逆転 | ナノ

龍ノ介と亜双義

つい十日ほど前までは、薄手のシャツでも汗ばむような暑さがここ三日くらいで嘘のように冷えた空気に変わった。昼間はそれほど冷え込まなかったが、やはり夏の苦しくなるような日差しは和らいで、冬の足音がすぐそこまで聞こえている。すっかり秋だ。そういえばいつの間にか、あのつんざくような蝉の大合唱を聞かなくなった。聞こえるだけでもなんだか汗をかいてしまいそうなものだが、聞こえなくなると少し寂しいような気もする。虫のことはよくわからないけれど、この頃日が暮れるとコロコロと鳴き出すあの虫たちの声は、どこか心細くなってしまうからあまり好きではない。
「秋だな」
隣を歩いていた亜双義はふと、ぼくに切り出した。沈み始める燃える茜色が、亜双義の輪郭を染めていた。つくづく赤い色が似合う男だとぼんやり思う。
「そうだな。あったかいものが恋しくなる」
例えば、焼き芋とか。アツアツに煮えたダシに浸かるおでんとか。炊きたての白飯とか。ゼンブ食べ物なのが、ぼくの食い意地の悲しき性だけど。とにかく、暖かい物ばかりを想像してしまうのだから、寒さを実感しているのだろう。
そういえば、いつもアツい風を吹かせているコイツは寒さや冬の気配を感じることはあるのだろうか。今しがたその話を吹っ掛けられたところだが、にわかに信じがたい。亜双義もヒトの子ではあるのだけれど、何せ鍛え方がぼくとはまるっきり違うのだ。未だ冬を共に過ごしていないから当たり前ではあるけれど、亜双義から寒さを感じる言葉を聞いたことがないのではないかしらん。ぼくと言えば、夏が来れば「暑い」以外の言葉を忘れたかのように連呼するし、この冷え込みが本格的になれば「寒い」と訴え続けるだろう。実に単純な男である。
「これからもっと寒くなるのか」
「キサマのことだ。布団からますます出にくくなるのだろうな」
くつくつと喉を鳴らして静かに笑う。想像とは言え、ぼくの朝の姿を目の前で見てきたような物言いだ。……まさにその通りなのだけれど。
「亜双義は寒さに強そうだ」
好き勝手ぼくのことを想像されたので、仕返しにと朝の亜双義を思い浮かべる。そこには、日も起きてすらいない暗がりで寝起きとは思えないくらいにキビキビと行動し、朝の支度をすませてから日々の鍛錬に余念のない友の姿があった。
「この頃寒いとは思う」
ぽつりと吐き出したかと思うと、ヒヤリとした感覚が手をかすめる。亜双義の冷えた手がぼくの手に触れたのだ。珍しい。いつもとても温かい手をしているのに。お前でも冷えるんだ、とまるで人ではないなにかのように言ってしまったから、亜双義は堪えきれずに吹き出した。
「オレだって寒さくらい感じるさ」
「いや、でも。お前からは何故かアツい風が吹いているような気がするのだけれど」
冷えきった手のひらが、熱を増したぼくの手を包む。辺りはすっかり暮れていて、街の明かりがぽつぽつと遠くに見え始めている。秘密を共有するには好都合だ。きっと今のぼくたちは、隣を歩いているだけのようにしか映らない。冷たい指先をするすると、往復するように指の股に這わせた時のぼくの反応を、亜双義はそれは楽しそうに目を細めて眺めている。内側からぞわりとするような感覚に身震いを引き出されて、思わず亜双義に視線を送ると、先よりも満足したような笑みに変わった。
「その目だ」
「なにが」
「好きな目だ」
褒められたのかばかにされたのかよくはわからないが、手を好きなように擽られているだけなのにどうしようもなく昂ぶってしまう自分に呆れていた。今の心をどこに置けばいいのかと居た堪れない気持ちでいると、亜双義はぽつりと自白した。
「寒いと言えばキサマに触れる理由になるからな」

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