それはサンタからの贈り物 (仙道)





『......嘘、.........。』


会社のトイレで独り言が漏れた。とりあえず冷静を装い、急遽午後を半休にしてもらい病院へと向かう。予約も何もしてない為かなり長い時間待たされたように思うけどそれは私の気持ちの問題だったのかもしれない。


「妊娠してますね、5週です。」


あっさりと告げられたそれに、どこか半信半疑だったものがいよいよ現実なんだと頭が痛くなる。今時の検査薬で陽性が出て、それが何かの間違いだなんてほぼゼロに等しいだろうに、どこか他人事のような気がしていたのだ。


「未婚ですね、どうします?堕すのなら...ーー」


現実はこんなもんだ。未婚で子供を授かった者に「おめでとう」なんて言葉は掛けられない。だっておめでたくないパターンもあるじゃん、私みたいに。それでもどこか祝福されたい自分がいて、そんな自分にお医者さんの淡々とした声が、台詞が、痛いくらい突き刺さる。いきなり堕ろす話をされる。そりゃそうだよ、この人達にとっては仕事であり、日常茶飯事。いちいちこちらの心情を汲み取って患者の様子を伺ってる場合じゃない。


『......少し、話し合ってみます...。』


お医者さんは何か言おうと口を開いたが私と目が合いすぐさま口を閉じた。そんなに私の顔に覇気がなかっただろうか。こんな言葉はこの人には掛けちゃいけないとでも思われるくらいどうしようもない顔をしていたのだろうか。








家に戻りどこか上の空のままテレビをつけた。自分の中に既に命があるなんて、生きているなんて、すごく不思議な感覚だ。夕方のニュースはスポーツコーナーを取り上げていて、話題はサッカーからバスケットへと切り替わったところだった。


「ーーーー に所属する仙道彰選手が、......」


右から左へ流れていくアナウンサーの声も何故かそこだけはスッと耳に入ってくる。画面には相手の上からダンクを決める彰くんが映り、ドアップになったところで慌ててテレビを消した。今はその顔を見たくない。


鞄の中から携帯を取り出し履歴の一番上にいる人物に電話をかける。まだ仕事中なのかもしれない。それなのに2コール目で出た電話の主は何故だかとても慌てていた。


「おい、こんな時間にどうしたんだよ?!具合でも悪いのか?俺もうすぐ定時だからゼリーでも...」
『藤真、すぐに来て。待ってるから。』
「......わかった。」


慌てた藤真と冷静な私。何かを悟ったのか静かに「わかった」と告げた藤真は10分足らずで私のマンションへとやってきた。


「......ったく、どうしたんだよ。びっくりした。」


スーツは少し乱れていて、12月なのに息は上がって汗ばんでいる。乱暴に鞄を投げるとベッドの下に腰掛けた。私が出した冷たい緑茶を一気に飲み干すと藤真はテーブルの上に置いてあった検査薬を二度見して口をあんぐりと開けた。


「ま、まさか......できたのか?!」
『うん。あ、もちろん彰くんの子ね。』
「そりゃ違う男との子供だったら俺が黙ってねーよ。それで?まさか......堕ろすとか言わねーよな?」
『ご名答。産まない。』


やっぱり...なんてため息をつく藤真。何もかもお見通しらしい。
私と藤真はそれこそ赤ん坊からの幼馴染で中学まではずっと一緒に登校したり、家族ぐるみで旅行に行ったりする仲だった。バスケットで翔陽に行った藤真と陵南を受験した私。その陵南でひとつ下の彰くんに何故か気に入られて付き合い始めた私達。高卒でアパレルで働き始めて7年になる私と、高卒でプロになった彰くん。交際はずっと順調とは言えないけどそれでもなんだかんだ縁があって長く共に過ごしてきた私達。


25歳、結婚にも出産にも適した年齢だということはわかってる。相手もいるし結婚してしまえば順序こそ逆だけれど、子供を産んで家族になって、幸せに暮らせるんだろう。けれど、そう簡単にはいかない。


「あのな、なまえの腹の中にはもう命があるんだぞ。生きてるんだろ。簡単に産まないとか...」
『簡単じゃないって。私だって産みたいよ!』


遮るようにしてそう言えば藤真は「ごめん今のは軽率だった」と謝ってきた。いつから彼のことを「藤真」と呼ぶようになったんだろう。ずっと「健司」だったのに。昔から何かとセットで扱われて面倒だったなぁってそんなどうでもいいことが頭から離れてくれない。


