08
「なまえちゃん、一緒に帰ろうか。」
『神さん〜!お疲れ様です!ぜひ!』
神さん家までお送りしますよ!なんて立場逆転、実際は神さん家がどこなのか知りたいだけであろうなまえの魂胆は見え見えなのである。隣にいる俺を空気のように扱い勝手に二人で並んで歩き出すのだから困ったもんだ。
「なまえ、無視すんなよ、帰んぞ。」
『痛っ...触んないでよー。神さんとの時間を邪魔しないで。』
怒ってくる彼女が俺に何か言うたびにポニーテールはふわふわと揺れている。頭にはいつか俺がプレゼントしたヘアゴム。
あの後すぐになまえは失くしたヘアゴムを見つけたのだ。「あったよ、ごめん」なんて謝ってきた彼女に俺は全てを打ち明けた。ただ怒っていたわけじゃない。君の浮気を疑い、挙げ句の果てには神さんを疑っては怯えていたのだと。もちろん神さんにも謝らなきゃいけないと思い素直に打ち明けた。自分の中で抱え込んでおくには大きすぎたんだよ。
それ以降なまえはより神さんにべったりになった。元はと言えば失くしたのはなまえだってのに自分を棚に上げていいご身分だ。神さんに相当な仕返しをされたのは言うまでもないから黙っておく。今こうして生きていられるだけでもありがたい。
「なまえちゃん俺ん家上がっていく?なまえちゃんと同い年の妹がいるよ。」
『神さんってお兄ちゃんなんですね!ますます最高です......』
キュンとした〜なんて胸に手を当てて何かを噛み締めている俺の彼女。馬鹿だ。マヌケである。とても人様に見せられないほどアホヅラをしている。
「なまえちゃんの方が可愛いけどね。うちの妹よりも。」
『なっ....か、かわいいだなんて....!!』
鼻血が出る...なんて手で顔を押さえる辺り相変わらずすぎて何故だかため息が出た。
二人の仲は深まってしまったとはいえ、こうしてまた日常に戻れたことはとてもありがたかった。俺が勝手に考えを巡らせてはひとりで慌てていたわけだけども。それでも破局の理由になりうるほど冷たい態度を取っていたし、疑っていた内容も最低だったから。もう二度と確認もせず勝手に信じ込んでは人を疑うなんてことはしません。
「なまえ、お前ん家こっちだろ。行くぞ。」
『えぇっ....ちょっとー!信長ー!』
「神さんお疲れ様でした。ありがとうございました!」
また明日ねーなんてなまえにだけ手を振る神さん。「手振られちゃった〜」なんてニヤけるなまえの顔を覗き込めば途端に怪訝そうな顔になり「何さ」と不服そうな一言。
「別に。んな嫌な顔しなくたっていいだろうが。」
『神さんに比べたら全然なんだもん。信長の馬鹿。』
「疑ったのは悪かったけどよ、なまえだって大事なもん失くしただろうが。」
お互いいつまで引きずるんだと言わんばかりのこのセリフ。なまえは「失敗もあるんだよ時には」だなんて完全に開き直ってやがる。
『ひどいなぁ信長は。勝手に浮気疑ったりして。』
「だって仕方ねーだろ!普段が普段なんだよ!」
『ちゃんと立場弁えてるよ。私は信長の彼女で神さんの大大大ファンなの!』
「彼女」...か。よかった...だなんて安心してしまう自分が情けない。君の彼氏でいさせてもらえることが嬉しくて嬉しくて仕方ないことは秘密にしておくよ。
「大ファンにしちゃ本気っぽいよなー。」
『何言ってんの。信長の馬鹿め。』
俺がそっと手をとればなまえは文句を垂れながらも握り返してくれる。なんだかもう、幸せすぎて、なまえが神さんに夢中だとかそんなものどうだってよくなってくる。
『ったく〜...本当に馬鹿だよ、信長は......』
「なんなんだよ。馬鹿馬鹿って......」
『このまま別れちゃうかと思ったでしょうが...ふんっ。』
何なんだよそれ......可愛いにも程がある......。
「このまま俺ん家行こうぜ。」
『えぇ〜?こんな遅くに行ったら迷惑だよ。』
「いいから!来い!」
信長待ってよ...なんて困ったようななまえの声。今日こそ抱いてやる...今日こそ...!!
なまえは順当に神さんのファンを続け、神さんの卒業式には誰よりも真っ先に第二ボタンをもらいに駆けていた。あまりの本気ぶりに隣で見ていて苦笑いしか出てこなかったけど、いつもなまえに優しかった神さんだったけど今回ばかりは「ごめんね、他のボタンでもいい?」なんて丁重に断られていた。
近くにいたのにまったく気がつかなかったけど、神さんには可愛い彼女がいたらしい。いつのまに...。大先輩でありながら隙のない恐ろしい男だ。
神さんを失ったなまえはまるで抜け殻のようで高3になってから元気のない日々を送っていた。しかし湘北との練習試合を観にきた際に「まだ流川くんが残ってた!」だなんて標的を完全に流川にシフトチェンジしてからは再び生き生きとした生活を取り戻したのだった。
『流川くん!いけー!負けるなー!』
「うす。」
「なまえー!お前誰の彼女なんだよ!馬鹿野郎!」
最近になってやっと神さんではなく俺の彼女なんだとわかってくれた赤毛猿たち。三井寿や宮城リョータは結局勘違いしたまま卒業していったと思うと心が痛いけれど...。つーか流川!!親衛隊は無視するくせになまえの声援には応えるんじゃねーよ!
『キャーッ!流川!流川!』
相変わらずひとりで楽しそうななまえを見て苦笑いが溢れる。けれども彼女が元気がない日々を送るくらいならこれくらいでちょうどいいのかもしれない。
「こらー!なまえー!俺の応援しろよー!」
『してるしてる!心の中で!』
「全然伝わってこねーよ!!」
俺たちにはこんな距離感がよく似合ってる。
「たまには信長大好きー!とか言ってみろ!」
「コラ清田ー!無駄口ばかり叩くな!キャプテンがそんなんでどうする!」
「痛っ.....すみません.....。」
「ざまぁみろ野猿めー!」
「うるっせーな!赤毛猿!痛っ......すみませんでした......」
人生なんでも負けるが勝ち!(信長今日もすごい怒られてたね。高頭先生血圧あがっちゃうよ...)
(お前のせいだろうが...流川流川うるせーってば!)
(仕方ないの!イケメンは正義!!)
(お前それ...俺が不細工だって言いたいんだな...)
あとがき
男性側の「夫婦喧嘩は負けておけ」論がとても好きで、奥さんの機嫌が良いのが一番みたいな考えをもたれてる男の人を良いなぁと思ってしまうところから考えました。しかしまぁ...こんな彼女持ったら大変以外のなにものでなさそう(笑)初めて書いてみたけどイケメン好きっていうのはどうなんでしょうね???途中喧嘩を入れてみましたがいらなかったかな...とも思いました...
番外編でも「イケメンは正義!」と叫び倒すヒロインちゃんをどうぞ →→→