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伊奈帆とユキ

!)生理ネタ
!)伊奈帆8歳、ユキ姉14歳DVD特典小説くらい


薄着では少し肌寒さを感じるようになったある秋の午後2時。界塚ユキはベッドの中で丸くなっていた。平日のこの時間に家にいるのはつまり登校していないことを意味するが、朝起きられなかったということでも、サボりでもなく、真っ当な体調不良という理由がある。ここのところなんとなく、熱っぽく頭が重いとか、冷え込んだ覚えもないのに立っていられないような腹痛を抱えるなど、予兆のようなものはあった。しかし、風邪だと思い込んだユキは風邪薬を飲んで寝れば治ると言い張り、粉末タイプの苦い風邪薬を毎日用量用法を守り飲み続けていた。そして今朝、風邪薬は効果を見せることもなく、発熱と腹痛と頭痛が猛威を奮って襲いかかったのである。というのも、持ち前の健康体で起きたてはいつもの朝を迎えていたのだが、一緒に暮らす弟の界塚伊奈帆に指摘されたことで、穴の空いた袋のように次から次へと不調が零れ出始めたのだ。
「大丈夫ユキ姉?顔色悪いよ」
「えっ?!」
「なんともないの?」
「そういえば、お腹痛い!」
「今日は家で寝てなよ」
 驚いた。今朝もいつもと変わりなく起きて朝食を食べ、着替えて学校。という日常を過ごすつもりが、出鼻を挫かれた上、後から押し寄せる不調の波が想像以上に苦痛なものだったから。腹痛のあとは目眩のするような重い頭痛がユキを襲った。幸いすることもなかったので、睡眠に徹していたら痛みもどこへやら、いつの間にか2度目の快眠に落ちていた。そして午後の日差しに目の奥を刺激され、ゆっくりと瞼を開いたのが今である。
「なお君今頃授業中かなあ」
 あくびと共にそんな一人言を吐き出してみる。家には伊奈帆と自分しかいないし、今はその弟だって学校でいない。一人で家にいるのは、初めてに近いことではないだろうか。そういえばこちらへ越してきてからというもの、風邪だとか体調不良なんかを訴えたことがなかった。自分も、そして伊奈帆も。伊奈帆はなにかと風邪を引かないし、もしかすると風邪にならないとっておきの方法を知っているかもしれない。帰ったら聞いてみようか、などと考えていると思い出したようにじわりじわりと重い腹痛が、下腹部にのし掛かるように現れる。
「いっ、たたた……」
 思わず声を挙げて耐える。原因不明の腹痛に、もう一度微睡みの中へ逃げ込もうと、頭の中にふかふかの羊を用意する。眠りたいときは羊を数えなさい、と遠い昔教わった母直伝の睡眠法をまさに試みようとしたとき、玄関の鍵がガチャリと音を立てる。それが意味するのは、弟の帰宅である。
「ただいま、ユキ姉」
 パタパタと軽快な足音と、弟のいつもの調子の声。それから言葉にはしていないが、大丈夫?と首を傾げる動作。
「おかえり。まだちょっとしんどいかな」
 無言の優しさにそう返事をしつつ、少しでも回復の兆しを見せようと笑ってみせる。
「夜までにはよくなるといいんだけどね」
 上体をゆっくりと起こす。そんな動作さえ億劫になる痛みが下腹部に伴うが、弟がこれ以上心配しないように早く治さなくては。そんな思いだけが先走っていた。
「無理しちゃダメだよ」
「無理なんてしてないよ!私頑丈なんだからあ!」
 そのまま空元気の勢いで布団から立ち上がろうとしたとき、伊奈帆が小さな口を開いていつもの調子でそっと告げる。
「もしかしてユキ姉、初潮が近いのかも」
 しょちょう。聞きなれない言葉に、どういう漢字を書くのかピンと来ず、平仮名変換で脳内にタイピングされる。変換キーを乱暴にガシガシと押し込めても、今の状況にそぐわない語彙しか思い浮かばなかった。
「学校で習ったよね。生理って言えばわかるかな」
 語尾は消え入りそうなトーンで、少し照れている(ように見える)伊奈帆につられてユキもどんどん頬に熱を持ち始めていた。伊奈帆が空を見つめて、取り入れた知識をまるで図書館の書物をそのまま朗読するように続ける。
「ホルモンのバランスが整っていない10代の生理痛は重くなることが多いみたいだから、冷やさないようにして血行を良くするといいんだって。すごく痛いからって大人向けの鎮痛剤は飲んじゃダメだよ。あと痛くても体を動かすといいみたい」
 気恥ずかしさの抜けた伊奈帆はすらすらと流れるように対策法を唱えていく。一方、頭が混乱して伊奈帆の話を一ミリも理解できていないユキはぱくぱくと打ち上げられた魚のように口を開閉していた。
「食べ物は魚とかゴマがいいんだよ。今日の晩御飯、焼き魚にしようか」
「なお君、調べたの…?」
 怪訝に思い訪ねると、なんの躊躇もなく頷く弟。そう、初潮について話す彼は、母親でもなければ女でもない、弟なのである。原因が不明であれば徹底的に調べあげて、知識として吸収していく。それが伊奈帆の博識の源なのである。
「あと、準備。来てからじゃ遅いと思うから」
 やけに説明が薄い言葉を残して、伊奈帆は口を閉ざした。ここは汲み取らなくればならないらしいが、理由なんてすぐに見当がついた。準備というのはサニタリー用の下着やナプキンのことだ。やはりここまでは男では踏み込めなかったのだろう。もう十分すぎるくらい助言は貰った。
「ありがとね、なお君。」
 短くて少し癖のある柔らかい黒髪を撫でる。くすぐったそうに微笑む伊奈帆は少し恥ずかしかったのだと思う。
 ユキを苦しめていた痛みは少し和らいでいた。

◆◆◆

 午後10時。伊奈帆が言った通り、今晩は焼き魚を食べてから、風呂を済ませてほぼ一日お世話になっていたベッドへ再び身を預ける。半日以上横になっていたので、眠気は暫くやってこなさそうだ。微睡みが訪れるまで読書でもしようと電気スタンドを探していると、小さいノック音が転がる。
「なお君?」
 この家には自分と伊奈帆の二人だけなので自ずと弟の名前を呼ぶと、返事の変わりに言葉が返ってきた。
「ユキ姉、ここのところ具合悪そうなのに気付いたとき、僕から韻子のお母さんに話そうかと思ったんだ」
「うん?」
「でも僕が力になれることじゃないだろうから」
 どうやら体調不良を初潮の前触れだと見抜いた伊奈帆は、自分が相談できる相手を探してくれようとしていたらしい。それだけでも出来た弟だと思う。自分に降りかかろうとしている問題に気付きもせずに、風邪だと決めつけていた自分が情けなくなる。
「なお君は十分助けてくれたよ。ありがとう。明日にでも相談しに行ってくるから、心配しないで」
「…うん、おやすみ」
 ドアを挟んでの会話のため、顔は見えなかったが漸く安心できた様子が声に現れていた。探していた電気スタンドは見付かったが、伊奈帆の穏やかな声が眠気を運んできたかのように優しい微睡みがユキに訪れる。痛みの消えた体は、ゆっくりと深い眠りに落ちていった。


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