09






3月も末になれば桜が咲き始める。


『これ入学式までもつのかな〜......』
「どうだろうな、散るかもな。」
『先生なんとかしてくださいよ...明日雨だし全部散るかもしれない...。』


体育館へ荷物を運んでいる途中、渡り廊下のところから見える桜。隣の藤真先生は「俺には無理だ」と言い切った。


「みょうじが入学してきた年は桜満開だったよな。」
『えっ、そんなこと覚えてるんですか?!』
「珍しかったからな。大体散ってるのに。」


少し早く咲き過ぎたんじゃねーの?なんて桜に話しかけてる藤真先生。クスッと笑えば「なんだよー」なんて不満そうにしてる。


あれからもちろん、流川くんとは連絡を取っていない。代表合宿や遠征など色々な情報はテレビから入ってくるけれどもう特になんとも思わなくなった。.....いや、思わないようにしているんだけど。


「さ、戻るか。」
『はーい。』


藤真先生は暇さえあれば帰りに送ってくれるし、進路のことやテストのことで話を聞いてもらうことも増えたし、たまに補習をしてくれることもある。前よりも共に過ごす時間が増えて、だんだんとこの綺麗な顔も見慣れてきた。








「よーし、今日はここまで。」


もうすぐ一年生が入ってくる。今年は中学で神奈川MVPを獲った経験のある子や、選抜メンバーに選ばれていた子など中々の選手が入ってくる予定だ。とても楽しみで今からドキドキしている。


「みょうじ、少し残れるか?」
『あ、はい。』
「新入生の書類作るの手伝ってもらっていいか?」


わかりました、と言えば「とりあえず着替えてこい」と言われて部室へと向かった。制服に手を伸ばせば下に置いてあったiPhoneが光っている。


『.....誰だろ......。』


手にした制服を一度置いて画面を覗けば私はあまりの衝撃に地面へと落としてしまった。
















『も、もしもし.........っ、』


嘘だよ、きっと、何かの間違い......。


「.......俺だけど、」















『流川くん....?』
「あぁ、久しぶり」









嘘じゃなかった......。










『なんで.....あの、.......』
「ごめん、ずっと忙しかった」


流川くんの声だ...。ちょっとだけ優しい時の声だ。あぁもうどうしよう...私のことなんて忘れたのかと思ってたのに.......嬉しくて、、


「泣くな」
『ごめっ...、忘れられたのかと.....』
「んなわけねーだろ」


流川くんはそう言って「部活は」と聞いてきた。あまりの嬉しさに返答が遅れてしまう。流川くんは急いでるのか「おい」と言った。


『あ、......もう終わった.....!』
「そ。じゃ今から行く。裏門」
『わっ......わかった!!』


うわっ.....ど、どうしよう......!!
そんなことを思ってたら耳から離れた携帯から「おい」と流川くんの声が聞こえてきた。


『えっ?』
「はしゃぎ過ぎて転ぶなよ」
『あ....わかってる!』
「待ってろ、じゃあな」










うっわぁぁぁあ!!!

どうしよう...どうしよう...。


『あ!!藤真先生に帰るって言わなきゃ...。』


急いで制服に着替えて体育館へ戻れば藤真先生は「みょうじ〜このプリントがさ〜」と話しかけてきた。


『先生すみません!用事出来たので帰ります!』
「はっ?.....あ、じゃあ送るよ。」
『大丈夫です。失礼します!』
「あ、おい.......!!」


早く、早く.......!!

流川くんが来る。流川くんに会える...!






転ばないよう、でも慌てて荷物を持って裏門へと走った。早く会いたい。早く.....!!

まだかな、まだかなぁ...今日はどんな車かな...。





そんな私の名前が突然呼ばれた。













「みょうじ」











『....ふっ、藤真先生.....。』
「こんなとこで何してるんだ。裏門から出るのか?」


せっ、先生こそ何で.....?!


『あ、いや、迎えに来るから....待ち合わせを....』


頭の中が真っ白になる。だってもうすぐ流川くんが来る。こんなとこに藤真先生がいたら......。それはまずい。何とかしないといけない。


「母さんか?じゃあ俺も挨拶するよ。」
『えっ?!あ、いや、いいですよ!急いでるし...。』
「何?彼氏でも来るのか?どんな奴か見せてみろ。」


先生が見極めてやるよ、なんて笑ってる。


嘘だ.....!!そんな馬鹿な......。











私と藤真先生の目の前に一台の車が止まった。怖くてそっちは見られない。でもガチャッと扉が開いて人が近づいて来る気配がある。


....もう終わりだ...。











「みょうじ、待ち合わせの相手コイツか?」


藤真先生の声が聞こえる。
恐る恐る顔をそちらへと向ける。下を向いていた私の目に、向かえに立つ人の靴が映る。


『.......そうです。』


もう、顔を見なくてもわかるよ。

だってそのスニーカー、私があげたやつじゃん。私が流川くんに、流川くんのために選んだ......


