04
翌朝なまえが目覚めた頃家のインターホンが鳴った。それが一瞬で神だと思ったなまえはいつもより早いことに違和感を感じながら再びベッドへと潜った。しかし自分を呼びにきた母親の口から出てきたのは薫子の名前だったのだ。
「ごめんね、こんな早くに来ちゃって」
『いや、いいんだけど...どうして...』
「昨日透に家教えてもらったの。鼻垂れくんが来る前になまえを確保しようと思って。」
薫子のウインクになまえはハッとした。
『あ、あのね薫子ちゃん...、私昨日聞き忘れたの...』
「ん?何かあった?なんでも言ってみて!」
『あのね...お化粧の仕方とか...教えて欲しいなって...』
なまえは昨日がとても楽しかった理由のひとつに自分が自分ではなくなる魔法のようなメイクをあげていた。そしてなぜやり方を聞かなかったのか、どうやれば髪があんなにくるくる巻けるのか疑問に思いながら目を閉じていただけの自分を悔やんだのだった。
「...そんなことならお安い御用だよ!」
今までやれなかったことをやってみたい。制服のスカートも昨日は薫子が短い丈に折ってくれていたが自室にあるミシンを使ってものの数分で丈を切り縫い直してくれたのだ。
『薫子ちゃん...すごいね.......!』
「まぁこれでも一応藤真健司の彼女なんでね。」
その言葉の意味はまだ理解できないなまえだったけれど出際よく「これは今使うものだよ」なんて一からメイクを教えてくれる薫子がとても頼もしくそして優しく、ありがたくて仕方なかった。
「.....よし出来た。制服に着替えたら行こう!」
『うん!ありがとう...!』
やっぱりお化粧やオシャレはとっても楽しい...。自分の自由に好きなことをするなんて本当に幸せでなまえは薫子と共に家を出た。
「.......なまえ」
学校へと徒歩で向かおうとした時、家を出てすぐのところで聞き慣れた声に呼び止められる。なまえの体は瞬時に反応し不安げな顔で後ろを振り向く。自分や声の主である神が何か言う前に薫子が「ハァ」とため息をついた。
「なんだよ鼻垂れ小僧。朝からなまえに話しかけないでくれない?」
「.............なんでお前がなまえん家から出てくんだ......って、」
神はそう言いながらなまえに近づいた。驚き後退りするなまえに神は容赦なく詰め寄ると顎に手を当て思い切り自分の方を向かせた。目が合うとあまりに映えたメイクに言葉が出ず胸の奥がザワザワする。髪の毛もほんのり巻かれてふわふわしていて何より綺麗で誰にも見せたくないと思っていた足を全面に出しているではないか。
神の中の何かがブチ壊れるのには十分すぎるなまえの破壊力。
「......ちょっと来い」
『そ、宗ちゃん.....!』
自分の家へと引きずり込もうとした時それは薫子によって阻止される。
「...邪魔だ。退いてくれない?」
「なんなの神宗一郎。なまえが可愛すぎて足綺麗すぎていい匂いしすぎて押し倒したくなっちゃった?俺の可愛い可愛いなまえが他の男にとって食われるの心配だもんね〜?」
薫子はとっても楽しそうにそう笑いながら神を見る。完全にブチ切れている神に一切動じずに声高らかに笑いながらなまえの腕を取り神のローファーを軽く踏む。
「なまえはなまえの人生を生きるの。幼馴染が何?でしゃばんな、このガキ。」
一瞬だけ踏んでいた足に力を入れると神は少しだけ痛そうに顔を歪めた。さっさとなまえを引っ張り歩いていく薫子。
「......クソ転校生め....上等だっつーの.......。」
「なまえ、放課後体育館」
「ごめんね鼻垂れ〜今日は買い物行く約束なの」
「....なんなんだよ本当に....ただで済むと思うなよ....」
神の言葉になまえは怯えて薫子を守らねばと立ち上がるものの薫子本人は楽しそうに笑って「どんな攻撃か楽しみにしてるよ〜」なんてヘラヘラしている。どうしてこうもこの子は度胸があって物怖じしないのだろうか...なまえはとても不思議であった。
神は和泉薫子という脅威の転校生にどうにかして仕返ししようと探ったもののどんな手も彼女には通じずにことごとく失敗に終わった。そしてその理由に彼女があの藤真健司の女であることを知った神は妙に納得してしまったのだった。
「...バックに藤真さんか...どうりで強気だと思ったら...」
そしてこのことが最大に邪魔をして結局自分には歯が立たない相手なのだと思い知らされたのだった。くる日もくる日もなまえは薫子と登下校を共にしベランダでの呼びかけにも一切応じてもらえなくなった。学校中の男子がなまえの美貌に驚き羨望の眼差しを向け告白現場を目撃するのも週に何度も...といったくらいであった。その度に神は自分が黒くドロドロとしたものに染まっていき、けれども一切の太刀打ちができない自分に絶望していたのだった。
「.......なまえ........、」
『選手兼監督って...どれだけすごいの...』
「ねぇ〜。私もそう思うけどそれをやってみせるのが藤真健司なのよね。」
放課後翔陽高校の体育館でなまえと薫子はバスケ部の練習を見ていた。
あれ以来暇があれば薫子と藤真と花形で集まり話したり勉強したりととても充実した日々を送っていたなまえ。そして次第にわかってきたことがある。
選手兼監督としてバスケ部に所属する藤真は相当な我儘ぶりでとんでもない王子様気質の暴君なのだと...。そしてそんな彼の恋人として生活する薫子やお世話係のような立ち位置の花形がどれだけすごい人たちなのかも理解し始めていた。
確かに藤真さんと比べたら宗ちゃんなんて可愛いもんなんだな....
なまえは妙に納得していた。あの神に一切物怖じせずに立ち向かってむしろ神で遊んでいるくらいの勢いがある薫子。どれもこれもあの藤真さんが理由なのだと.......。
「すっかり遅くなったな...」
『練習で疲れてるのに送ってもらってすみません...』
「いい加減素直に送られてくれ。いつもいつも丁寧だなみょうじは...」
藤真はもちろん薫子とセットのため四人で集まれば自然と花形と話す機会が多かったなまえ。彼の落ち着いた口調や柔らかい雰囲気、そしてなんといってもとても優しい性格に惹かれずにいられなかったのだ。花形の隣に立つたびに優しさに触れて泣きそうになる。
「...いつも俺の隣で泣きそうな顔するよな、みょうじは」
『えっ.......あ、いや、その.........』
完全なる嬉し涙を誤解されたかとなまえが慌てれば花形は「わかってる」と言った。
「神のことはなんとなく薫子から聞いている」
『あ、.....そうですか......』
「二人のことは俺にはわからないが...俺はみょうじのことひとりの女の子として見ているから」
その言葉にハッとしてその場に立ち止まるなまえ。花形は笑って「出来ることならもっと距離を縮めたいと思っている」そう言った。
『..........』
パチパチと瞬きを繰り返すたびにじわじわと涙が溢れてくる。男子生徒から告白されたことはもちろん何度もあるのだけれどこれほどまでにドキドキし嬉しくて、その気持ちに応えたいと思ったのは初めてであった。
「返事はすぐじゃなくていい。これからも藤真たちと一緒に会えたらそれでいい。」
家の前に着くと花形は「おやすみ」と言いなまえの頭を撫でて去っていく。
『......どうしよう.......』
とっても嬉しいのに踏み出せない理由は自分でもわかってる(.....とりあえず.....今日は寝よう......)
結末編 →