「仙道の為に産まないってことだよな、でも一人で決めつけていい問題じゃないだろ?」
『...無理でしょだって。彰くんスターだよ?』


天才と呼ばれて期待されて。それ以上のものを出せるのが彰くんだけれど、その重圧は思いの外、彰くんを苦しめていた。ずっとそうだ。高校の時から。期待されて騒がれて、スーパールーキーなんて言われてプロへ入ったけど、最初の数年は思うような結果が出なくてとても苦しんでいた。


『やっと。やっと最近楽しそうにプレー出来るようになったの。ここまでの道のりは大変だった。』


今でこそ世間から騒がれて、バスケットが人気スポーツとして取り扱われるようになった立役者になったわけだけど、ここまでの苦労を私は知っている。それを簡単に壊すような真似はできない。彼はまだ24歳。結婚や父親になるなんてこと、世間は望んでないだろう。だってスターだから。


「気持ちはわかるけど、ちゃんと話し合おうぜ。仙道の考えも聞かないと、勝手に堕ろすなんて真似は......」
『藤真に電話した意味わかるでしょ?』
「...本当に酷いななまえ。俺に立ち会えってことだろ。お腹の子を知っていて欲しいんだろ。仙道の代わりに。」


この子が少しでも私の中で生きていたことを、誰かにも知っておいて欲しい。私一人じゃなくて、彰くんがダメなら他の誰か。そう思えば当てはまるのはひとりしかいない。


『藤真、私堕ろすから。病院着いてきて。』
「......なまえ、お前本当に......!」


その瞬間、廊下からドサッと何かが落ちる音がして藤真が慌てて確認へと向かった。何も発さずに立ちすくむ後ろ姿を見て、何を目にしたのかはわかっている。


「......仙道、お前いつからここに......。」
「藤真さん......、いつもいつもすみません、」


静かなやりとりが聞こえたと思えば彰くんはズカズカとリビングへ入ってきた。


「なまえちゃん、俺には考える権利がないの?」
『......無いよ。私は誰かひとりしか守れないのなら彰くんを守るから。』
「...それは俺の仕事でしょ、守らせて欲しいな。なまえちゃんのことも、俺達の子供のことも。」


彰くんは穏やかな顔で私のお腹を撫でた。まだぺちゃんこで胎動もないのに、何故だかこの子が彰くんに触れられた事を喜んでいる気がして涙が溢れそうになる。


「なまえちゃん、俺の為にって、そんなこと思わせてごめんね。でも俺、許さないよ。」
『......何を......?』
「この子を堕ろすなんて絶対に許さない。」


彰くんに腕を掴まれて強引に引き寄せられた。とうとう目から溢れた涙は止まる事を知らずに流れ続けた。


「俺の為に産んでくれないかな?」
『...いいの?彰くんやっと今結果が出始めたところで...私達お荷物にならないかな......。』
「そんなこと言うなよ。今よりもっと頑張れるよ。大丈夫、俺は絶対負けないから。」


怖かった。
この子がいなくなってしまうのが。もう生きているこの子の命を奪うのが。頭では堕ろすと決めても本当はそんな勇気ちっともなかった。藤真を巻き込んで悲しみを共有しようとした。一人じゃとても抱えきれないから。


『本当に......?』
「うん、だって俺、なまえちゃんの旦那だから。」


彰くんは笑った。嬉しそうに笑った。少年のように純粋に目の前の出来事に喜んでいた。それが何より嬉しかった。バレずに堕ろそうだなんて、たとえどんな理由であれ私の考えていたことは最低だ。


「...一緒に育てていこう。俺と結婚してください。」
『.........彰くん.........よろしくお願いします、』


不安もあるけどやっぱり幸せで。ただただ素直に嬉しくて。彰くんと家族になることへの胸の高鳴りが押さえきれない。


抱きしめられ背中をリズムよく叩かれて随分と落ち着いた。静まり返った部屋に何故だか藤真の泣き声が響いた。


「ハハ、藤真さん顔ぐちゃぐちゃ。」
「だってよ.........よかったよ、ほんと.........。」














私達は何故だか4人で永遠を誓ったのだ。


(...なまえちゃんそういえば今日イブだよ)
(うわぁ!すっかり忘れてた......)
(イブの夜に人の家で泣く俺どうなんだ...)
(それでこそ藤真さんですよ、最高!)
(仙道.........なんかムカツク......)




藤真くんが多く出てきたなぁ...(°▽°)仙道パパやばいなやばいなやばいな(°▽°)あんまりクリスマス関係なくなってる......












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