僕は君の帰る場所
『ニューヨーク.....!最高っ!』
ハメを外していたの確かだ。久しぶりにまとまった休みを取ることができて、せっかくだから旅行に行きたいな、だなんて、そこまでは間違ってなかったような気もするんだけど。
ドラマの撮影も終わり次の映画の撮影が始まるまでの三日間、好きなように過ごしていいだなんて事務所から休暇という名のプレゼントを頂いたわけだけども。日本にいてもどこ行こうが写真に撮られちゃうしカメラ持った記者たちが追いかけてくるからうんざりだし。
そう思い飛び立ったアメリカで悲劇は起きた。
私がフラフラと街中を歩いてた時だ。大通りから一本入った道を通れば随分と人の少なさを感じ一気に寂しくなったなぁ、なんてそんな思いになる。辺りは少しだけ暗くなりかけていてそろそろホテルに行くか、だなんて思い始めた頃だ。
『えっ.....?!』
突然腕を引っ張られどこかへと連れ込まれる。気付いた時には色黒のガタイのいい男たち五人ほどに囲まれていて恐怖で足がすくんだ。男たちの目線が私の肩にかけていた鞄へと集中しているのに気づき、女優として活動していることを気にかけてなるべくいいものを持って歩こうだなんてこの間買ったばかりのブランドものの鞄に目をつけられたのだと冷静に判断している...場合じゃない。とにかく日本人だし狙いやすいし金目のものありそうだし、的な....どうしよう.....。
こういう場合は欲しいものを差し上げてその場から逃してもらうのが一番だと判断した私は命乞いをしようと鞄から財布を取り出そうとした時だった。
「やめろ!!」
アメリカに来て初めて聞いた日本語に私は一瞬何が起こったのかわからなかった。しかし直後に続いてカタコトの英語が聞こえて、多分「警察を呼んだ!」的なニュアンスだと思われるものを叫んだ男の人が私を背中に隠すようにして立ってくれる。恐怖で足がすくむ私をすっぽり覆う大きな背中。次第に私を囲んでいた大男たちは慌てるようにして逃げ出し、辺りは誰もいなくなった。
『.....た、助かった......。』
ほっと肩を撫で下ろし「よかった...」なんて繰り返し口から独り言として溢れてくる。守ってくれた男の人はしゃがんで私と目線を合わせると「大丈夫っすか?」と手を差し伸べてくれた。
『....ありがとう、ございま.....、』
.....あれ?なんでだろ、今になって涙が......。
ポロポロと続いて溢れ出る涙に自分自身で戸惑ってしまう。それが恐怖を抜けた安心感からくるものだと自分の頭では理解していたけれど目の前の男の人があわあわと慌て始めるものだからそれにつられて私も慌ててしまう。
「ど、どうしよう....えっと、.......!」
『へ、平気です.....怖くて、だから........』
涙を拭きながら早く泣き止まなきゃ...なんて慌てていたら不意に何かが頬に触れて。それが男の人の手だとわかるとやけに触れられたところが温かく感じて変な気分だ。男の人は「そんなに擦ったら大変だ...」と呟きながらゴツゴツとした手で優しく涙を拭き取ってくれた。
しばらく続いたそれがピタッと止まると強引にも私の腕を引いて立たせてくれた男の人。随分と背が高くて、改めてお礼を言う為に顔を上げて見上げる。
『あれっ.....?もしかして桜木花道、さん......?』
私の言葉に赤い頭の男は「そうっすけど.....」と呟いて私を凝視する。しばらく時間が経ち「もしや.....女優の......?」と続いた彼の言葉に肯定するように頷けば途端に「嘘?!」なんて大きな声を出して慌て始めた。
「マジ......?!嘘だ、これは.........!!」
私にとっては助けてくれたのがNBAで活躍する日本人の桜木花道選手だったってことに驚きなのに、彼は彼で助けたのが一応日本で女優をしている私だったということにとても驚いているようだった。
「いやぁ....あの、めちゃくちゃファンで....。」
そう言って頭をガシガシと掻く豪快な桜木選手は照れ臭そうに「握手してもらっても?」なんて手を差し出してくる。すっかり恐怖もなくなった私が「いつも試合見てます。日本で。テレビの前で。」と言いながら手を握り返せば、頭のように真っ赤になった顔で「照れます...」と本当に照れていた。かわいい。
