Q







「…ここで寝てる、でもその前に君に話がある。」


思えばこうして神と話すのはこれが初めてだった。洋平はそんなことを思いながら部屋の前で立ち止まる。扉の前、立ちはだかるようにして立つ神に「はい」と返事をする。隣には牧も信長もいるがどうも皆の様子がおかしい。


「なまえ先生は大丈夫、今は寝てる。」

「…そうですか。」

「変わった様子は無かった?」


そう問われ冷静に考えるもやはりおかしなところはなかった。洋平は正直に「心当たりがなくて」と告げる。その返事に神は「そっか」とただそれだけ呟いた。


「…あの、なまえちゃんに会わせてほしいんですけど。」

「倒れた原因は寝不足でも過労でも貧血でもないよ。」


頼むから退いてくれと洋平が無理矢理部屋に入ろうとした瞬間横から神がそう告げる。


「前回のように頭痛でも熱があったわけでもない。」

「だったら…なんですか…?」


なんなんだ、さっきから…と洋平が苛立ちを見せた瞬間、神は真っ直ぐ洋平を見つめ一言、言い放つ。


「…妊娠、してるって。」


思いがけない出来事に遭遇すると、心の底から驚く出来事があると、人はみなリアクションはおろか声すら発せないわけだ。洋平はただ目を見開くだけでぼうっと固まっている。神を見つめたままの視線は果たして神すら見えているのだろうか…その奥の遠く離れた何かを見つめているのだろうか…


「今六週だって先生が言ってた。」

「………」


ハッと我に返った洋平はそっと扉を開けた。そこにはすやすやと眠るなまえとそんな彼女を見つめる自分の母親が立っていた。


「…か、母さん…」

「…洋平、座りなさい。」


洋平は母に言われた通り丸い椅子へと腰掛けた。綺麗すぎるほどに整った彼女の寝顔を見つめるだけで何故だか涙が出そうだった。


「…命の前で、その命を否定するような言葉をかけるつもりはないし、かけたくもない。」

「…母さん、」

「あなたに言いたいことはたくさんある。でもそれは家に戻ったらにするわ。ゆっくり考えなさいって言ってる時間もない。これから、どうしたい?」


母親の冷静な問いに一瞬で女の強さを感じた洋平。ゆっくり考える時間はない…その通りだと心からそう思う。今も、今のこの数秒の間も、なまえちゃんの腹の中で…命が…、命が…


俺の子が…


「…育てたい、俺…一緒に育てたい。」


たとえ彼女が堕すと決断しても、俺は…俺は…


「…あなた、なまえちゃんと同じこと言うのね。」

「…へっ、?」

「眠る前なまえちゃんも言ったわ。洋平くんと一緒に育てたいです、って。」


その言葉を聞いた瞬間洋平はその場に立ち上がった。ゆっくり、ゆっくりとなまえの寝顔に近づいていく。静かに眠る綺麗な寝顔に彼の目からは一滴、また一滴と涙がこぼれ落ちた。


「大学生なのに…?夢が、あるのに…?」

「険しい道になっても構わないから、って。」


なまえは朦朧とする意識の中で医師から妊娠している事実を告げられた。その際即答で産むと答えたのだという。


自分の置かれている立場を考えても、抱いている夢を考えてもー…それでも、どうしても産みたい。


「この子を産まなきゃ一生後悔するって、泣いてたわ。」

「……なまえちゃん、……」


駆けつけた洋平の母にそう覚悟を告げたというのだ。彼女のことだから薄々勘付いていたのではと洋平はそう考えた。先生になりたいって入った教育学部…叶えたい夢のために必死に頑張ってる今…確実に今の生活は変わってしまう。それでも産みたいって…?


俺との子供を、産まなきゃ後悔するって…?


「母さん、俺…なまえちゃんの夢も応援したいし…、子供も育てたい…」

「…うん。」

「母さんお願い…、力を貸してほしい…」


頼れるのは母さんだけなんだ


洋平は泣きながらそう告げた。遠く離れた場所に住む彼女の両親を頼るわけにはいかない。それでも大学生を続けながら子供も育てるとなると…確実に協力者が必要になる。


「大学はやめて欲しくない、先生になってほしい…大学生でいながら子供も…両方欲しいなんて欲張りだけど…でも、でも…」

「洋平、子育ては簡単なことじゃないのよ。」


こんな風に若くして授かったなら尚更、貴方達に降りかかる困難は多いかもしれないわ


洋平の母は告げた。世の中はそんなに甘くない、と。大学卒業までを子育てをしながらになるなまえと社会人一年目にして既に父親になる洋平。それでも二人の意思が同じなら、二人が同じ方を向いているのなら…


