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「みょうじ、」

『ま、牧さん…』


名前を呼ばれる。廊下のど真ん中で。ただそれだけのことで周りはザワザワと騒がしくなり「牧いいぞー」と「キャーッ」とうるさい声がたくさん聞こえてくる。


「おはよう。よく眠れたか?」

『お、おはようございます…』


あれ以来牧さんは所構わず私に話しかけてくるようになった。今まで浮いた話などひとつもなくバスケ一筋だったらしい牧さんが一年の女に構い始めたと瞬く間に海南中の噂となり私の穏やかな生活は激変した。「牧の」「あ、牧の一年生」などと私の名前よりも牧さんに気に入られてしまったことが独り立ちして廊下を歩けば「牧」「牧」「牧」と自分の名前が牧になったのではないかと思うくらいだった。


「ん、顔色が良くないみたいだな…」

『あ、いやっ…へ、平気です…!』


グッと距離を詰められて慌てて後ろに下がるもののドンッと壁にぶつかり行き場を無くす。ヒューヒューうるさい周りに勘弁してくれ…と思いながらも目の前の牧さんから目をそらすこともできずに縮こまって見上げていれば「一緒に帰ろう、早く終わるんだ」と約束を取り付けれられてしまった。うんともすんとも言えず牧さんは「じゃ、また」と去っていく。


『いいって言ってないのに…』


牧さんは強引だ。授業を受けながらそんなことを考える。好きだと言われて気付けば毎日牧さんが頭の中にいることに気付いた自分自身。考えないように振る舞っても、忘れた頃に学校で会い、「おはよう」だの「よく眠れたか」だのそんなことを聞いては周りに囃し立てられるせいで彼を忘れる時間など私にはなかった。そして何より、心の中を支配していた圧倒的な存在、藤真健司を思うたびに、彼を見るたびに、私の中であの牧さんの熱烈なキスが思い浮かび、結局どんな時だって牧さんが頭から離れてはくれない。


彼があの時、藤真を見るたびに思い出すだろうと言った意味が今になって身をもってわかり、これもまさか戦略のひとつかと、まんまとやられてうなだれる自分がいた。


「すげぇな、みょうじ本当にさ…俺お前に話しかけるのすら緊張してきたよ。」

『何それ…清田くんまでやめてよ…』


隣の席になった彼にコソコソと話しかけられる。牧さんに気に入られたことを知るなり「すげぇな!」と笑顔で喜ばれ、「みょうじさんって呼んだ方がいい?」と聞かれた時には思わず笑ってしまった。そんなことはしなくていいと言った私に「そうだよな…俺ら元々友達だしな…」と納得したような表情をした清田くんの顔は多分一生忘れない。








『もう…学校で話しかけるのやめてもらっていいですか?』

「なんだその顔は…ちっとも怖くない、可愛いだけだぞ。」

『あのねぇ!怒ってるんですよ?!』


並んで歩くなり不満をぶつけた私に牧さんは「そうかそうか、わかったよ」と全然わかっていないだろう笑顔でそう言った。毎日毎日注目の的になる生活はなるべく避けたい。清田くん以外の友達がみんな私を一目置くようになって迷惑しているのは事実なのだ。


「じゃ、正真正銘の恋人になるか?」

『そうとは言ってません。』

「そうか、それは残念だ。」


ちっとも残念そうじゃないし…なんなら笑ってるし…それなのにつられてクスッと笑ってしまう自分がいてなんだか本当に変な気分だ。牧さんの雰囲気にのまれまくっている自分をなかなか嫌いになれない理由に薄々勘付いてはいる。牧さんという男はそれほど魅力的で、長年健ちゃん以外を受け付けなかった私の心にスッと入り込んだ人なのだ。でも認めてしまうのはなんだか怖くて、一歩踏み出すのには勇気が必要なんだと思う。


