ボクの頭の中の辞書 (藤真)





「みょうじさん、バレンタインの時はチョコレートありがとう。」


そう言われて差し出された紙袋を受け取れば、たちまち笑顔になる目の前の人物。


『わざわざありがとうございます......。』


そんなお返しをくれた張本人の後ろで何故だか凍りつきそうなほど冷たい視線を送ってくる上司がいるわけで。


「...伊藤!!」

「はっ、はい!何でしょうか!藤真さん!」


私と先輩である伊藤さんを見た途端、藤真さんは突然声を上げ伊藤さんを招集すると「コピー頼むよ」なんて全然笑っていない顔で微笑んで颯爽と消えて行った。同じ部署で直属の先輩である伊藤さんは高校時代から藤真さんの後輩らしくて。「はい...!」なんてビビりながらコピー機のある方へと走っていく。


バレンタインデー当日、朝方まで藤真さんに抱かれていた私だけれど、その後なんやかんやで同じ部署の男性陣にはチョコレートを用意せねばとデパートへ駆け込んだ。少し遅れたけれど月曜日には渡せていたのでセーフだろう。朝、部長や課長からもお返しをもらったけれどまさか藤真さんの目の前で、伊藤さんからのお返しをもらうとは思っていなくて内心とても焦ったよ、うん。


あの日を機に、藤真さんという「王子様」の恋人になった私。周りの反応がとても怖くて、言いふらそうとする藤真さんに釘を刺し絶対口外しないよう約束しているものの私は気付いてしまった。彼は相当嫉妬深い男なのだ。


「俺以外の男と.....」というセリフは常々彼の口癖であり、それは社内でも同じで。今だってあの凍りついた顔見た?怖いよね。顔が綺麗な人って怒っても綺麗だなぁと思うけどさ...あれは美の使い方間違ってるよね。怒ると綺麗すぎて怖いんだもん。凡人には理解できない現象だよ。


伊藤さんからもらった紙袋片手に席へと戻れば隅の方に付箋が貼ってあって。あぁ、書類かなにかミスしたのだろうかとため息混じりにそれを手に取ってみる。


『.......っ、!』


見覚えのありすぎる綺麗な字で書かれた「昼休み社員食堂」。まさか.......!!毎日「一緒に食べませんか」としつこいほど誘われているあの王子様からのお誘いではないか!しかし...もちろん周りには交際のことは秘密なわけで...。社食で堂々とランチなんかしてたらそりゃもう午後からの仕事に差し支えがありそうで...ありそうっていうかあるだろ...っていうかなんで急にこんな...


『まさか.........』


今の?今の伊藤さんからお返しもらってたやつの仕返し?仕返しだよね、これ?なんてひどい仕打ちなんだ...私の命に関わるっていうのに...どうして...!!


「みょうじ!」

『はっ、はいっ....!!』


あーでもないこーでもないと一人で頭を抱えていれば突然呼ばれた名前。条件反射で返事をして席を立ち上がった私の目の前にはジトッとした視線を寄越す藤真さんがいて........あれ、なんで.........?


「随分楽しそうだな、一人で頭抱えて。」

『うぐっ........、』


先ほど廊下で見た藤真さんはどこへ行った。女子社員に「おはようございます」と遅い挨拶をされて「おはよう」と王子様スマイルキラキラの顔で返事してたあの藤真さんはどこへ行った!!!


ちょうど今私の周りに誰もいないのをいいことに他部署なのに堂々と入ってきては頬っぺたをギュッと掴まれる。しかも相当な力だよこれ.......


「まさか、社食行くかどうか悩んでるってことはねーよな?」

『なっ....、何ですか本当に....!そんなことしたら一瞬でバレるじゃないですかっ!』

「あーあ、俺傷付いたのになぁ...まさか伊藤にまでチョコレート渡してたなんて...」


そう言ってわざと泣き真似をし始める藤真さん。この野郎...と思うはずの自分の感情はそんな藤真さんを見て「うわぁ...可愛い...」なんて思ってしまうんだから恋とは恐ろしい魔物だ。しかしまぁ...なんと可愛いことか...あざとさを越えてただの美人の出来上がりよ、これ。


『はっ......美の暴力......騙されるところだった.......』

「何がだよ馬鹿、いーから来いよ。来なかったら......」


藤真さんは馬鹿と言いながら私にデコピンをするとその後顔を近づけて耳元で「なまえのこと監禁するかも」なんて物騒なことを囁いてくる。


『はっ...?!何ですかそれ!!』

「自慢しながら連れて歩きたいってのに、言いふらすななんて言うからだろ。」

『だって!私の命に関わるんですよ?!』

「何言ってんだ馬鹿、俺が守るに決まってんだろ。あんまり言うこと聞かねーんなら俺の部屋に閉じ込めるからな。」


一歩も外に出さねーで永遠に可愛がってやる、だなんて笑ってても笑えてないマジな顔で言われて鳥肌が立った。なんなんだこの恐ろしい美形上司は.....いつもの王子様モードどこに行った......













