この季節恒例のあの有名な使い古された歌を歌いながら、男の癖にまあヘアピンなんて似合うことこの上ない。以前俺にもヘアピンを勧めてきたが、この髪型の構造をちゃんと理解しているのか不安になった。大体吹雪も吹雪でそんな纏めなきゃいけないような鬱陶しい髪なんか全部剃って俺に合わせてお揃いにしろとは何度か思ったことがある。
ところで今の吹雪の見た目は、どこからどう見たって想いを馳せる男子に魔法をかけたチョコレート溶かす女子にしか見えねぇってのに。上品な甘ったるい匂いが立ち込める部屋で落ち着きなく、それでもなんとか大人しく待ってる俺も俺だが、果たしてそのチョコレートを渡されるときにどんな鳥肌ものの愛の言葉が囁かれるのやら。既に半チキンな肌を擦ってなだめる。想像しただけでもこの状態である。
一体あの身の毛がよだつような、歯が浮きっぱなしのあの臭い台詞集は全何巻分あるのだろう。俺は今まで何巻分何ページまで付き合ったのだろう。できれば知らないままでいたい。
世代を外した歌はいよいよラストと言ったとこで悲鳴というか叫びに代わる。どうしたもんかと、キッチンとリビングを隔てる薄く安そうなドアの取っ手に手をかけ静止する。そうだ、絶対に入るなと、何があっても入るなと固く注意されたのだった。
例え血を見ようと悲鳴が断末魔に変わろうと入ってきたら絶好だよ?いいね?返事は?…………はいは一回!
そんな一方的なやり取りが行われたのはついさっき。いや、三時間も前の話になるのか。
さて、カップラーメンの倍以上引きこもったあいつはさぞ伸びきっているに違いない。大方さっきの悲鳴は、俺が気にしないような小さなミスだろう。ハート形を象ったつもりが、星形になっていたとか、もしくはハートが不吉に真ん中で真っ二つとか。そして半べそで出てきてこう言うんだ、
「染岡くぅん、ごめぇええん!」
って、みっともない面引っ提げて。多分鼻水とか涙とかで大洪水だ。塞き止めるのは俺の仕事、だろうなたぶん。今のうちに家中のティッシュ箱かき集めとくか。
不恰好なチョコを吹雪と一緒に口の中に放り込みながら、自分の涙とかでしょっぱくなって文句垂れつつ、身体に害を及ぼしそうな食欲そそらない寒色のチョコペンでまるで呪いにでもかけられそうな字体の俺の名前を、いやいやながらも喰わされて。なんだ、いつもの俺たちじゃねーか。イベントなんてあってないようなものだ。
金属が触れあう重い扉の開閉音と、予想通り完全一致の鼻声の謝罪。
甘い甘いチョコレートが用意されたキッチンに向かう足音がやけに軽快だった。
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