に何か住んでんのか?」
「ボロは余計よ。ついでに私以外に何が住むっていうのよ」
「だよな。虫と鼠はいるかもしれねえけど」

くくっ、と笑う跡部に私の顔が引き攣って、不快な気持ちで一気にビールを飲み干す。
それこそ余計なお世話だよ!って話。虫も鼠も共存してても構わないっつーの!むしろ名前付けて愛でてやる。
蜘蛛にセバスチャン、百足にピエール、ゴキにロバート、鼠は…ジェリーだね。って名付けて可愛がってやるんだから!畜生!
ボロかろうが余計な生き物がいようが私にとっては都、安らげる部屋なんだって言ってやりたい。

「何だ、もう飲んだのかよ」
「悪い?一本飲んだんだから――…」
「ほらよ、二本目だ」

……何処から取り出したんだ?
一本飲んで祐希の話聞けたからもう用はないって言おうかと思えば、軽くテを読まれて阻止された気分。

「……はあ」
「んだよ。俺様みたいなイケメン目の前に溜め息かよ」
「……自分で言うな、ジャイアンの分際で」
「あん?何か言ったか?」
「イイエ、別に」

何がイケメンだ!と言ってやりたいのも山々ではあるけど、悔しいかなそれが嘘でもなく事実なのがムカつく。
自覚症状があったからこそ「俺様がキングだー」とか何とか言えちゃったわけなんだね。パチーンとか指を鳴らしてたわけね。
あーもう何か溜め息しか出ないんだけど。本当に…何処まで神はコレに贔屓してんだか分からない。
二本目の缶開けて、とりあえず煙草でも……なんて思ったけど、そうだった。忘れてたけど煙草もライターも取られてたんだっけ。

「ねえ跡部」
「何だ?」
「一人優雅にワイン飲んでるとこ悪いけど煙草返して」

何でだろうね、アルコール入ると無駄に吸いたくなるのが煙草の成分なのかな。寝酒一本に対して五本、これ私の統計。
気付けば火は点けちゃうし、気付けば片手に持ってしまうのが癖になってて。うん、無性に意味もなく吸いたい気分。
今までこんな風に阻止されたこともなければ邪魔だってされたことはなくて。とりあえず片手出して返すように要求。
ほれほれと手を振って催促。あ、あの居酒屋での再現みたいだわ。

「何だ?口寂しいのかよ」
「依存症よ。そのうち手が震えるわ」
「アル中かよ」
「物の例え。いいから返して」
「悪いな、この部屋禁煙なんだ」

自室が禁煙とか有り得ないんですけど。てか、さっき…私の煙草奪って吸わなかったかい?
まあ、跡部の部屋だし仕方ないことだけど、とりあえず煙草だけは返してもらわないと困るのに、跡部は返す素振りはない。

「此処では吸わないから返して」
「あ?」
「ベランダで蛍族もダメなら家までは我慢するし…」
「そんなに口寂しいならキスでもしてやろうか?」
「要らない。話逸らさずに返してってば」

飲み物より高い嗜好品なんだよ。カートンで買ったら今使ってる安物化粧品くらいの値段はするんだから。
貧乏人めって言われようとも、残り半分もねえじゃねえかって言われようとも返してもらう必要がある。ある意味、化粧品より大事。
これが口寂しいからって理由に思えて仕方ないんであれば肯定もしてやろうかと思う。だからとりあえず返せと。
片手をひらひらさせて返すように催促しても跡部は特に無反応で、それにまた私は溜め息を吐く。これが何度目なのかも分からない。

「お前には煙草なんざ似合わねえよ」
「似合う似合わないじゃなくて嗜好品」
「横髪焦がしてまで吸うこともねえだろ」
「また話を逸らす。本当に苦労して買ってるんだから返してって」

家賃と光熱費と食費等の生活費を給料から差っ引いて、その残りを貯金と煙草代に当てての生活をする私。
もういっそ煙草なんて……とも考えたけど、やっぱり止めることなんか出来なくて節約生活してんの。ねえ分かるかな?
その一本が大事で、一本の一ミリですら大事で、無駄に一人で広い部屋使ってる跡部には少し理解し難いのかもしれないけど…

「綺麗な髪、してんのにな…」
「は?」
「煙草なんざ吸うから昔より肌荒れてんじゃねえか」
「な、に…」

……いつの間に跡部は隣に来たんだ?確か、私の向かいで呑気にワインなんぞ飲んでたはず。
対面に設置されたソファーに座って、何とも言えないデザインのテーブル越しに話をしていたはずなのに今は違う。
私の真横、肘掛けとなるはずの一段高い場所に跡部は居て、少し高い位置から私の頬に触れてる。

「ちょっと濃い化粧が落ち――…」
「化粧が濃いなんて嘘だ」
「はあ?いや、そうじゃなくて話を…!」
「スーツが似合ってねえってのも嘘だ」

え?何いきなり訂正なんか始めてるんだ?別に濃いと言われようが似合わないと言われようが気にしちゃないのに。
何か…まずい気がする。目が据わってるのか何なのかは分からないけど、跡部の目が、説明出来ないような色をしてる。
煙草云々言ってる場合じゃなかったのか?何?煙草吸う女が嫌いで嫌がらせとか…その類なのか?

「変わらねえって思ってたのによ、何変わってんだよお前」
「え?そりゃ年重ねれば多少なりとも変化は…」
「……焦らせやがって」

変わっていないのは目の前に居る跡部景吾。そう思っていたのに…
この瞬間的な変化に無意識に体が一歩どころか数歩引いてソファーから落ちた私。跡部は冷静にそれを見た。
「何焦ってんだよバーカ」くらい言われたんであれば良かったのに。「焦るかボケ」くらい言うことが出来たのに。

「大体、再会から耽々となんて無理だったんだ。俺はもう――…」
「……っ」

――ドンッ。
テーブルに足が引っ掛かって置いていた缶が横に倒れた。それに連鎖してワイングラスも床に真っ逆さま、急降下。
割れはしなかったものの、毒々しいまでに真っ赤だった中身が真っ白な絨毯の色を変えていく。

「あ、跡部、絨毯が…」

色が変わっていく。染み込んでどんどん広がっていく高価で真っ白な絨毯。
だけど目の前に居る跡部はその様子など見ることも無く、ただ、真っ直ぐと私の方だけを見ていた。






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