「やっぱり、お前だったか。」


藤真先生の顔を見れば目の前の人をジッと見ている。無表情でとっても綺麗な顔なのに、目の奥は凍りついていてすごく怖い。


藤真先生の視線の先に、やっとの思いで目を向ける。








「......センセイが何の用だ」


流川くん.......。

いつもみたいに黒い服を着た流川くんだ。
私のあげたスニーカー履いて、ポケットに手を入れた流川くんだ.....会いたかった......。









「おかしいなと思ってたんだ。流川の試合を観に行った日も、あんな特別席でみょうじが観戦してて、宮城や三井とも知り合いだって...。」


藤真先生は完全に怒っていた。


「もしかしてお前、取材の時うちを選んだのも.........みょうじがいるからか?」


あ、ダメだ。それを聞いたら....。だって藤真先生あんなに嬉しそうだったのに。


「あぁそうだ」


私の不安をよそに流川くんは間髪入れずにそう答えた。あっけらかんとした堂々としたその答えに藤真先生は呆れたように笑った。


「だろうな。でももう見過ごせない。」
『先生........あの、........!』


先生は私を制すように腕を引っ張り自分の後ろへと下げた。流川くんと距離が出来てしまい、途端に彼を見れば私と目が合った後、すぐさま視線を藤真先生に移した。恐ろしい目つきだった。


「俺の大事な生徒に手を出すなんて許さない。」


先生は私の手を離さなかった。


「みょうじはこれから受験も控えた大切な時期に入る。お前の遊び相手なんかにさせない。」


流川くんはそれを聞いて一瞬横を向いた。そのすぐ後、キッと藤真先生を見る。


「.......大事な生徒?」
「あぁ。そうだ。」
「....俺には見えねーけど。生徒だと思ってるようには。」


流川くんの言葉に藤真先生は一瞬ピクッと肩を上げた。その振動が掴まれている私にも伝わる。


「お前、何が言いたい?」
「生徒の割には随分特別扱いじゃねーの。」
「......流川、お前.....!」
「俺はみょうじで遊んでるわけじゃねー。」



その後続いて出た言葉に私は絶句した。










「みょうじのこと好きだ」












「だからって、こんなことが許されるわけねーだろ!みょうじはまだ高校生なんだぞ?!」
「わかってる」
「わかってねーよ!こんな外で堂々と会って...!誰が見てるかなんてわかんねーのに....!お前のせいでみょうじに何かあったらと思うと.....!」


藤真先生はそう言って流川くんの胸倉を掴んだ。慌ててそれを外そうと藤真先生に掴みかかればゆっくりとそれは外れた。その瞬間、スッと出た手に私の腕は掴まれてグイッと引っ張られる。


『流川くっ.....、』


気が付けば流川くんの背中に隠れていた。






「頼むから...みょうじの将来を潰さないでくれ!」
「潰さねー。コイツの全てに俺が責任取る」


流川くんは「それに」と言葉を続けた。私はもう何が何だか分からなくて涙が止まらなかった。


「アンタ知ってんのか、みょうじが本当はバスケしたいことも」
「........は?」
「すげー綺麗なフォーム持ってることも、足痛いことも......」


流川くんは続けた。


「だからって会っていいわけじゃねーかもしんねーけど、俺はたまにこうやって会ってコイツにバスケさせてる」
「バスケ...?」
「足も診てるし、シュートも教えてる」





「みょうじに好きなことさせてやりたいと思ってる。危険な目には遭わせない。俺が守るから。」


流川くんはそう言って私の腕を引いた。
車に乗せようとドアを開けてくれる。乗り込む寸前、藤真先生の声が聞こえた。


「俺は別に流川がプレー出来なくなろうと、そんなことどうだっていいんだよ。」
『先生っ......?』
「みょうじが守られるなら、他はどうだっていいし...その為なら手段は選ばない...。」


先生...何するつもりなんだ........










「連絡できなくて悪かった」
『ううん.....なんか、会ったら言おうと思ってたこと全部忘れちゃった........』


流川くんはミラー越しに笑った。


『どこ向かってるの?』


いつもの道じゃない。これは.....私の家に帰る時の.....。


「みょうじ、今日は家に帰れ」
『......やだ、やだよ!嫌だ!』
「アイツが何するかわかんねーし」


とりあえずこれからのこと考えよう。


そう言われて家の前まで送ってくれた。降りるのを渋る私の腕を流川くんは車を降りて引っ張ってくれた。


『せっかく会えたのに.......』
「大丈夫。もう忙しくねーし連絡もする」
『ほんと...?』
「あぁ」


流川くんはそう言って私の頭を撫でた。家の中に入るまで流川くんは手を振っていてくれた。









すぐそこに潜む恐怖


(...もうどうしたらいいのか...)










Modoru Susumu
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