割と暗い夜道を家まで歩く中、自転車が横を通り過ぎたと思えば私達の目の前でキキッと音を立てて止まり、跨っていた人物が「あれ?」と振り向いた。


「なまえと、牧?」


それは今日も変わらず綺麗な顔をした健ちゃんだった。風になびいた髪はボサッと乱れているのに顔面の綺麗さが強すぎて美しく見えてしまうまるで魔法のような顔つきの健ちゃんだ。私と牧さんを見るなりそう呟き「あれ、お前ら…いつのまに?」と驚いたように続けた。


「すげぇな、知らなかった…」


牧さんは何も言わなかった。隣から刺さるような視線を感じる。きっと私に答えを出させるつもりだ。そうと認めるか違うと否定するか。牧さんは本当にずるい。散々強引な真似をしておきながら、いざという時は私に選択を委ねてくる。


「付き合ってん…だよな?」


何も言わない私たちに確認の意を込めて聞いてくる健ちゃん。私が好きなのは貴方だと、心の中でそう思う自分は…


『…そうなの。』


もうどこにもいなかった。強がりなのかどうなのか自分でもわからない。でも否定する気になれなかった。そして認めたところでそれでいいと納得がいく自分もいた。健ちゃんは私の返答を聞くなり「マジか…おめでとう。なんか変な感じだわ…」と呟く。


「俺と牧はどこかで繋がる運命なのかもな…」

「あぁ、そうみたいだな。」


健ちゃんは「またゆっくり話そうぜ」と笑って去っていった。小さくなり消えていく後ろ姿を見ても私の心は寂しさを覚えなかった。


「…あと一時間でいい。俺にくれ。」

『えっ…?』

「今すぐ家へ電話するんだ、一時間後に帰ると適当に連絡をつけろ。」


牧さんは早口でそう言うと来た道を引き返す。何が起こったかわからないもののとりあえず言われた通りに適当に理由をつけ心配そうな声の母に大丈夫だと言い張って電話を切る。しばらくして着いたのは立派な門構えのお屋敷のような家で表札には「牧」と書かれていた。


『牧さんのお家ですか…?』

「来い、時間がない。」


ズカズカと入るなり靴を脱ぎバタバタと奥へ駆け足になる牧さん。家の中は暗くて人の気配はない。牧さんはふすまを開けて畳の部屋に私を連れ込むと完全に閉め切って持っていた鞄を乱暴に投げ捨てた。電気はオレンジ色で薄暗く徐々に近づいてくる牧さんがいる。


『あのっ…?』

「みょうじが悪いんだ、あんなこと言うから…」


牧さんはそう言うと布団が畳んである上へと私を押し倒した。パフッと音がして倒れ込むなり一気に舌を絡められるようなキスをされ途端に息が苦しくなる。


『待っ、……』

「待たない…」


余裕がないような焦った牧さんに着ていた制服を次々と脱がされて気付いた頃には下着のみとなっていて牧さんもまた上半身裸の状態だった。引き締まった筋肉は目のやりどころが困る上に、下を向けば主張しているものが目に入り慌てて牧さんの顔を見る。熱っぽい視線と目が合うなり「好きだ」と呟かれ首や鎖骨にチクチクと痛みが走った。


『痛っ…、牧さん、待って…』

「待たない、待てない…」


胸の膨らみを覆っていた最後の一枚も後ろに手を伸ばして片手でホックを外した牧さんによって剥がされてとうとう身に付けるものが何もなくなった。そもそもいきなりこんなことになってしまったことに加えて、なにより私にとって初めての経験であり…


『待っ、…痛いの、やだ…』


知識くらいはある。初めはとても痛くて血が出るとかそんなことくらいなら一応知ってはいる。牧さんは「優しくする」と耳元で呟くもののその勢いは止まることを知らなそうで途端に不安が募ってくる。


『初めて、だから…』


だから怖いことを伝えるなり牧さんは一瞬ピタッと固まってポカンとした顔で私を見た。


「あ…、わ、わかった…」


そう呟くなり勢いは抑えられ、なんだか色気が満載の濃厚で滑らかなキスへと変わっていく。体の隅々までキスを落とされて時には舐められて、恥ずかしさがピークに達して手で顔を覆うもののそれすらも彼に阻止されてしまう。