「なるほど。休暇中なんすね。」
危ないからホテルまで送ると言ってくれた桜木選手に甘える形となり二人で並んで歩く。道中私に「この間のドラマよかったっす」とか「マジで夢みたいだ...」とかとにかく私が喜ぶことばかり言ってくれるから嬉しくてついつい笑みが溢れてしまう。
「ここっすね。無事に着いてよかった。」
『あ、ありがとう...ございました...。』
ホテルに着くなり「帰りも気をつけてくださいね」なんて律儀に挨拶してくれる桜木選手。いざホテルに着けば今からまたひとりぼっちとなり話し相手もいなくなる。それは何故だかとても寂しくて先ほどの恐怖が頭をよぎる。別にホテルを出なきゃいい話なのにどうしてか体は言うことを聞かなくて、桜木選手の前で再びガタガタと肩が震え出した。
「......あ、あの.......みょうじさん.......?」
『すみません.....、なんか、ひとりが怖くて......』
なんとか必死に言葉を絞り出した私に桜木選手は「大丈夫っすよ」と声をかけてくれる。そして震える私の肩に腕を回すとガッチリと掴んでくれて「悪く思わないでくださいね」とそんな声が聞こえてきた。
『広っ........』
「一応お金もらってるんでね.......。」
桜木選手は私の肩を掴んで離さないままなんと自分の家へと連れてきてくれたのだ。一人暮らしにしては有り余るほどの広い部屋にあまり物は多くないようで。綺麗に片付いており「適当に座ってください」と聞こえてきた。
桜木選手は今日泊まる予定だった私のホテルにキャンセル料を払うとそのまま私をここへと連れてきた。英語でなんでもやってくれるから私はただ黙っていただけで、道中なんどか立て替えてくれたキャンセル料を払おうと試みたが桜木選手は一向に受け取ってくれなかった。
「とりあえず.....これ飲んでください。」
マグカップに入った温かいミルクにお礼を言ってから口つける。ほっとする味になんだかまた涙が出そうになった。
「好きに使ってくれて大丈夫っす。俺は向こうで寝るからここに布団敷いて寝て下さい。」
すっかり日も暮れて夜を迎えてしまった。桜木選手はそう言うと「布団持ってきますね」と部屋を出て行こうとする。
『....ま、待って!』
「.....?」
『ひ、ひとり、にしないで.....。』
何故だか彼の広い背中が見えなくなると思うと怖い。たとえ同じ家の中にいたとしても、だ。私の悲痛な叫びに桜木選手はびっくりしたような顔をした後「わかりました」と言って私の隣に座ってくれた。
『ご、ごめんなさい......っ。』
「いや、いいんすよ。なんでも言ってください。みょうじさんの大ファンなんで全部叶えますよ!」
かわいい笑顔に見惚れてしまいぼうっと彼を見つめれば「どうかしました?」なんて不思議そうな顔で聞かれてしまう。
『あ、いや.......本当に迷惑ばっかりかけてごめんなさい.......』
「迷惑だなんて全然!いくらでもいて欲しいっすよ!」
マジで夢みてぇだ....俺ん家にみょうじなまえが来てるなんて....。
桜木選手はそう呟くなり「あ、呼び捨てすみません!」なんて今度は慌てて謝ってくる。彼といるとなんだか忙しなくて、でも今はそれが落ち着く。誰かと一緒にいるというのがとても心地良くて安心する。
「お風呂入りますか?あ...でも今日はやめとこうかな...。」
『ごめんなさい...。』
「俺はいいんすよ。練習の後に入ったし!ずっと隣にいますね。」
桜木選手はそう言うとついていたテレビを見ながらケラケラと笑い始めた。その少年みたいな笑顔を纏った横顔がやけに眩しくて釘付けになってしまう。
「.....あ、俺床で寝るんで、そこのソファで寝てくれていいですよ。」
『床だなんてそんな.....!』
「平気っすよ!でもみょうじさん風邪引くと困るからなぁ.......。」
聞けば普段は寝室の大きなベッドで寝ているらしい。桜木選手は「いいベッド買ったんすよね」なんて自慢げに教えてくれた。
「多分二人寝ても平気なくらい広いんすよ。」
