テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

「縁があれば、また会えるから」
出会った瞬間、お互いを知った瞬間に縁は嫌でも出来るものだと俺は考えた。
ただ、それはそれだけの縁で…その程度の縁で終わってしまうこともきっとあるだろう。
それをそこで終わらせてしまっていいのか。もし、終わらせたくないのであれば…動き出さなければいけない。
動き出して、歩き出して。自らが意思を持って動き出した時に、もっと強い縁が生まれて来るんだと思いたい。




Miss Coolness Rebirth




数年ぶりに触れた彼女は、何も変わっちゃいなかった。
柔らかなしゃぼんの香りがして髪はサラサラのくせにひっ詰めてて…変わらないあの日の雰囲気のままだ。
おそらく今も人に媚びることをしないままに生きてるんだろう。控えめに俺の上着裾を握ってるところを見れば、な。
馬鹿な女だ。きっとあの頃から何一つ変わらず過ごして来たんだろう。スカした様子で大人ぶって…変えず変わらずか。

でも、もう大人ぶった態度の彼女はもう居ない。
何か告げようと必死に服を掴む姿はまるで子供のようで、その何かを言えずにいるのは長年色んなことを我慢して来た所為だろう。
初めて出会った頃、一人で家を守らされていた彼女はおそらく自分のやりたいことが出来ぬままに時間を過ごしてた。
俺たちと同じ学生でありながらずっと一人で…小汚い民宿を切り盛りしていた。飄々とした表情で平然と最初から最後まで。
本当は…辛かったんだろう?今なら時折見せていた何とも言えない表情の意味が、分かる。

「あの日言えなかった言葉を、もう一度告げる」

記憶の中にある一部分。あの日の彼女は確かに苦笑していた。
別れ際に告げさせなかった理由、それは…お互いにお互いを縛れないと分かっていたから、だろう?
どうにも出来ない。どうなるわけでもない。あの7日間というのは、ただ、お互いに好きだったと思い出にしかならない。
そう考えたから敢えて言わせなかった。本当に思い出として終わってしまうから――…

「今も変わらず好きなままだ」
「……あと、べ」
「もう思い出にはさせねえ」


彼が、そうでないのであれば俺以外、誰が彼女を幸せに出来るだろうか。


勝手な言い分かもしれない。もっと相応しいヤツが存在するかもしれないが、そんなの知ったことじゃない。
こうして彼女が腕の中に収まっている事実、彼女が自分から俺のところへと来た事実、それが全て。
独り善がりの恋が、独り善がりでは無かったんだと確信するしかねえだろ、この状況では。だから、

「連れて帰るとは言わない。ついて来いとも言わない」

自覚あって言おう。分かってて言おう。選択肢は彼女に与える、と。
どんなに異議を唱えられたとしても、俺は会いたくなればいつだって勝手気ままに会いに行けるのだから。

「全てはゆいの意思だ」
「……わた、し」
「ああ。お前が決めた道にどのみち俺は付く。今決めた」

一度ならず二度も目覚めた俺の決意は固い。そうまでしても俺は欲しい。誰よりも、彼女が。
不意に自分自身に変革が訪れたような…そんな感覚が己の中で芽生え咲いた。迷いなんか存在しない。
……この俺にここまで言わせ、想わせたヤツなんか後にも先にもただ一人となるだろう。
そう考えればあの日、あの場所で出会ってしまったのは間違いなんかじゃなかった。忘れられるものではなかった。

「……私、に、付く、の?」
「ああ」
「何、で…」


そんなの決まってる。


「好きで、もう手放したくないからだ」
「……っ」
「もう俺はガキじゃねえ。まだ縛られてるものもあるが…自由だ」

あと少しの期間、その間は学生ではあるけども、もう自由だ。そういう意味では縛られているが、もう平気だ。
あの頃とは違う。何も出来ないわけじゃない。想うだけで終わることもない。
誰かに邪魔されて、何かに邪魔されて身動き出来ないような子供では無くなったんだ。

「だから勝手に付いてく。ゆいの意思で」

いつの間にかお互いが見つめ合った状態で会話は成立していた。
彼女の今にも泣きそうな顔に一瞬心臓が跳ねたが、無意味にも大人ぶって冷静を装ってみる。
もう子供扱いはされたくないがために、対等で居たいがために、俺の心がさせてるもんだ。

「……今すぐ、答えは出ないか?」
「……こ、たえ」
「お前はどうしたい?どう思ってるんだ?」


――ずっと、好き。だから、離さないで。


強く抱き締めることでしか、返事が出来なかった。
ずっと、その答えが聞きたかった。そうだと分かってしまった時からずっと、その答えだけを待っていた。

泣き始めた彼女に掛ける言葉は見つからなくて、ただキツく抱き締めて頭を撫でるしか出来ない俺。
情けないが、俺の方も安堵で涙が出てしまいそうなくらいに気が抜けた気がする。
目覚めから決意し、絶望し、また新たに決意し…今度は絶望が希望へ、希望が先へと繋がったんだ。
気が抜けないわけが無い。よく考えてみりゃずっと気は張ったままでいたんだからな。ここまで緊張したことはない。