それなら出来る限りの力を尽くすと、彼の母はそう言った。


「母さん…、ありがとう…」

「なまえちゃん家がどう言うかわからないわ。反対されても説得するだけの覚悟は決めなさいね。」

「わかってる…」


殴られようが何しようが、可愛い二人の存在があるのなら絶対に大丈夫…


洋平はそんなことを思いながらなまえが目を覚ますのを待っていた。
















『うわぁぁ!提出するの忘れてた…!』


今日は洋平くん家の皆が出かけてるはずで…


以前より広いマンションの一室。部屋には綺麗に整頓されたオムツや並んだおもちゃ達。子供のもので溢れている。


大学へ向かわねばならない用事が出来たなまえはコートを着て腕の中に収まる娘にも厚手のジャンパーを羽織らせた。すっかり寒くなった最近だが、この子と迎える初めての冬…そう思えば何もかもが新鮮に思えた。


『困ったな…洋平くんの帰りはいつも通りだし…』


大学内に連れて行くのはなぁ…とマンションを出るなりそんなことを考える。先日四ヶ月を迎え、外に出て数分で既に鼻の頭を赤くした娘はベビーカーから見える景色に興奮していた。首が座り縦抱っこが楽になってきた時期だ。


大学の門に差し掛かるなりこちらに向かって歩いてくる人物がいる。


「なまえ先生、お散歩ですか?」

『…あ、!神くん、ちょうどいいところに!』


死角になっていたが後ろにはもれなく信長も引っ付いていた。なまえは数分でいいから娘を見ていてくれないかと用事があることを説明する。快く承諾した二人は「お散歩でもしてますね」とベビーカーを受け取ってくれる。


「ゆっくり行ってきてください。最近子守出来てなかったからたっぷり可愛がりたいんです。」

『ありがとう、助かります…!』


出産の際お祝いを持ってきてくれた神と信長、そして牧。なまえに心底惚れ隙あらば奪い取る勢いだった神だったが、出産の際身内を除いた中で一番喜んだのもまた神だった。


「元気だった?久しぶりだねぇ。」

「いや〜ほんっとに可愛いっすね…!俺も結婚したくなるなぁ…!」


頻繁になまえのマンションに立ち寄っては娘の様子を見に行き洋平に呆れられる神。色々な感情を通り越し良き理解者へと進展していた。神本人も「パートナーになれないのならせめてサポート出来る協力者でいたい」と自分の身を置く立ち位置をそう定めたのだった。


『あぁ〜ごめんね、提出してきた!』

「おかえりなさい、早かったですね。もっとゆっくりでも良かったのに。」

『練習終わった?もし良かったらあがっていきなよ。』


信長がベビーカーを押しその後ろをなまえと神が歩く。時折娘のキャッキャとした笑い声が聞こえ信長は本当に子供の扱いがうまいと毎度のことながらそう感じるなまえ。












「ただいまー…って、なぜ…」

「おぉ、おかえり。」

「なんで野猿に出迎えられてんだ俺は…」


帰宅早々洋平は眉間にシワを寄せた。愛しのなまえが出てくると思いきやリビングから顔を出したのは野猿こと信長で玄関には男物の靴が三足並んでいた。


「ってことは…ジイと神さんもか…」


リビングに入るなり思った通りの人物が揃っており洋平は困ったように頬をかく。おかえり!と出迎えてくれたなまえの声に「おぉ…」と返事をするも冷静に考えて不思議な気持ちになる。


花道のライバルであった海南の超主軸三人が我が家に…いる…今だって、聞くところによると大学バスケ界でも中々の成績を収める海南大学のスタメン三人だ。五分の三が家にいる。俺ん家に、いる……


「サインでも貰っとけばいいのか…?」

『洋平くんどうしたの?着替えてご飯食べよう?』

「お、おぉ…」


不思議な光景。それでも娘は楽しそうに笑いなまえもまたそれにつられて笑顔が溢れている。


「ライバルだったはずなのに…変な感じだな。」


花道のライバルが俺にとっても恋敵になって…そんで何故か我が家で一緒に食事を…


洋平もまたつられて笑った。その笑顔には一点の曇りも無い。


「コラ、信長。汚い食べ方するな、真似するだろ。」

「すみません、神さん…」

『ハハッ、神くん相変わらず厳しいね…そんなに気にしなくていいよ。』

「ダメですよ、こういうのは手本を見せないと。」









君だけの花を咲かせて


(最近益々なんだか父親に似てきましたね)
(神くんやっぱりそう思う?!可愛いよねぇ)

(確かに俺に似てきたけど…なんなんだ…この人は一々言い方に棘がある…)









Modoru Susumu
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