テニスの王子様 [DREAM] | ナノ

人知れず泣いているような…
そんな顔をしていた、と思う。初めてあった日から。気付く限りの時から。
その理由はよく分からない、分かるはずがない。アイツじゃねえから。
だけど、少なくとも昨日の夜。アイツに会った時は――…


「……何の真似?」


そんなこと…俺が聞きたいくらいだ。
その言葉を耳にした瞬間に俺は背を向けて歩いていた。
まだ残る俺のものじゃないぬくもりを感じながら。

不可解な行動を取った自分自身に尋ねても答えは出なかった。
一睡も出来なかった翌日は…生憎の雨模様。
天気くらい晴れていたならば良かったものの…何となくそう思った。




Miss Coolness




昨日まで雨なんて降る気配は一つもなかった。
台風が来ているわけでもないのに、ただ雨音は深々と響く。
夏の天気は気まぐれ。気まぐれに変化する。このうっとおしい暑さだけを残して…



「残念ですが、コート使用は不可能です」

起床時は雨など降っていなかった。それは朝に確認していた。
ただ愚図ついた様子だけ、その何とも言えない窓から垣間見せていた。
曇りなら問題はなかったはず。それが嫌がらせのように変わったのはついさっき。
パラパラと降る雨から、少しずつ激しさを増していくのを俺は見ていた。

「自主練を兼ねた休日でも楽しんで下さい」

コートと空模様も報告を兼ねて現れた女は、それだけ告げて部屋を後にした。
ハードだった練習からのちょっとした解放。誰もが喜び、羽根を伸ばし始めた。



「田舎の天気は変わりやすいっちゅうけどホンマやな」
「出掛ける直前で雨、だもんな。天の恵みだな、こりゃ」

畳の部屋でゴロゴロゴロゴロ、どいつもこいつも転がりやがる。
特にすることもなければ、何もないこのド田舎での時間。
他にすることがないと言えばない。余興品も持ち合わせてない。
何かすることさえあれば…何も考えずに済む、そう思っていたのに。

「どうかしましたか?跡部さん」
「ああ?」
「思い詰めた顔、してますよ?」

不意に鳳がそんなこと言い出すから…皆見てんじゃねえか。
俺は野郎からジロジロ見られて喜ぶような趣味は持ち合わせてねえ。
だけど…他人から見て、今の俺はそんな顔してんのか…とか頭に過ぎる。
思い詰めるようなことなんか…あるはずがないのに。

「馬鹿か?長太郎。コイツが何思い詰めんだよ。激ダサだな」

言いたい放題かよ。しばくぞ、宍戸。
つーか、そこで「すみません」とか言ってる鳳。お前も死にたいのか?

「甘い…甘いで宍戸。まだまだオコチャマやさかい仕方あれへんけどな」
「んだと?この自己中・跡部が何を思い詰めるってんだよ」

……まだ言うか。本気で飛ばすぞ。
そこでニヤニヤしてやがる忍足とセットで海外に売り飛ばしてやろうか?

「せやな…ほれ、ゆいちゃんと――…」
「アイツは関係ねえだろ」

そう、あんなヤツと何の関係があるってんだ。
あんな可愛げも何もない女、年上ぶって保護者ぶって…
あんなヤツごときに俺様が思い詰める必要があるんだ。逆に聞きてえよ。

「……ま、そういうコトにしといたるけど」
「ああ?」
「俺が狙ろうとる子やさかい、あんまイジメたらんといてや」

忍足の不敵な笑い、抗議する他のヤツの声。
良かったじゃねえか。愛想も愛嬌もねえくせに今だけモテてるぜ?
俺に無意味な布告するヤツも居て…なあ、それが何になる?

「俺には関係ねえよ」

そう。俺にはあんな女の一人や二人、何の関係もない。
昨日のことだって…こんな閉鎖的な空間にいたからこそ、血迷っただけの話。
合宿が終われば縁も切れ、記憶の片隅からも消えてなくなる存在。
俺の人生においての通過点にたまたま居ただけの存在なんだ。
だから…これから忍足がどうこうしようと関係ない。関係ないんだ。

「……散歩してくる」
「ええ?こんな雨の中をかよ」
「そんなの関係ない」

こんな場所に居たら息が詰まりそうになる。
それだったらまだ雨風に晒されていた方がマシだ。
それだけは俺の中で確かなことで、何も持たずに部屋を出る。
窓から見える限り、雨は激しくなる一方のようだが…関係ない。


どうでも良いほどに…降り続けばいい。


田舎道の地盤は緩くなっていた。
気に入っていたはずの靴だが、今は汚れようがどうしようが気にも留まらない。
降り注ぐ雨の中、行くアテなんかもなく、ただ歩いていた。
まだ朝だというのに空は真っ黒に染まっている。降り注ぐ雨の粒は見るからにデカい。
夏の気候の変化、どうやらただの通り雨ではなさそうな…そんな予感。

