I







なまえが越野の元へ嫁いで数年、二人の元には新たに子が産まれた。なまえは随分と穏やかな日々を過ごしていた。藤真が亡くなり仙道の妾になり栄治を手離し立て続けに起こった様々な出来事が嘘のようにのんびりとした時間が流れる。なまえの生涯の中でこれ程までに穏やかな日々があっただろうかと振り返ればそうなってしまうのだが...今はまだ人生を振り返るには早い。


越野宏明はよく出来た男でなまえが三人の子たちに定期的に会いに行くことに嫌な顔をしなかった。むしろ「大切な人の大切な子だから」と自分自身も三人を我が子のように可愛がりなまえはそんな越野の様子にもとても満たされていた。


そんな二人を差し置いて、新たにまた別の問題が起きようとしていたのだった。

















十歳を迎えた栄治はとある日、物凄い形相で鞍馬寺を抜け出した。必死になって駆けていく。たどり着いた先は醍醐寺であった。


「兄上...!兄上は、いらっしゃいますか?!」


栄治は醍醐寺に着くなりそう叫ぶ。何事かと慌てて出てきたのは一番上の兄、寿であった。


「栄治...?栄治なのか...?」


久しぶりの再会となった寿と栄治。随分と大きくなった栄治を見て寿は驚いた。以前会ったのはまだ随分と小さい頃だったのに。どことなく面影のある栄治を見て寿は確認するように何度も栄治の名前を呼んだ。


「栄治でございます。兄上...、」


栄治の声は震えていた。次第に涙声になっていく。寿は栄治の肩に手を置いた。


「栄治、何かあったのか...?」


一番上の兄がいる醍醐寺へとやって来た栄治。寿の顔はなんとなくしか覚えていなかったけれど、それでも会いに来るのには理由があった。


「兄上、教えてください......私は.....私達は.......っ、」


栄治は目に大粒の涙を溜めて寿を見つめた。


「仙道彰の子ではないのですか......?」

「えっ......」

「仙道彰は私達の父上ではないのですか?!」


栄治はそう言うと「教えてください....兄上....」とついに涙をボロボロと溢す。寿は一瞬で事の次第を理解した。


寿の推測通り、栄治はひょんな事から自分の生い立ちを知ってしまったのだった。なんとなくではあるが幼少期の記憶があり、母であるなまえと父親だと思い込んでいた仙道彰との間で愛されて育った覚えがあるのだった。常に隣にいて自分を育ててくれた仙道彰をてっきり父親だと思い込んでいた栄治は真実を知るなり自分自身を疑った。


「栄治.....落ち着け。今から全てを話す。」


兄上なら、全てを教えてくれるだろう。栄治はそう信じて一心不乱に寿のいる醍醐寺へとやって来たのだった。その信頼に応えようと寿は事細かく真実全てを話すことを決意した。


「栄治、よく聞け.....。仙道彰は我々の父上ではない。」

「では...仙道彰は何者なのですか...?」


寿は栄治の顔を見て確信した。この子はきっとわかっている。仙道彰が何者なのかも、父上がどうして亡くなったのかも...。それでも信じまいと必死に足掻いている。真実を受け入れまいと拒んでいる。私の口から出る言葉が、自分が聞いた話と違うものであるようにと願っているのだろう。


だからこそ、栄治の兄として、私の知る真実をしっかりと伝えねばならない。


「我々の父上は...仙道彰によって斬られた。」


寿の声を聞いた途端栄治は受け入れたくない現実を突きつけられたように落胆した。


「では....ではどうして、母上は仙道彰と共に過ごしていたのですか...?」


「父上を斬ったのなら罪人のはず.....」栄治はそう呟いて乱暴に涙を拭いた。寿は境内の奥へと栄治を連れて行き大きな石の上へと腰を下ろした。栄治もまた寿にならって腰を下ろす。石の上はひんやりと冷たい。


