テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

思いかげないハプニング
(短編シリーズ 赤也)

偶然を装うのは一見簡単そうで難しかった。
バス通だってのは知ってた。どの路線のヤツに乗って何時くらいにやって来るのかだって知ってた。
ただ、その時間帯のバスとかめっちゃくちゃ多くてどれに乗ってるかなんて分からない。それに...俺、朝弱い。
どうにか努力して起きてバスに乗っても毎回手遅れってヤツであんま意味ねえことばっかしてた。

.........けど、

「あれ、志月じゃん」

息を切らせて走り込んで来た志月を見た瞬間、俺は自分の目を疑った。
だって俺、寝坊しちまって遅れたバスに乗り込んじまって、もう色々かったるくなってた時で...

「お、おはよう切原くん」

行儀最悪の状態。すんげえ後部座席で不貞寝してた。
出来れば見られたかなかったのに...彼女が走り込んで来たんだ。でも、平然を装うに必死だった。

「はよ。珍しいな、遅刻じゃん」
「う、うん。ちょっと寝坊して...」
「かなりダッシュしてくる子がいるなーって見てたけど、まさか志月とは思わなかった」

これ、ガチな話。
だって志月は遅刻とかしねえと思ってたし寝坊とか有り得ねえくらい真面目だから驚いた。
でも、それ以上に...嬉しかった。念願の偶然装いが出来たから。
とは言っても彼女は何か知らねえけど怯え気味、俯いたまま、で、寝癖付いてて可愛い。
本当に焦って乗り込んで来たんだと思えば少し笑えた。

いつからとか何でとかなくなーんとなく目で追ってた。
ちまちま動く姿、きゃっきゃと笑う姿、運動音痴で笑える姿、本を真剣に読む姿...見てた。
ただ見てて好きだと思ったのもいつか分からなくって、でも声も迂闊に掛けられない。
何つーか、俺と彼女のキャラ違いすぎてどうしていいか分かんなかった。だから、ずっと偶然を装ってた。

「.........何、でしょうか?」

と、ガン見しすぎてたのか視線に困った彼女が口を開いた。
彼女から話し掛けて来るのって初めてじゃね?と半ば動揺する自分が情けない。

「寝癖、ついてるなーって」

まあ、嘘じゃねえけど大した寝癖ではない。だけど、

「ええっ?何処にっ?」

想像と違うリアクションされた。わたわたっとして髪の裾を触り出した時、どうしようもなくときめいた。
一応、跳ねてる場所とか教えてやるついでに髪とか触って...こっちは想像通り柔らかい。
「目立たない、かな?」とか「朝、確認したのにな...」とか、うん、初めて見る表情が、

「気にするほどでもねえよ、可愛いし」

可愛かった。そうか、おれ、こーゆータイプが好きなのかって改めて思うくらい可愛かった。



次は、立海大付属中学前です。お降りの方は――...



無粋なアナウンス。何かなあ、此処で終わりたくねえ。
志月のカバンはこっちにあるし、停車ボタンもこっちにある。じゃ、降りるかーと本当は言わなきゃいけないけど、

「.........ほえ?」
「押しちゃダメっしょ」

動く様子のない俺の前、おずおずと伸びた手を握った。

「え?だけど、私たちはここで降りないと」

うん、今だったらギリギリ走れば遅刻はしない。授業にも間違いなく間に合う。
でも俺はそれ以上に"今"が大事で授業とかどうでも良くなってて、だから、押して欲しくない。

「デートしよ」
「は?」
「折角だからデートしよ」

手は握ったまま、学校が遠のいてくのを見た。
もっと早く過ぎてけばいいのに、と俺との想いとは裏腹に動揺する志月を見ながらそう思った。
キョロキョロして動揺としてちっとも俺の方を見ようとしない志月。

「好き」
「へ?」
「志月が好きだ」
「はい?」

それでも好きだ。そう、自然と零れた言葉。

「好きだから待ってた。いつも、毎朝、同じバスに乗って...」


※2012年もの、赤也


(3/5)
[ 戻る付箋 ]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -