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伊奈帆とスレイン

 彼はアルコールに弱い、というより悪い酔い方をする。
笑ったり泣いたり騒ぎ倒して、翌朝には飲んでいた記憶はすっぽりと消えている。上戸な彼を見守りながら自分には水を次ぐ。そして頃合いを見計らって秘密を溢すのだ。
「スレイン好きだ。付き合って」
 さて、この一世一代をどう笑い飛ばしてくれるだろう。

「好き?君が?僕を?はは、なにそれ面白い冗談だ!伊奈帆は僕を飽きさせませんね!」
 その調子。ころころと笑うスレインを尻目に、僕の告白は無惨にもただの薄っぺらい冗談になるはずだった。これだけ笑い飛ばしてくれれば、諦めもつく。新しい一歩を綺麗に踏み出せる。しかしあとに続いた言葉がそれを許さなかった。
「面白い。いいでしょう。では、一芝居打ちますか?僕は今から君の恋人だ。」
「何、言ってるの…?冗談だって」
「冗談でしょう?ならば簡単ではないですか。この場限りなんでしょう?」
本当に君と付き合えるなら、素面のときにちゃんと考えて伝える筈だった。僕の中にあった常識がそれを許さなかったから、諦めてしまおうと笑い飛ばされるように持ってきたのにこれでは、酒の勢いに任せた脅迫ではないだろうか。その反面で良くないもうひとつの抑圧されていたものが語りかけてくるのだ。好都合じゃないか、と。この空気に
飲まれてしまえば、取り返しはつかない。まだ残る理性を必死に手放さないように、スレインに言い聞かせる。
「遊びでもこういうことは良くない。君の気持ちはどうなるの?」
「僕の気持ち?」
「君には好意を寄せる相手はいないの?」
「君」
「へ!?」
 自分らしくない間抜けな声が出た。飲んでもいないアルコールで思考が鈍っているようだ。目の前の男は何を言っているんだ。
「あ、言っておきますがホモじゃないですよ。でも特に好きな子がいたりするわけではなく、君とはなんだか友達以上というか、僕の居場所みたいな」
「それは、好意ではないね」
「それでも伊奈帆なら大抵の事は平気かもしれないですよ」
「大抵って」
 僕の言葉はスレインに飲み込まれていた。“大抵の事”を身をもって実証されてしまったからだ。僕の乾ききった唇に、アルコールがほどよく回って熱を持ったスレインの唇が押し当てられていた。
「っ!何して……」
「できちゃった…。キスは大丈夫です」
しかも少しアルコールを流し込まれたようだ。独特の香りが鼻を抜ける。
「ねえ伊奈帆。僕たち今は恋人なんですよね」
「………」
景色がうすぼんやりとして、徐々に喉から熱を帯びて来ている。
僕の脳は回転をやめてしまった。

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