あまりにも君が綺麗だから





「みょうじさん」


まただ。またいた。ここまで来るともはやストーカーとしか思えない。警察に通報してやろうか、なんて冗談にしては物騒なことを思いながらも目が合えばその切れ長の瞳に吸い込まれそうになってしまう。


『あのさ、何度も聞くけど自分が有名人だっていう自覚は?』
「んなもんねぇ。会いたかった」


今日も今日とてこの流川楓は私の会社の前でぼうっと突っ立っている。今や世間を騒がせているバスケット界のスーパースター。練習はどうした、とか試合前じゃないのか、とかそんな質問はもう飽きた。あっけらかんとした顔で私に愛を伝えてくるその姿に気を抜けばグラッと傾いてしまいそうになる。


『あのねぇ、誰かに聞かれるかもしれないからさぁ...。』
「だからなんだ。俺は俺のやりたいことをやる」


......世間一般にはそういうの通用しないんだよ。なんてその言葉自体がこの流川楓には通用しないということを私は知っている。そもそも「人気者」と付き合うことに絶対的にトラウマがある私には、中でもこんなスーパースターと付き合うつもりなどさらさらないのに。断っても断っても、懲りずに会いにきたなどとストレートにほざくからタチが悪い。


そもそもこの人との出会いは一年ほど前、たまたま同じ病院に通っていたというだけのこと。


普通のOLにして何故か社内で転んで骨折した私と、日本に帰ってきてプレーし始めた途端に相手のきついマークから逃れようとした流川くんは足を痛めて、たまたま同じ時期に同じ整形外科に通ったっていう、ただそれだけのこと。こんなプロの選手が通う病院に何故私も通っていたかと言えば、会社の上司である超頼れる牧さんというスーパーマンに「腕のいい医者がいる」と紹介してもらったのだった。牧さん自身も高校大学とその先生にお世話になっていたようでスポーツ外来といった感じのそこは確かに私のような一般人はおらず、そしてあまりにも早い治りに驚いたりもした。


たまたま。たまたま彼を「流川楓」とは知らずに接しただけ。松葉杖を使っていた時にバランスを崩した流川くんをたまたま近くにいた私がなんとか全身全霊で支えたっていうだけ。本当にそれだけ。


『もう帰るから......どうするの。』
「家まで送る」


そんな鼻の頭真っ赤にされちゃったら無視して通り過ぎることなんて出来ないでしょう。こんな寒いのに今日はどれくらいの時間をあそこで立っていたのか。もう聞くことすら嫌だ。聞いたら聞いたで「俺のこと気になるの?」なんて質問返しされるのがオチだ。


「...これ、観に来て」
『日曜日?......予定なかったらね、』
「とか言って来ねーつもりだろ」


スッと差し出されたチケットは今は入手困難だと聞くし手に入れるのにどれくらいの金額を払えばいいのか考えたくもない。とりあえず受け取ったそれは同じようなものが家に束になるくらい重ねてあって、どれも半券はついたまま。


だって観に行けない。

観に行ったら終わりだ。その日私はきっと流川くんに自分から告白してしまうだろう。それくらい彼のプレーには惚れ込む自信がある。それをわかってて彼はいつまでも観に来ない私をしつこく誘うんだろうけど、まんまと罠にハマってはいけない。だって、......


人気者の彼女はもうこりごりだから。











今となっては翔陽高校を選んだ自分自身を恨むけど、その時は勉学にもスポーツにも力を入れて、そして何より建て替えが終わったばかりのキラキラとした真新しい校舎に引き寄せられて、翔陽一択で高校を選んだ。とりわけ部活も入らない、友達と遊んでばかりの私は何故だかひとつ上の学年の超絶イケメンのそれこそスーパースターのような人に気に入られてしまった。ちょうど今のように至るところにその人は現れて顔を真っ赤にして話しかけてきた。やれ付き合ってだのやれ会いに来ただの、そんなストレートに伝えてくる人ではなかったけど、それでも同じように神出鬼没の王子様だった。しかも共通点、バスケットをしている。


二年に上がる頃にしつこく誘われたバスケットの試合を見に行った私はそこで圧倒された。あんな綺麗な顔があんな綺麗なプレーしてあんなすごい男らしさを兼ね備えていたとは。全てが魅力的で、もう手遅れであった。次の日にはもう彼女になっていたと思う。


そんなこんなで付き合い始めたすぐ後、私にはとんでもない地獄のような日々が待っていたのだ。言わなくてもわかるだろうけど、嫌がらせなんてレベルじゃない。どれもこれも悪質なものばかりで、それでも負けまいと抵抗していたのがよくなかった。次第にエスカレートしたそれはついに命の危険すら感じるほどとなった。


もちろん言い出せない。そんなことして足を引っ張るのはごめんだ。いつだって彼の前では笑顔でいたのにそれでも彼は卒業式の日に別れを切り出してきた。会えない時間が長いと気が狂いそうになると言われた。それならいっそのこといない方がいい、と。意味のわからない言葉だったけど離れられるのなら本望だった。


