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朝を迎える(兎折)

 腫れた瞼と枯らした声がおはようございますと朝を呼び込んだ。ベッドから手を伸ばせば、カーテンの開閉が完了するこの部屋の造りは、きっとこの日のために設計されたんだと僕は思う。
 眩しさに目を眩ませながら確かに腕の中にある温もりを、昨夜の続きのように彼が僕を抱き締めると、羽毛に沈んだ腕を背中にまわした。
肌と肌で触れ合ってどうして一つにならないのか不思議なくらいだ。一体でいいじゃないか、こんなに思いあっているのに。
「ふふふ」
「何笑ってるんですか、先輩」
「目、腫れてます」
「先輩も、ね」

 布が体温を隔てることのない姿は目蓋に焼き付くほど鮮明なのに、改めて視界に入るとお互いに求め合ったことを思い出してじりじりと熱が身体を支配する。彼の白い肌に付けてしまった爪の引っ掻き傷もまた、行為の激しさが確認できる唯一の証だった。肩や腕に残る傷痕を申し訳無く恥ずかしく思って、見付けてしまったことを嘆く。きっとあの時だと、記憶に新しい抵抗を思い浮かべた。

「先輩?」
「ごめんなさい、僕昨日引っ掻いちゃって」
「気にしないで先輩。この傷とても嬉しいです」
「でも、バーナビーさんは撮影とかあるでしょう?」
「大丈夫。暫くはありません。この間撮影が終わったので」
 そう言ってプレゼントに一部貰った写真集を指差す。

 彼はヒーロー業以外にも、アイドルのような仕事もこなしている。例えば今しがた彼の口から出た写真集のような。黄色い声を浴びながらも、涼しい顔でにこりと微笑む彼は、アカデミーの頃何度も見掛けたいわゆる営業スマイルなのだけれど、バーナビーさんは顔も容姿も整っているからウケがいい。笑顔に魅了される女の子は数知れず。
 そんな、女の子が放っておかない彼はどうして僕の恋人になろうなんて思ったのだろう。僕は時々不安になる。『ドッキリ大成功』なんて邪魔になりそうな看板を持ったスタッフたちにいきなり囲まれて真実を告げられたって、僕は受け入れてしまいそうだ。騙されていてもおかしくない。だってバーナビーさんはキングオブヒーローだから。ランキング最下位で、特にヒーローとしての活躍よりも、企業アピールを欠かさないようなズレた活躍をする僕とバーナビーさんとでは、比較の対象にだってならない訳で。


「もしかして先輩、嫌でしたか?」
「え、いえ、そんな」
「思い詰めた顔だったから」
「……一つだけいいですか」

 思い切ったことに出た。この際だ、はっきりさせておこう。恥ずかしい思いなんて、昨夜散々したじゃないか。

「どうして僕なんかが好きなんですか、バーナビーさんは」
「なんかって、先輩僕は」
「だってどう考えたって釣り合わないじゃないですか」
「先輩、僕は、僕は立場なんて関係ないと思ってます。それに先輩は格好いいです、間違いないです」
「かっこいい…?」

 抱かれておいて格好いいなんて言われてしまって、僕はどういう反応をすればいいのだろう。ぐるぐると思考を巡らせてるうちに、バーナビーさんの口からは雨のように僕を誉めちぎる言葉を降らせる。大洪水だ。

「僕、先輩の紫色の目が大好きです。綺麗な色が金色のカーテンに隠れちゃうのが勿体ないですけど、それを掻き分けるのが僕で嬉しいです。あんまり笑ってくれないけど、たまに微笑んでくれるのが嬉しいです。それからそれから…」
「わああ!?も、もう十分っ」
 バーナビーさんは実はすごく素直な人だから、こういうことは自然に言ってしまう。嬉しいけど心臓がもたない。



 激しさの中に優しさがあるなんて知らなかった。
昨夜の彼は大切に大切に、僕を抱いた。
僕より先に涙を流したときには少し驚いたけど、何倍も恥ずかしく貫かれる痛みを堪えていたのは僕だったし、泣きたいのは僕の方だった。実際最後には泣きが入って涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったけれど。

「幸せですね、もうここから出たくない」
「冬眠しちゃいましょうか」
二人して冗談に笑いながら、もう一度シーツの海に意識を委ねる。十分に暖まったそこは、再び夢に落ちるまでの時間はかからなかった。耳元にそっと吹きかかる寝息が一層夢へと誘う。


眠気を帯びた温もりをかき混ぜる。ハニーブラウンが心地いい。

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