『................』


社員食堂には来た。


「それでね、みょうじさん、俺がこの間.......」


来たよ、来た。でも何故だろう。目の前には伊藤さんがいる。楽しそうに笑って話してる伊藤さんがいる。あれ、なんでこうなったんだっけ.......私は覚悟を決めて社員食堂にやって来たはずだよ.....それで......藤真さんが来るまで待ってようと座ってたら、あろうことか藤真さんより先に来た伊藤さんが「お、座るね、ここ」なんて言って目の前に座り始めて......それで.......って!!!!


『やばい!!これは大変なことに......!!』

「ちょっ...みょうじさん?!大丈夫?!どうしたの?!」


しまった!つい心の声が漏れて.....


はっと我に帰り謝りながらもう一度席に座る。伊藤さんは「何か思い出した?」なんて聞いてくるけれど...待って...右からすごい視線を感じるんだけど......


ゆっくり、ゆっくり...確認してみようかな......


『......ヒィッ!!!』

「みょうじさん?!さっきからおかしいよ?本当に大丈夫?」


やっば.......怖すぎた......。


右からの視線の正体はもちのろんで藤真さんで。キャッキャと楽しそうな女子社員に囲まれながら左手で持った箸を動かさずに微動だにせずこちらを真顔で見ていた。やっべ......これやられるやつだ.....何されるかはわからないけどとにかくやられるやつよ、これ.......


『あ、あの.......伊藤さん、私ちょっと急用を思い出しまして.........』

「あ、本当に?デスクに戻る?俺も行くよ。」


いや、そうじゃなくて......と慌てる私にさっさと片付けを始めてトレイを運ぼうとする伊藤さん。固まる私に「行こう」なんて声をかけてくるではないか。一緒に退席なんてそれはそれでまずいような...ただでさえ部署同じだし......


「みょうじさん?行かないの?」

『あっ、..........い、いきましょう.......!』


席を立ち上がった時だった。


「伊藤!」

「......あ、はいっ!藤真さん......!」


無意識に声がした方を振り返ってみて気がつく。伊藤さんを呼んだのは藤真さんで。真顔で何を考えてるのかはわからないけど絶対やばい時の藤真さんで.....。


「伊藤、お前偉くなったな。本当に優秀だよ。」

「えっ........?」


ガタッと席を立ち上がりこちらに近づいてくる藤真さん。周りの女子社員たちも不思議そうに藤真さんを見上げている。


「俺から選手兼監督を引き継いだ時も、お前は優秀だと思ってたけど......。」

「あ.....ありがとう、ございます........」


距離が縮まるたびにドキドキと心臓が煩くなる私。いきなり意味不明なこと言い出したし絶対やばいよ...と手汗がひどくなっていく。伊藤さんは突然何事だと不思議そうに頭を下げている。あぁ....先に謝っておきます、藤真さんごめんなさい!!だからどうか許して.......


「本当に偉くなったよな、俺の彼女と二人で飯食うなんて...。」

「..........えっ...........今、なんて............」


「彼女」という単語が出た瞬間、藤真さんはそれはそれは信じられない目つきで私を見た。理解に苦しみ固まっていた伊藤さんの顔がどんどん青ざめていく。


「...みょうじさん......ふ、藤真さんと.....お付き合いを.....?」

『あっ........え、えぇ......まぁ.........』


一瞬「いやいやそんなわけ!」と言いかけた私はシラッと履いていたローファーを踏まれて。藤真健司という男の無言の圧にやられついに認めてしまった。しかもこんなに大勢の人の目の前で.........。


「すっ、すみません、藤真さん......!知らなくて.....」

「いいんだ、伊藤。今後はいくら部下でも「俺の彼女」として扱ってくれたら助かるよ。」


ここで使われた最大限に美しい笑顔。ニコッと笑って伊藤さんに「な?」と圧力をかけた藤真さん。自分の顔面の使い方をよくご存じのようで.........


慌てて走って逃げた伊藤さん。取り残された私と藤真さん。そして「嘘ー?!」なんて騒がしい周りの女子社員。


『なんで、こんな..........』

「監禁された方がマシだった?」

『そんなことは言ってないですけど........』

「じゃあ黙って俺の言うこと聞けよ、馬鹿。」


藤真さんは私の唇を奪った。社員食堂のど真ん中、人々の視線が集うこの場所で堂々と。私の平凡な日常が壊されたのは言うまでもない。













「キミ」と引けば「ボク」と出てくる


(ほら、命まで狙われるなんて大袈裟だったろうが)
(そうですけど......恥ずかしくて社内歩けないですよ)
(は?俺の彼女だってことが恥ずかしいって?)
(違いますって!!あんなとこでキスするから!!)
(はぁ?外国人なら挨拶だろ、あんなもん!)
(私たちガッツリ日本人ですよ......)


ホワイトデーのプレゼントはちゃんとしたんですよ、藤真さんのことだから!書けなかったけど!(笑)夜景の見える綺麗なレストランに誘っただろう......でも藤真さんなら「全社員公認、俺の彼女だ、喜べ」だなんてこれを一番のお返しとして認識してそう(笑)







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