「ゆっくりしたいが…、時間がなくてだな…」


ガサゴソと引き出しをあさり何か行っている間、私は放心状態で上の空だった。自分に起きていることなのに自分の体じゃないみたいで、まさか自分がこんな体験をする日が来るなんて思ってもいなかったからだ。でも嫌じゃないし彼のことを怖いと思ったりもしない自分がいて、何かあれば健ちゃんにSOSを出していた昔のように頭の中で彼を思い浮かべることもなかった。


「よし、力抜けよ…」

『…待っ、痛いっ…!』

「ダメだ、力抜け。大丈夫だから。」


グリグリと押し寄せる激痛に目からは涙がこぼれ落ちる。それでも牧さんは「大丈夫、大丈夫」と繰り返しゆっくりゆっくりと私の中に入ってきた。


「よし…、少し我慢しろ、いいな…」


体験したことのない下腹部の違和感が彼が動くことによってジンジンとした痛みに変わりポロポロと涙がこぼれてくる。それでも「ごめんな、もう少しだから」と頭を撫で時にキスを落としてくる牧さんに自分自身を委ねてしまいもうどうにでもなれと彼に全てを託した。


「なまえ…、好きだ…愛してる…」


涙を手で拭っては「可愛い」と言われて頭の中が真っ白だ。痛みもだんだんと慣れてほんの少しだけ快感に変わった頃には牧さんは息を荒くあげて私の中から抜け出し、感じていた違和感はすっかりと無くなった。残されたのはジンジンと痛む未体験の腰痛だけだ。


「怖かったか…?」

『…ううん、大丈夫…』

「ごめんな、でも…嬉しかったんだ。」


牧さんは私を抱きしめた。ゴツゴツとした大きな体にすっぽりとおさまった自分自身。包まれているような温かい彼にものすごい大きな安心感をもらって気付いたら抱きしめ返している自分がいる。


『牧さんのこと、好き…かも……』


この温もりをずっと感じていたい…かも…。ハッキリとしない言い方になってしまったのに牧さんは私を抱きしめる腕にギュッと力を入れて「ありがとう」と安心したような、嬉しそうな声でそう呟いた。


「…送っていくよ。約束は守らないと。」


時計を見上げればもうすぐ約束の一時間が経とうとしていた。













「どうして牧さんなの?信長とも仲良いし、藤真さんとも幼馴染だっていうじゃん。」

『牧さんを選んだらおかしいですか…?』

「いや、そうじゃなくて。理由を知りたいだけ。」


バスケ部の練習を覗きにいった際、毎度のことながらこのニコッと笑った笑顔が怖い先輩に捕まってしまう。答えるまで帰さないとでも言いたげな瞳から目を逸らし「好きだからです…」と呟けば「へぇ」と興味なさそうな答えが返ってきた。何が言いたいんだろう…


「神、あまりなまえをいじめないでくれ。」

「いじめるだなんてそんな…人聞きが悪いですよ。」


ニコッと笑って「またね」と去っていく神さんを見送って私の目の前には牧さんが立つ。「ったくアイツは…」と呟いた後に「顔がいいからって目移りはするなよ」と釘を刺されてしまった。そんなつもりはないのに。


『しませんよ。大丈夫です。』

「ならいいが…よし、行ってくるよ。」


大きなてのひらが目の前に差し出される。ハイタッチを求めるように差し出されたその手に自分の手を重ねてみる。パチッと音が鳴って離れたそれを見るなり牧さんは「俺だけ、見てるように」と再び私に釘を刺してコートへと歩いていった。









愛し愛され幸せを得る


(気が付けば君の虜)






牧さんに言い寄られて藤真くんからなびいてしまったというよりは、牧さんの魅力があまりにも凄すぎてなびかざるを得なかったという感じで書きたかったです…難しい…!






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