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コンプレックス…人間誰しもが抱えているであろう劣等感や引け目。自分の個性だと明るく受け止められたら良いのだが…
幼少期より背の順に並べば最前列、先頭…大きくなれと牛乳を摂取しては現実に打ちひしがれてきた。そして極めつけに数年前よりぐんぐん成長していくバスト。背は伸びないのにバストはサイズが上がる…伸びない背、小走り程度でも存在感を現す胸…その二つをコンプレックスとして抱える湘北高校一年、みょうじなまえは今日もまた体育の時間…この真夏に体操着の上にジャージを羽織る…のだが…
『うそっ…?!忘れた…!』
どうして、どうして忘れた…?!
どうして大切なジャージを忘れるんだ、この馬鹿者がぁぁ…!
「どうした、なまえ。」
『ご、ごめん…ちょっと忘れ物!』
女子更衣室を走って出ていくなまえに、日頃彼女が「コンプレックスを隠すため」愛用しているジャージの存在に気付く友人。「先に行ってるよー!」と声をかけた。そんな声など届くはずもない全速力のなまえは教室へと入るなり自身のロッカーを漁り出す。どれだけ探してもやっぱり無い…と絶望感が彼女を襲う。
『どうしよう…』
友達に借りればよかったのではないだろうか…でも冷静に考えてこの真夏にそもそも学校にジャージを持ってくること自体が的外れのような気がする。どうしよう…このまま体操着一枚で体育に…いやでも、今日の体育はバスケットだって言っていたし、ドリブルやらシュートやら…どう考えても走って飛んで…
『ジャージ…ジャージ…』
必要だ、絶対的に…もうこの際保健室で一時間過ごしてしまおうか?この薄い体操着一枚で体育に臨むくらいなら…!
そんなことを考えるなまえが保健室の方向へと体を向けた時だ。
「…おい。」
『…えっ、』
そんな彼女の背中に声をかけた人物がいた。自分に向けられたものなのかとなまえが振り向けばそこには無表情でこちらを見やる同じクラスの流川がいた。
『るっ、るかわ…くん、』
「ジャージ…これ、」
その時唐突になまえに向かって何かが投げられる。バサッと音を立てながら受け取ったそれを見やるなりなまえは目を見開いた。それがまさに自分が探していたジャージだったからだ。
『えっ……これ、る、流川くんの…?』
「…やる。」
『い、いいの…?』
随分とサイズの大きいそれ。ただでさえ背の低い自分が着たらとんでもないことになりそうだとそんなことを考えるなまえだったが…問題はそこではない。
『待っ…、る、流川くんのジャージを着るなんて…!ゆ、許されるの…でしょうか…』
「…嫌なら返せ。」
『かっ、借ります!貸してください!』
ムッとした顔で取り返そうとする流川のジャージを背中に隠すなまえ。いくらこれがスーパースター流川くんのものであって、これを着たら自分がどうなるか親衛隊に何をされるか後が怖い…とはいえジャージを貸してもらえるのならぜひ借りたい以外に他ない。
でも、でも…
左腕に縫われた「流川」という文字に大変恐縮してしまう。どうしよう…とジャージを見つめながら固まるなまえにハァ…とため息をついた流川が歩み寄った。
「オメェ…着んのか、着ねぇのか。」
『き、着ます!』
「…それ、もうひとつねぇの。」
そう言って流川が指さしたのはなまえが高い位置で綺麗に髪を纏めていたヘアゴムだった。意図はわからなかったがロッカーから黒いヘアゴムを取り出したなまえ。流川はそれを無言で受け取ると自身のジャージを彼女から奪い取り、刺繍が入った左腕の袖を少し裏返す。
手際良く刺繍部分の裏側をゴムで束ねた流川。無言でジャージをなまえに差し出す。左腕の丈が短くなったそれ。丈をつめたようなそれだがそれでもなまえの腕には余りそうだった。ちょうど刺繍の入った部分のみ袖がつめられ「流川」の文字は消え誰のものなのかわからない。
『て、天才…!』
「……」
感動する彼女を置いてさっさと体育館へ向かう流川。その後を慌てて追うなまえ。膝が隠れる位置まで丈がある流川のジャージに向かって頭を下げる。ありがとう…流川くんのジャージ…私なんぞが着るのは申し訳ないのですが…ご好意に甘えさせていただきます…!
いろいろな邪念を捨て、覚悟を決め…なんとかそれを羽織り時間ギリギリに体育館へ駆け込む。腕をまくり裾を軽くスボンにインする。洗って返すから許してくださいと心で叫びながら。
「あ、あったんだね、ジャージ。」
『そ…そうなの、ロッカーにね。』
「…でもなんか、デカくない?」
『あ、あぁ…これ、お、お兄ちゃんのでさ!』
なまえお兄ちゃんいたの?しかも湘北?と盛り上がる友達に「三個くらい上かな」と適当なことを答えてみる。なまえに似てるなら美形だとか今度会わせてほしいとかそんな言葉にうんうんと適当に頷いてみた。
体操だのウォーミングアップだの体を動かすたびにフワフワと香る新しい匂い。洗濯物のいい匂い…と笑っている場合ではない。
こ、これは…る、るかわくん家の…匂い…?
断じて違う、好きなわけじゃない。ただ流川楓といえば湘北のスーパースターであり親衛隊も存在するレベルの有名人だ。誰もが羨むだろう流川くんのジャージを着ている私…流川くん家の匂いを堪能している私…
「〜〜っ、キャーーッ!!」
突然聞こえた歓声にハッと顔を上げる。隣のコートでドリブルをするなり駆け抜ける流川がいた。ぐんぐんと前に進みあっという間にゴール下までたどり着くとそのままダンクを決めて見せる。
「キャーーッ!流川くーん!」
そもそも同じクラスになれただけでも多分相当なことだと思う…その上…
『あんな凄い人の服を…』
何事もなかったかのように再びプレーに集中する流川はやっぱり誰がどう見ても格好が良く、遠い異国の人間なんだと思わざるを得ないのだ。
まるで異国の王子様(なんなんだこれは…夢なのか…?)
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