車の行き交うことのない道。そこを堂々と歩いてみる。

当然、何も居やがらねえから誰も文句は言わない。
つくづく最悪だな。ド田舎ってのは。
ウサ晴らしも出来なければ、適当な馬鹿女もナンパ出来やしねえ。
何もない辺鄙な場所は…何もかもを、この俺でさえも、嫌にする。


「何やってんの、跡部!」


適当に歩いて、人のいる方角を目指していたのかもしれない。
誰も気に留めることのない場所へ行きたかったのかもしれない。
ただ、それを邪魔するモノが激しく気に入らなかった。
傘を持って走ってきて、ずぶ濡れになった俺に傘を差し出す女が…邪魔だった。

「風邪をひくことくらい馬鹿でもわかるでしょ」
「てめえに関係ない」
「そうもいかないわ。さっさと戻って」

イライラする、ムカムカもする。
俺に指図するような、お節介な女は大嫌いだ。
そう…お前が大嫌いなんだよ。


「俺に近づくな!」


―― パンッ。
音と共に自分の見ていた方向がズレて気付くこと。
痛いといえば痛い。痛くないといえば、さぼど痛くもない頬の鈍痛。
特に派手な音が鳴り響いたわけでもないが、耳の奥に痛みがある。
それが何の音なのか認識するまでに時間が掛かった。
こんな平手を喰らったのは、久しぶりだ。


「気に入らないのは分かる。だけどアンタはウチの客。勝手な真似はさせない」


視界の隅に傘が転がっているのが見えた。
激情に駆られたのか、傘を放って俺の顔を引っ叩きやがったんだ。
握り締められた拳がガタガタを震え、歯を食いしばっているような表情。
何をムキになってキレてやがんだ?コイツ…


「ほら、帰るわよ」
「てめえだけで帰れよ。夜に戻れば問題な――」


――バチン!
今度のは派手な音と痛みが広がった。
耳の奥がキンキンと耳鳴りして、頭がグラグラしている。


「子供じゃないんだから、いつまでも拗ねんな!」


何だよ、この女は…わかったようなクチを聞いて偉そうにしやがって。
文句でも言ってやれば良かったのに、気迫に圧倒された。





降り止まぬ雨の中、腕を引かれて戻った先。
そこは俺たちの泊まっている民宿ではなく、女の家だった。
無意識に歩いた所為か、コイツの家の付近の道を歩いていたらしかった。
麓を降りる道ではなく、全く違う場所へ向かう方向へ…

「私の部屋からたまたまアンタの姿が見えたのよ」

生活感の見えない家の中、何もないリビングへと連行された。強制的に。
何処からかタオルを持ち出して、それを俺の頭の上に置く。

「お風呂沸かすから、髪くらいは拭いといて」

濡れた服が重く、気持ち悪い。
それを承知の上で外へ出たはずだが…こうなるとは思わなかった。
少なくとも民宿へ戻れば着替えはある。いつまでもコレじゃなくて済んだはず…

廊下の方を見れば古いベニヤの床に俺の足跡が付いている。
民宿以上にボロな家。やっぱり人の気配がない。
案内されたリビングを見渡しても、人が生活しているような様子がない。
家具も少なく、モノというモノがない。居住空間では、ないな。
不気味なくらいに静まり返ったこの場所は…何だか気持ちが悪い。

「ちょっと、ぼんやりしてると風邪ひくわよ」
「……ここは人が住んでるのか?」
「私が住んでるわよ。いきなり失礼ね」

確かにそうだ。此処には少なくともコイツが住んでいる。
だが、拭い切れないほどに募る疑問と不信感。
ふと見た方向に不思議なものを見つけて…そこで察知する。
生活感を感じることすら出来ない、この家は――…


「……なくなるんじゃないのか?此処は」


一瞬だけ硬直した表情、見開いた目。
女は何も言わなかったが…どうやら俺の勘は間違っちゃいないようだった。
無言となった空間で、女は懸命にぶつけられた言葉を聞き流そうとしていた。

別に答える必要はない。言いたくないのであれば。
他人の、しかも、こんな女の家庭事情なんて興味ない。
知って得するようなコトじゃない。だから興味なんて…

「経営状態悪そうだしな。しかも両親はいないときた」

そして残された家具の中でも少しまともな…値のありそうな物に貼られたモノ。
それが何を意味するものなのか、分からないはずがない。

「この夏が最期、だな」
「……そろそろお風呂沸くから、入ってきな」

言葉はそのまま流された。
的を得すぎていたのか、だからそれ以上は口にしなかった。


ボロボロの風呂から出る頃、脱衣室には俺の服が用意されていた。
あの濡れた体でわざわざ取りに行ったのだろう。
だけど、女の姿は何処にもない。
案内されたリビングに戻って見渡すも、その姿は見つからなかった。

何もない、寂しい家。ぬくもりすら感じない。
人の気配すらないこの家の中、何を考え、過ごしているのか…
アイツが毅然としているから、俺には予想すら出来ない。
気に留める必要こそないが…気になっている自分がいる。
それが不快で、すぐにその家を後にした。



2006.09.25.


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