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大学一年も終わりに近づいた頃、学校を後にするなり門の辺りで見慣れた短ランの男の子を発見した。
『洋平くん…?』
「おぉ、お疲れさん。よかった、会えて。」
『どうしたの…?こんなところに、用事…?』
湘北高校に通う彼が海南大にまで足を運ぶ理由が思いつかず素直に聞く私。洋平くんは「あー…」と言った後に「高宮ん家が近くてさ」と言った。確かあの少し丸い男の子が高宮くんだった気がする。…うん、絶対そうだ。
『そっか、今から帰るの?』
「おう、一緒に帰ろうぜ。」
『スーパー寄るけど、いい?』
私がそう言いながら隣に並べば「荷物持ちなら任せてよ」と洋平くんは笑った。並んで歩くなりやっぱり毎度のことながら身長差や体格差を感じて、また大きくなったんじゃないかな…と思う自分がいる。今日も変わらずリーゼント頭がバッチリ決まっている洋平くんはキリッとした綺麗な顔をしながらもふにゃっと笑うんだ。
「…お、バスケのゴールがある。」
通りすがりの公園を見るなり洋平くんはそう言った。キラキラとした眼差しで見つめる先にあるバスケットゴール。桜木花道くんという赤い頭の友達が高校に入ってからバスケ部に入ったとかなんとか、話にはよく聞いていた。
『…洋平くん、桜木くんのこと、凄く大切なんだね。』
「なんで、そう思うの?」
『うーん…いつも洋平くんの頭に、桜木くんがいるような気がするから。』
私と洋平くんの関係は幼馴染としてずっと続いていて、フラッと遊びに来られたり道端で会ったり、たまに水戸家でご飯をご馳走になったり…そうやって彼と顔を合わせるたびに「花道の奴がさ、」から始まる桜木くんの話。よっぽど仲が良くて大切なんだなって微笑ましくなるのだった。
「それはなまえちゃんだろ?」
『…私?私は桜木くんに会いたいとは思ってるけど…別にそういうんじゃなくて…』
「…違うよ、そうじゃなくて。」
それだったら困るわとかなんとか笑った洋平くんは「寄って行こうぜ」と私の腕を掴んだ。急ぐ予定もなく久しぶりに公園のブランコに座ってゆらゆらと漕いでみる。なんだか懐かしくなって、ブランコってこんなに気持ち良かったかな…と楽しさを覚える自分がいた。
『どこ行くの?』
「ちょっと…。ブランコ乗ってて。」
洋平くんはそう言うとフラフラと公園の隅に歩いていく。突然どうしたんだろう…トイレかな…と思う私が彼の後ろ姿を見つめれば、少し離れたところに立ち止まり何かを取り出していた。
ゆらゆらと揺れながらその様子を伺う。次の瞬間、彼の頭上に白い煙がポワッと舞い上がり慌ててブランコを止めた。
『煙草…?』
タバコ…その言葉が何度も何度も頭の中でリプレイされる。洋平くんが、タバコ…?
うまく言葉にできぬまま、私はブランコから飛び降り洋平くんの元へと駆け出していた。
『…ダメだよ。』
「おっと……おい、危ねぇだろ……!」
加えていた煙草を無理矢理口から引き剥がし地面に捨てるとグリグリ潰して火を消した。近くにあったら吸殻入れにそれを放り込み洋平くんの方を見る。怒ったような、呆気にとられたような、そんな顔をしながら私を見つめていた。
「何すんの…、つーか、火傷したら…」
『何で煙草吸うの?!』
自分で思っていた何倍も大きな声が出る。洋平くんは驚いたような顔をして私を見つめた。そして数秒後にはフッと笑い「そうだったな」と言う。
「なまえちゃんは昔から優等生だもんな。」
その一言を聞き私の中の時間が止まった。
何も言い返さない私をチラッと見てこちらの様子を伺う洋平くん。次第にその顔は「しまった…」というような顔になり、私に向かって言い放ったその一言が私を傷つけたんだと認識したらしい。
「いや…違くて。その、嫌味っぽい言い方になっちまって…」
『…そんなことは、どうだっていい。』
違うよ、違う。私はそんなことを言いたいんじゃない。
『未成年だからって怒ってるわけじゃない…』
「…だったら、何?」
ルールを破ることや規則を守らないことだって私にとっては怒りの対象だけど、でも今は違う。そうじゃない。彼がまだ十六歳だから…じゃない。
『体、大事にしてよ。』
「……えっ……?」
『洋平くんにはずっと、元気でいてもらいたいの。』
大学にも煙草を吸う人なんてたくさんいる。もちろん男女問わずだ。友達にも親友にも喫煙者はいるけれど、こんな風に無理矢理奪い取ってまでやめさせるなんてこと、もちろんしたことなかった。彼が年下だから…?こんなに小さい頃から知ってた男の子だから…?煙草なんて吸う洋平くんを受け入れられないから…?
いや、どれも違う。
『体に害があることは、しないでほしい。』
彼の笑顔をずっとずっと見ていたいと思った。「なまえちゃん」って私を呼ぶ洋平くんがいなくなるかもしれない可能性なんて考えたくなかった。
「…なまえちゃん…、」
『あ…ごめん、勝手なこと言って…勝手に奪い取ったりして…』
時間が経てば経つほどに自分自身が冷静になる。いくら自分の中でそんな思いがあったとはいえ、勝手に奪い取って捨てるなんて、やっぱり人間としてよくないことをしたな…とそう思った。その場に居づらくなって謝りついでに逃げようかと試みた私の腕を彼はギュッと握りしめた。
『っ…、』
「俺、期待するよ…?」
『…期待…?』
「なまえちゃんも俺のこと、男として…好きなんじゃないか、って。」
洋平くんはそう言って「俺は好きだよ、女の子として」と続けたのだ。何も言えない私がしばらく固まっていると、彼は何事もなかったかのように「それじゃ、スーパー行こう」と笑って歩き出す。
ただ流されるままに、後をついていくのだった。
その「好き」は、どの好きでしょうか(これも買う?これは?)
(買う…入れて…)
(おーなまえちゃん、こっちのが安いよ)
(なんで告白の後に普通に接してくるの…?遊び…?)