大きい自分が両手両足を広げたってまだまだスペースが余るほど大きいらしい。それを聞いた私は何故だか無意識に変なことを口走る。
『じゃあ、一緒に寝ます。』
「.......えっ?!......そ、それはさすがにまずいんじゃ......?!」
言ってから自分でも「え?!」とパニックになり慌てて口を押さえるものの一度出たものは無かったことにはならない。
『あっ、すみません....変なこと言いました.....。』
「いやいや、俺は全然いいっすけど、みょうじさんが嫌でしょう?やっぱりそこのソファで.....」
嫌、なんかじゃない。何故だろう。心の中でしっかりと否定して自分ではっきりと確信してしまう。嫌なんかじゃない。全然そんなんじゃない。
『嫌じゃない.......。』
「えっ......?!」
私と桜木選手の間にしばしの沈黙が流れた。
「じゃ、じゃあ.....ベッドで寝ますか?一緒に....」
その沈黙を破ったのは桜木選手で、確認するかのように私に問う。ゆっくりと静かに頷けば彼は私の手を引いて、テレビを消してリビングの明かりも消して隣の部屋へと入った。ぼんやりとオレンジ色の光が灯された寝室は、彼の言っていた通りかなり大きいベッドが置いてありローテーブルには開きっぱなしのバスケット雑誌が置いてあった。
「お、俺は、こっち向いて寝るんで.....。」
ベッドに入るなり右側を向いて隅に寄る桜木選手。貸してもらった彼の部屋着はダボダボだけれど何だか安心する匂いで。それに着替えた私が反対側からゆっくりとベッドに潜り込んだ。
『少しだけ....くっついても....?』
温もりが、欲しい。ひとりじゃないことがわかるくらいの「人」の温もりが。「はい...」と小さな声が聞こえて私は私自身に背を向けた大きな背中に抱きついた。
「えっ....!全然少しだけじゃ...ないじゃないっすか...!」
『ダメですか...?』
「ダメ、ではないけど...」そう言って彼がこちらに振り向くと私と桜木選手の距離はとても近くて。目の前に整った顔が現れてビックリするものの不思議と離れたい気持ちにはならなくて。
「そんなにくっつかれると.....心臓に悪いし.....なんつーか、その......」
モゴモゴと何かを一生懸命話す姿がとてつもなく可愛く思えてふふっと笑ってしまう。それを見るなり「こっちは死活問題っすよ!」なんて怒る桜木選手。
『煮るなり焼くなり好きにしてください。私は桜木さんから離れません。』
真正面からギュッと抱きついて丸くなれば頭上からは「ふぬっ.......!」なんて何かに耐えているような声が聞こえてくる。もうなんでもいい、この温もりは手離せない。あったかい.....落ち着くなぁ......。
「....みょうじさん....ご自分の魅力をご存知で.....?」
『いや、.......あの、なんのお話で........?』
眠たくなってきた私が重たいまぶたを懸命に開けながら話を聞いていれば桜木さんは突然「無理かもしれないっす...」と呟く。
「俺、みょうじさんに.....手出しちゃうかも.......」
どこまでも純粋で真っ直ぐな彼が顔を真っ赤にしてそう言う。眠気に勝てそうもない私が「うーん...」と必死に返事をしたところで私の記憶は途切れてしまった。
「寝てしまったのか...?この状況で...?」
桜木花道は必死に戦っていた。まさか日本で有名な女優であるみょうじなまえを助け自分の家に連れてくるなり抱きつかれて眠られるとは思いもしなかったから。彼女の頭から香るシャンプーの匂い。首元から香る香水の匂い。時たま「うーん...」なんて聞こえてくる寝言。その全てに自分の体がピクッと反応する。
「.....俺は、どうしたら.........」
結局一睡もできなかった花道に、朝起きたなまえはなんてことなしに「おはよう」と笑ってみせるのだった。
初めまして、好きになりました (今日も泊まっていきます...よ、ね?)
(...いいの?)
(いいっすけど...今日別々で寝ないならいよいよ手ェ出しそうっす...)
(.....一緒に寝る)
(......マジっすか?!早く夜になんねーかなぁ?!)