「何考えてんだ、変な顔して」
『...別に。少し昔を思い出したの。』
「...藤真健司、」
『わざわざ名前出さなくていいから。』


名前を聞けばまだまだ途端に鳥肌が立つくらいにはトラウマである。彼の名は藤真健司。今でもバスケットを続けており何故だか流川くんと同じリーグにいるらしい。先日藤真さんと会ったことは聞いた。別に付き合ってたことは秘密にしていたけど、同じ翔陽だったからわかるか?なんて聞いてくるあたり、流川くんは何かに気付いていたのかもしれない。その嫌そうな私の顔から何かピンと来たのか「藤真と何があったか話さなきゃ帰さねー」とか言われて結局全てを話した。


「俺はちげーから」
『...同じだよ、バスケしてるし、人気者。』
「...でもぜってー守る」


スッと手を取られて自然と絡められる。ギュッと繋がれた左手からは流川くんの熱が伝わってくる。トボトボ歩いてたどり着いた私のマンション。扉の前で流川くんは「また来る」と言って去っていった。


『......律儀なんだよな、ストーカー気質だけど...。』


無理矢理家に上がり込もうともしないし「いれて」とも言わない。そこは段階を経て辿り着く場所だとわかっているのだろう。何故だか少しだけ好感を持てて、久しぶりにまた思い出した藤真の名前をかき消すようにベッドに潜った。
















「先輩聞きました?!」
『何を?』
「これですよ、これ!やっぱり先輩良かったですね、騙されるとこでしたよ!」


朝興奮気味に後輩の女子社員がやってきて私の前で雑誌をバカッと開く。大きな字で「流川楓選手、年下モデルと密会」なんて書かれていて途端に鈍器で頭を殴られたような気分になった。


「やっぱりそうだったか。怪しいとは思ってた!」
『...確かにね、スーパースターだもんね〜...』
「そうですよ!なまえ先輩が守られてよかった...」

次来たら私が追い払ってやりますから!なんて意気込む後輩に「もう来ないんじゃない?」と返せば確かに、と納得していた。


流川くんの熱愛が報じられたのは初めてで、テレビにも取り上げられワイドショーはあーだこーだと好き勝手に盛り上がっている。隣に並ぶ美女は最近女優業なんかもこなしているモデル出身の人でCMでも見るくらいには有名人だと思う。


何よりお似合いの二人に私はなぜか頭痛が止まらなくてその日は早々早退した。










それからどのくらいの月日が流れたのか、流川くんは私の言った通りめっきり姿を現さなくなり穏やかな日々が続いた。あの熱愛報道は女の子側は濁したものの流川くんは真っ向に否定していた。それなのに照れ隠しだのなんだのと世間は余計に騒ぎ立ていいようにネタにされてしまっていた。


あの日もらったチケットも、家にある束の上に重ねたままだ。








『すっかり日が長くなったなぁ.......』


定時で退勤する頃まだ少し明るい。だいぶ暖かくなったなぁ、なんて思って会社を出た矢先、私は何者かに腕を引っ張られずりずり引きずられてしまう。


『やっ、...!!やめ、っ...!!』


必死に声を出そうにも口を塞がれて出ない。誰もいない静かな場所へと連れて来られると目の前の大きな体は私の方を向き被っていたキャップとつけていたマスクをはずした。


『......えっ、流川くん...?!』
「ごめん、こうじゃなきゃ撮られる...」


シュンとした雰囲気で謝られ拍子抜けしてしまう。流川くんは再び「ごめん」と言って私をジッと見てくる。


「あれは全部嘘。告白されたけどちゃんと断った。あの写真も周りにたくさんいたのにうまく切れ取られてて...」
『何でそんな言い訳みたいなこと言うの?別に私にはーー』


そう言いかけた瞬間、私の体は流川くんに包まれて途端にフワッと香るいい匂い。


「俺はみょうじさんに違うって言いたかった」
『私は...ーー』
「関係ねーかもしんねーけど、俺にとっては何より大事なことだ」


周りがうるせーから会いに来れなくてごめん、なんて何回謝るんだよこの人は...。もうわかったよ、と言っても中々離してはもらえない。く、苦しい...。


「本当に何も思わなかった?」


ワントーン低い声でそう聞かれ私は思わず言葉に詰まる。出てこない...返事が、なんて返したらいいのか.........


「...何か思ったみてーだな」
『...私に構っていたのなんてただの気まぐれだったんだなって、せいせいしたんだよ!』


なぜかそんな言葉が出てきてそれでいいのか、なんて考え始める自分をよそに流川くんはなぜかニコッと笑って腕の中から解放してくれた。


「の割には、俺に会えて嬉しそーだな」
『えっ、?!いやいや、そんなわけないし...』
「会いたかったって言ってくれたらキスする」
『いや、言わないよ。ていうか何それ...!』
「嘘ついたらこのままみょうじさん家にお邪魔する」


「本当に、そんなわけない?」


真っ直ぐ目を合わされそう問われた。私はとうとう観念してしまった。だってあまりにも君が綺麗だから。その瞳に、映っていたいと思ってしまうから。


随分と前から... 本当は好きだったから。





『......本当は会いたかった、』


私のその一言に彼はやっぱりフッと笑って甘い甘いキスが降ってきた。










あまりにも素敵な夜だから


(...寝かせねーからな)
(...明日も会社です勘弁して...)










Modoru Susumu
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