「我々の父上は優秀な武将で藤真家の棟梁だった。」


寿はポツリポツリと話し始める。


「記憶にはないだろうが、我々三人は父上と母上にとても可愛がってもらっていた。」

「そうだったのですね......。」

「父上は戦で敗れ、身内に裏切られる形で息を引き取った。直接仙道に斬られたわけではなかったが...その身内は仙道からの恩賞に目が眩んだんだ。」


「父上はきっと無念だっただろうな...」そう続けた寿に栄治は静かに頷いた。相変わらず目には涙が溜まっている。


「母上と我々は追われる身となり、仙道彰の元に出頭した。その時奴は言ったんだ。「その子たちを助けてやる」と。」

「我々は敵であったはずですよね?なぜ.......」

「母上にこう言った。「そなたが妾になるのなら」とな。」


妾........まだ幼い栄治にもその意味は十分わかった。要するに敵の女子を自分の妾にしたわけだ。


「母上はそれで妾になったのですね......。私はてっきり母上は仙道の側室なのだとばかり......。」

「そんな大それた関係ではなかった。仙道はただ母上の美貌に惹かれただけだ。我々を生かしたのもきっと気まぐれだ。」


何か意味があったわけじゃない。あまりに綺麗な女子だから斬るくらいなら自分のものにしてしまいたい。藤真健司はいないわけだし.....。きっとそう思ったに違いない。我々が生かされたのはどうせその程度の理由なのだ。


「栄治、母上を誤解するな。父上を忘れ、仙道に媚びたわけではない。母上は、我々三人が助かるのならそれでいいと腹を括ったのだ。」


我々が助かるのなら、父上を斬った男の妾にすらなれる、そんな強いお人なのだ。


寿の言葉に栄治は涙を大量に流して頷いた。自分の生い立ちを知った時、父親がどうこうより真っ先に母であったなまえに対して「なぜなのですか?」と疑問が浮かんだ。なぜ、なぜ母上は、父上を斬った人と共に暮らすことができるのでしょうか....と。理由を知らなかったとはいえ母親であるなまえを疑うような真似をした自分を恥じた。栄治は全てを知り、今は仙道の元を離れた母のことを思う。


「母上は今頃....仙道の元を離れて、少しは落ち着いた生活が出来ているのでしょうか....?」

「出来ているだろう。安心した部分もあると思う。」


寿の返答に栄治は納得したように「それならよかった...」と呟く。


「栄治、お前にとって仙道彰はどのような男だ。」

「えっ.......」

「いくら敵とはいえ、お前にとっては父親代わりであり育ての親なのかもしれない。」


寿はそう言うと栄治の方を見る。栄治は寿の言わんとしていることを必死で理解しようと、眉間にシワを寄せた顔で寿を見つめていた。


「しかし、私にとっての奴はただの罪人だ。」

「兄上......、」

「命を助けてもらったなど毛頭思っていない。」


寿にとっての仙道彰は楓と同様の存在であった。特に寿は長男としてなまえの隣で、藤真の死に苦しみ、その苦しみや悲しみに浸る暇もなく逃げ落ち出頭し、妾となり壮絶な運命を必死で受け入れようと立ち向かう母の姿を見てきたのだった。


「私はいつか必ず奴を倒す。」

「兄上.....本気ですか......?」

「父上を斬っただけでない。私の母上にあのような顔をさせた張本人....。生かしておくわけにいかないのだ。」


栄治は驚いた。まさか寿が仙道彰についてそんな風に思っているとは知らなかったのだ。


「栄治、もし私が仙道を倒す為立ち上がり、京へ向かったとして......」

「はい....」

「その時ついてくるか、はたまた敵となるか....それは栄治自身が決めることだ。」

「兄上........」

「大も私と同じ気だ。栄治、お前は私や大とは違う。仙道彰と共に過ごした時間がある。お前が仙道をどう思うか、奴が狙われた時どのような行動をとるか、私や大が決めることではない。」


寿は強要しなかった。共に父上の仇を取ろうなどと声をかけたりはしない。


「もし仮に、お前と敵対することとなっても...私は絶対に手加減しない。」

「兄上.....私は......、」

「だからお前も絶対手加減などするな。私を斬ることになったとしても、それはそれで構わない。」


寿はそう言うと立ち上がる。


「栄治、これだけは約束してくれ。お前はお前の人生を生きろ。」

「......兄上、」


栄治の目からは涙が溢れた。寿はそんな栄治の頭を一度乱暴に撫で、「また会おう」そう言って寺の中へと入っていった。


「兄上.....全てを話してくださり、感謝致します......」


栄治の震えた声は寿の耳にしっかりと届いていた。















自分の人生を生きるべく


(藤真健司...ここが父上の墓...)
(...父上、栄治と申します。自分の人生を生きる為、私は自分自身を信じることにしました。どうか、見守っていてください...)







Modoru Main Susumu
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -