02







『紳一!』


呼ばれたのは俺じゃねーってのに途端に肩がビクッと跳ね上がった。「おぉ」なんて返事をする俺の隣を歩く牧と、「なまえじゃん」なんて利き手をあげた牧の隣を歩く藤真。


「これからアルバイトか?」

『そうなの。よかったら三人で来ればいいよ!』

「お、せっかくだからなまえの制服姿拝んでやるか。」


牧の質問にはにっこり答えたなまえちゃんだが、行く気満々で楽しそうな藤真の言葉には怪訝そうな顔で「えー」と答えていた。


『拝む程のものじゃないし。エプロンつけるだけだもん。』

「エプロン姿なんて萌えるよな、牧。」

「別に俺は...見慣れているしな...。」


よく俺の家でエプロンして料理してくれるから...なんて答える牧に今度は藤真が怪訝そうな顔で「あーはいはいそうですかー」なんて興味なさそうに答えていた。


そ、そりゃね?付き合ってんだから家にだって遊びにくるし?そうなりゃご飯だって作ってくれんだろうよ?べ、別に俺は羨ましいなんてこれっぽっちも思ってねーけど.......あ、でもなまえちゃんのエプロン姿は見たいっていうか.......確かカフェでバイトしてんだったよな.......


『ま、売り上げも伸びるし。一杯飲んで行きなって。』

「なんだよそれ、居酒屋じゃあるまいし。」

『うるさいなー藤真は。店内では王子スマイルやめてね。店の中騒がしくなるだけだから。』


なまえちゃんの言葉に藤真は「はいはい、わかりましたよ」なんてだるそうに返事をしていた。牧は笑って二人のやりとりを見ていたし俺なんかもう入る隙なくて空気だわ。


『諸星くん甘いの飲む?それともコーヒーブラック派?』

「俺....結構クリーム系のやつが好きかも.....」

『本当?だったら今ちょうど新作のね、キャラメルの.....』


なにそれ、美味そう!と反応すればなまえちゃんはキラキラした顔で「オススメ!」とゴリ押ししてきた。わかりました。もうそれ注文しますから。諸星大、何杯でも飲みに行きますから。本当に可愛いです。そんな笑顔俺に向けてくれてありがとうございます.....。牧の前だけど控えめに言って最高......。


「つーか諸星のキャラがいまだに掴めねーんだけど?その見た目で甘いもの好き?」

「藤真、それ俺はどう捉えたらいいんだよ?」

「えー?だっていかにもチャラそうじゃん?髪型とかさ?」


失礼極まりない藤真にもはや呆れ倒してため息が出た俺に何故だかなまえちゃんが「そんなことないよ!」と庇ってくれた。え...なにこれ...。


『諸星くんすごくいい人だよ。優しいし面白いし。』

「は?なんでなまえがそんなこと言うわけ?諸星と仲良いの?」

『選択授業同じなの。いつも真面目に授業受けてるし全然チャラくないよ。』


彼氏である牧を差し置き藤真となまえちゃんが俺について話し合っているこの状況....。あぁ、なまえちゃん.....そんな.....俺なんかもうわけわかんなくなってきたよ......。


『そもそももう一年以上同じチームなのに、諸星くんとあんまり話さないの?藤真は。』

「んーまぁー牧経由で仲良くなったって感じだしな。もちろんバスケではめちゃくちゃ信頼できるけど。」


......そもそもこの藤真という男は知れば知るほど怖い男だ。綺麗な見た目からは想像もつかないくらい「男」で言葉遣いもめちゃくちゃに悪いし怖いくらいにその嫌いな顔面を乱用してくる時もある。お前はそんな顔したらダメだ!恐怖でしかねーよ!って何度心で叫んだか。実際めちゃくちゃに仲が良いわけでもないが確かに牧を挟んでよく一緒には居る方だ。


『やっぱり流石愛知の星だよね。藤真なんか下手くそでしょ。』

「ハァ?!俺のどこが下手くそなんだよ。お前三年間何見てきたんだこの節穴!」

『諸星くんは「愛知の星」だもん。どこかの監督さんとは違うんだよ。ね?』


ね?なんて笑いかけるなよ、仮にも彼氏の前だろうが.......。ははは、と苦笑いした俺になまえちゃんはやっぱり軽くキレ気味で藤真に文句ばっかり呟いていた。


心の底から思うけれど、この子が大学でまたバスケ部のマネージャーをやらないで本当によかったな、と。聞けば興味はあったけれど勉強を頑張りたいんだと言っていたけれど、実際この子がマネージャーだったとしたら毎日長い時間顔を合わせて遠征やら大会やらも共に、となれば確実に俺はもうダメになっていたと思うから。そこだけは救われたというか.......


『じゃ、私着替えてくるからね〜。』


あっという間にアルバイト先であるカフェに到着し俺ら三人を残してなまえちゃんは「staff only」と書かれた扉の向こうへと入っていった。程なくしてエプロンを身につけたなまえちゃんは髪もポニーテールにして出てきて早速慣れたように仕事に取り組んでいたのだ。


「......なんだかんだアイツ可愛いよな。」


藤真のボソッとした呟きに「なんだかんだは余計だ」と牧は言い返した。


...........最高に可愛いよ。



















『あ、諸星くん。いらっしゃい。練習終わったの?』

「うん。牧ならまだ残って自主練してたよ。」


あれから俺は時間があればひとりでこのカフェへと来ていた。ひとりで彼女に会いに来る罪悪感から、ここへ来れば必ず牧の様子を話しなまえちゃんが「そっかぁ」や「ありがとう」と笑うのを目に焼き付けていた。なまえちゃんに会いたいが為に来てしまう自分自身の素直な心を受け入れる代わりに、この子は絶対的に牧の彼女なんだと俺なりに自分に言い聞かせていたのだ。


『何飲む?いつものキャラメル?』

「あー今日はアサイーにする。」

『おっ。私もアサイーよく飲むよ。同じだね。』


すぐ作るから待っててね、と笑って彼女は奥へと入っていく。しばらくして戻ってきたその手には紫色のジュースが注がれていて白いヨーグルトと混ざるとなまえちゃんはそれにストローをさしてくれた。


「ありがとう。」

『お待たせしました。半額でいいよ。今日店長いないしおまけ!』


いいの?と聞き返す俺に悪戯っ子みたいにニヤッと笑って「本当はいつもしてあげたいんだけどね」と言う。なんだかもう自分の感情がどこへ落ち着いたらいいのか分からなくてストローに口付けて一気に吸い上げればヨーグルトと混ざったアサイーが絶妙に美味くて思わず「美味しい」と呟いていた。


『でしょ?私のイチオシなの。』


あぁ、もう。そんな風に笑わないでくれよ。


『今日はお客さんももういないし私ももうすぐ帰るんだ〜。』


なんだよそれは。頼むから少しでも期待させるようなこと言わないでくれってば......


「暗いし...送ろうか?」


あぁ、もう本当に、心臓がうるさい。


『ううん、紳一来てくれるから。ありがとうね。』


....だから俺の出る幕ないんだってば。期待なんかするんじゃねーよ。









どれだけ近くにいても この手は届かない


(ご馳走様。俺帰るね。)
(気をつけて帰ってね!また明日、選択授業でね!)



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