ふと、安堵からか周囲の景色が見え始めて穏やかに微笑む彼の姿が見えた。
そうか…最初から彼は気付いていたのかもしれない。最初に会った時も同じ表情で俺を見ていた。
見知らぬ男だってのに笑って、名前も告げなかったのにただ笑って――…

「景吾くん」
「……はい」
「今度は私が言わせてもらおう」

とても満足そうな表情をしているように見えて、何処か意地の悪い表情にも見えた。

「ゆいを、頼んだよ」









それから俺は一人、都内へと戻って来た。
大学もあと3年ほど残していて、その間に出来ることはまず本業をこなすことにあると思ったからだ。
そして彼女もまた急にどうこう出来るような状態ではなく、同じようにまずは自分の出来ることをすることに決めた。
ただ、以前までとは違うことは…いつだって会える位置に俺らは存在していて、意思で会えるということ。


「オイ、跡部!テメエの所為でこないだの試合――…」
「うっせえ。負けたのを俺様の所為にしてんじゃねえよ」
「はあ?」

忍足にはちょこちょこ会う機会はあったが、一週間ぶりに見た宍戸は無駄に怒りを露わにしていた。
そういやどっかの大学と懇親試合か何かがあったな。それに負けるわけにはいかねえとか言ってたのを思い出す。

「いい加減精進しやがれ」
「んだと?大体テメエが――…」
「まあまあ。景ちゃんにも色々事情あんねん。なあ?」
「事情?テメエが取り次いだ試合より大事なもんなのかよ!」

……そうだったな。確か取り次いだのは俺だったな。誰かに頼まれて…すっかり忘れてた。

「大事も大事。好きな子を追っかけたんやもんなー」
「はあ?んな下らねえことかよ!」
「阿呆やな宍戸。この景ちゃんがマジ惚れした子やで?興味あれへん?」
「ない!」

……まあ、興味があろうがなかろうがどうでもいいが。
怒り心頭してる宍戸を宥めようと忍足はしてくれてるのか、色んな言葉を吐いているが意味はなくて。
宍戸は「下らないのに色ボケすんな」と罵り、忍足は「色ボケ相手を見せてーな」と笑う。
本来なら無視するか逆ギレするかの二択での会話構成となるのだが…何故か今日はその二択が存在していない。

「お前らにも会いたがってたぜ?」
「はあ?何でテメエの女が…」
「俺らの知ってる子なん?」

忘れてなければ知ってるだろう。覚えているならば顔も出て来るだろう。

「志月ゆい」
「……は?」
「あれから強くなったのか気になってたとよ」
「……ちょお、待て。志月、ちゃんて」

強烈だった中学最後の夏合宿、思い出したか?確か俺以外は朝、氷落とされたよな?

「近いうち、一度は会わせてやるぜ?」

車を走らせればすぐにでも会える。すぐにでも連れて来れる。俺たちはもう繋がってしまったから。
そこまで深く話してやるつもりはねえから、状況が飲み込めずに居る二人を残して俺はさっさと講義室から出た。
出た直後に叫び声が聞こえたような気がしたが、戻ってやるつもりもねえから放置して。


携帯を取り出してみれば一件、講義中にメールが入ってたらしくてそれを開く。
今日はもう仕事を終えた、という短い文章に歩きながら返事をすればすぐにまた一通のメールが返って来た。
お疲れ様、とまた短い文章だが満足で…そこでカチリとスイッチが入り、今度はメールではなく直接電話を掛けた。


――今から行く。


彼女が何かを言う前に自分の意思を明確にして、彼女は苦笑しながら「分かった」と告げた。
あっちは仕事が終わっている。自分も講義は終わって時間は空いている。ならば…そういうことになる。
幸い、彼女は東京に居るからな。都内から離れちゃいるが、以前住んでいたド田舎よりは遥かに近くに居る。
いつだって会いたい時に会える。距離的にも、気持ち的にも。



――縁があれば、また会えるから。

共有出来る時間がもっと長く取れた日には、彼女の生まれ育った地を踏もう。
約束通り、彼女を見つけた。伝言も伝えた。だけど、俺はまだ彼らにきちんとお礼を言っていないから。
そして彼らにゆいを会わせなくてはいけない。待ってる、と言っていたから。


「君なら、その目で見つけるでしょう?意地でも」
確かに俺は、この目で彼女を捕らえた。捕らえて、もう二度と離すことはしないと決めた。



2009.08.22.


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