それは、無意識のうちに (諸星)
『大ちゃんいいの?私も一緒に行って......』
いいも何もなまえん家みたいなもんだろ、と俺が言えばなまえは顔を真っ赤にして「そうかな...」と呟いた。
3月14日、俺は久しぶりに実家へと顔を出しに帰っていた。隣にはいつのもようになまえがいて、当たり前のように共に帰る。元々幼馴染だから実家同士も近い上に、家族ぐるみで仲が良いわけだからなんの遠慮もいらないってのに、俺と付き合い出した途端なまえはよそよそしく緊張なんかするようになったから可愛いと思う。
「一回帰って来いってうるさいしさ、逆に付き合わせてごめんって感じだよ...。」
『そんなことないよ。私邪魔じゃないか不安だなぁ...。』
もし邪魔だったら自分の実家に潜伏しとくね。なんて愉快なことを言ってピースしているなまえ。なんかよくわかんないけど可愛いのは確かだから「おう」と答えておく。
久々に実家へ戻ることに加え、今日はホワイトデーだということを忘れてはいけない。学生時代によく行っていた思い出の地巡りでもしようかとそんなことを考えた俺。
「ただいまー。」
『お邪魔します.....。』
「おかえり。あら、なまえちゃん!」
母さんに迎え入れられて「相変わらず綺麗ねぇ」なんて言われたなまえは顔を真っ赤にしていた。ガキの頃から知ってる相手だってのに照れながら「これ、名古屋のお土産です」なんて差し出している。相変わらず律儀だ。
「ほらほら上がって。ゆっくりしてってね。」
『はい。ありがとうございます。』
「.....でね、この前近所の中川さん家と....」
『あぁ、中川さん、わかります!』
「わかるでしょう?あそこのおばさまとね......」
......仲が良いのに越したことはねぇけどさ。なまえと思い出の地巡りでもしようと考えていた俺だが母さんとの世間話に花を咲かせ...というより、母さんが一方的にベラベラしゃべり、それに付き合ってくれる優しいなまえが解放されることはなくいつまで経っても二人は話をやめそうにない。
「そうそう、この間は旅行に行ってね.....」
『パリ?凄いです!行ったことない.....』
「お土産買っておいたのよ!大と一緒に食べてね!」
わぁ...!と感動的な顔でなまえが受け取ったのは高そうなチョコレートとクッキーで。パッケージを見るなり「可愛い...」と呟きキラキラした顔で眺めている。
ったく....本当に変わってねぇな、なまえは.....
大企業で働く社会人になったって、周りから美人だと噂されたって、なまえはいつでも傲り高ぶること無く
とっても謙虚で丁寧で、何より昔と変わらない可愛い笑顔で笑うんだ。俺はこの子のそういうところが好きだ。年上でありながらも、それを感じさせないくらい距離が近いのにきっちりと礼儀をわきまえていて、なおかつ常に自然体で居させてくれる。
「会社はどう?残業ばかりさせられてない?」
『今のところ、大丈夫ですね。ご心配ありがとうございます。』
なまえ、やっぱりすげぇなぁ。
俺の頭の中からはすっかり思い出の地巡りをすることや今日がホワイトデーであることなどが抜けていきぼんやりとなまえを眺めることに徹している。母さんの長い長い話にも嫌な顔せず付き合ってくれるどころか本人も半分以上は楽しんでるみたいだからもうそっとしておこう。女同士は何かと仲が良い方がよさそうだしな。
テーブルの上に置いてあったお煎餅をボリボリ食べ始めれば隣に座っているなまえがノールックでテーブルの上に落ちたカスを手で集め始める。顔は母さんの方に向いているし、完全に意識はそっちで口だって動いていてしゃべりも止めないのに、口と同時に手も動かしポロポロと俺が食べ散らかすカスを母さんを見ながらも器用に集めているのだからやっぱりこの子は天才だ。
「よっこらしょ、ちょっと、お茶でも淹れましょうかね。喉渇いちゃったわね。」
母さんはポロポロとカスをこぼす俺を見ては苦笑いをしてお茶を淹れに席を立った。ようやく母さんから解放されたなまえは俺の方を見るなり「もう」と呟く。
『大ちゃんいっつもボロボロこぼすんだから。』
「ごめん....ありがとう.....」
『お煎餅の時は特にこぼすよね。これ集めたら結構もったいない気がしない?』
そう言ってなまえが手で集めた煎餅のカスを俺に見せてくる。「もったいない食べ方してるなぁ」と俺を見るなりクスクス笑う。
「確かに....つーかごめんな、母さんの長い話に付き合わせてさ....」
『ううん、すっごい楽しい。大ちゃんパパともゆっくりしゃべりたいなぁ....』
横顔が....そう言った横顔がすごく綺麗で、俺は思わず見惚れてしまった。ぼうっと眺める俺の視線に気付き「どうしたの?」と問うなまえ。
「なぁ......」
『うん?お煎餅美味しい?』
「....結婚、するか。」
俺の口から出た言葉に「....えっ?」と返事をしたなまえ。俺はただただ俺を驚いた顔で見つめてくるなまえをぼんやり眺めていた。
『だ、大ちゃん....?どっ、どどどうしたの.....?』
「へ.......?」
あまりにアワアワと慌てるもんだから、俺何か変なことでも言ったかな、だなんて我に返って考えてみる。
「お、俺、今.......」
自分で言って自分で慌てるんだから俺はただの大馬鹿ものだ。なまえはそんな俺を見るなり本気じゃないとでも思ったのか「ビックリしたよ」なんて笑っている。
「違う。冗談とかじゃない。」
『えっ、でも......?』
「なんか、なまえ見てたら自然と....ポロッと出たというか....無意識に思ったというか....」
俺のその言葉を聞くなりなまえは顔を真っ赤にして「嘘...」と照れている。あぁ、もう。つい先月なまえから「結婚したい」と申し出があり「今はまだ...」と俺の方から断ったっていうのに。俺は本当にただの大馬鹿ものだ。
「ちゃんと、指輪も買ってやり直す。でも、もう一回伝えておくよ。」
君を見てたらそう思ったんだ。
「俺と、結婚してください。」
お願いしますと笑った君の目からは涙が一筋こぼれ落ちた
(あらまぁ!すごいところでプロポーズしたわね...家のリビングで....)
(べ、別にいいだろ!母さん見なかったことにして!)
遅くなりすぎたのでこっそりアップしておきます...もうすぐ五月やん....バタッ