恋の魔法にやられて (越野)






「......もう日がねぇってのに......。」


ホワイトデーを目前に俺は焦っていた。その原因は同じアルバイト先に勤めるみょうじだ。


「越野さんどうしたんです?この間から変ですよ?」

「うわっ...べ、別になんでもねーよ!」


アルバイト中、休憩室で携帯片手に調べ物をしていた俺の横にニュッと現れてそんなことを言うのは藤真の妹だ。


「変なのー。休憩中に化粧品なんか調べちゃって。」

「...っ!!馬鹿!!でけー声で言うな!!」


そっちの趣味があるんですかー?なんて驚いた顔で聞いてくる藤真の妹を無理矢理休憩室から追い出す。ハァ...とため息が漏れつつ携帯を見つめる。化粧品なら喜ぶのだろうか...なんて考えている自分が少しだけ恥ずかしくもある。


3月14日、ホワイトデー。


今までほぼ縁のなかったこの日に俺はお返しをすべきかどうか悩んでいた。いや、男として、もらったものにお返しをするのは当たり前だと思う。悩みの種はその内容だ。そもそもあれを「本命」ととらえていいのかどうか俺はそこに悩んでいたのだ。


みんながもらったものと明らかに違った俺へのチョコレート。そこには前日、俺の彼女のふりをして付き合ってくれたことへの礼というか、そういうものが入っているのかもしれない。礼をするのは俺のはずなんだけど...。でもだからこそ、勘違いはしたくない。本命じゃなく「義理の少し上」くらいの物に、俺が超高価な「本命返し」をしたら「別に本命じゃないのにこの豪華なお返しはなに?」だなんて引かれるだろうし、もし仮にあれが本命だったとして、俺が適当にお返しを贈ったらそれはそれでみょうじに申し訳ないと思ったからだ。


そもそも、「本命」なら「本命返し」をしたい。みんなと違った「少し豪華な義理」なら「少しだけ特別なお返し」を贈りたいと思う時点で俺は相当みょうじで頭がいっぱいらしい。だって確実にあの子の気持ちに答えたいって思ってしまってるんだから。


傷つけたくない。かと言って自分が恥ずかしい思いもしたくないし、彼女を困らせたくもないし、もらったチョコレートの気持ち分だけのお返しがしたい。


「本命だったら........?もしあれが「好き」とか....そんな意味だったら........?」


って、んわなけねーし!!なんだよ俺は馬鹿なのか!1日付き合ってもらったくらいでなに勘違いしてんだアホんだらめ。しかしまぁ、あの日の「ひろくん」が抜けなくてだな........


「うわぁぁ!どうすりゃいいんだよ.....!!」


俺は完全に沼にハマって動けない状態であった。













誰にも相談できないまま、ついにこの日を迎えてしまった。何の偶然か今日は俺もみょうじもシフトが入っていて退勤時間も同じ。わざわざ約束を取り付ける必要もなく運命のいたずらか....なんて柄にもないことを思い、ため息をついてみる。


そういえばあの日からみょうじとは顔を合わせていなかった。1ヶ月もの間、一度もシフトが被らないこともそうだけれど、そんな重要なことに気付かず過ごしていた自分、どうなんだろう...なんて呆れてしまう。でもそんな気がしない、むしろ常に会っていたような気さえする。多分それくらい俺の頭にはみょうじが存在していたんだろう。


君のことばかり考えてた1ヶ月.......。

「ひろくん」が抜けずに過ごした1ヶ月........。


さあ、なんて言葉をかけようか。ここまでくればもうやるしかないんだから。今更焦ったところで俺が用意したお返しは変わらないし、みょうじが喜んでくれることを祈るのみだ。









「...みょうじ。」


基本キッチンにいた俺に対し慌しくホールを行き来していたみょうじ。ホワイトデーの居酒屋は人が多く退勤するまでにみょうじと話した会話はひとつもなかった。


勇気を出して呼び止めた俺に「あ...」と声を出したみょうじ。私服に着替えた彼女は相変わらず可愛くてあの日の「ひろくん」が頭に蘇る。


『お疲れ様です...!』

「お.....おう、お疲れ様.....。」


...いけ、今だよ。渡せ。


彼女に合わせる必要はない。たとえあれが超義理チョコだったとしても、俺にとっては何よりも嬉しくて何よりも美味しい最高のプレゼントだったんだから。そんな幸せをくれたみょうじに、俺から最高のお返しをする。ただそれだけだ。


「バレンタインの時は、ありがとう。」

『あっ...........!』


意を決して持っていた手提げを渡そうとした瞬間、何故だかみょうじは慌てて控え室を出て行こうとした。ドアノブに手をかけ必死で逃げようとする彼女の細い腕を無意識に掴んでいた俺。


「おいっ.....、どこ行く.......!」

『....は、離してください....!』

「嫌だよ、まだ話終わってねーもん......」


何故だか必死に俺から逃げようとするみょうじの心理がわからなくてとにかく掴んだ手を離さないでいれば彼女は「越野さん」と俺を呼ぶ。


「何...?」

『別に...返事が欲しかったわけじゃないんです...。ただあれは私の気持ちであって...、越野さんに自分の気持ちを押し付ける気もありません...。』


え......と声を発した俺が彼女が真っ赤になっている理由や言葉の意味を考え始めた途端、彼女は「これからも後輩で居させてください」と頭を下げてきた。待てよ...これは俺がフラれたってこと...?いやでもなんか違う気がする。だってなんだか.......


「...みょうじの気持ち、ちゃんと聞いてもいい?」


もしこれが俺の勘違いや自惚れなんだとしたらそれはあってはならない。


『でも......ふ、ふられるのが嫌で......だからちゃんと言えなくて.....返事いらないから、これからも後輩で......』


...あぁもう...!俺の思った通りになってしまいそうで心が騒がしくてくすぐったい。もしかしたらあれは本命で、今から俺に振られるんじゃないかと警戒しているようなみょうじ。振られて気まずくなるのなら答えはいらないから後輩で居させてほしいと頼み込んでくるみょうじ.......


「ちゃんと返事したいんだよ。」

『で...でもっ...、』

「だったら今から話すから、俺の気持ち聞いてくれる?」


求めてもないのに言われるのかとみょうじは「えっ」と言ったまま固まった。どうして完全に俺に振られることになっているのだろうか......。


「バレンタインの時、正直すげー嬉しかった。」


何故かギュッと目をつぶって下を向いて聞いているみょうじ。その姿が可愛くて、どんだけ俺に振られるのが怖いんだよ...だなんて簡単に自惚れてしまう。


「これがみょうじからの本命だったらいいなって、ずっと考えてたんだ。」

『.......えっ、?』


ゆっくり目を開けて俺を見上げたみょうじは、目を丸くさせて子犬のような純粋な瞳で俺を見つめてくる。


「みょうじ、これからは1日限定じゃなくて......」


ジワジワとみょうじの目に涙が溜まり潤んだ瞳になっていく。


「本物の恋人に、なってくれませんか。」


パチパチと瞬きをしたら、みょうじの目からは一筋の涙がこぼれ落ちた。


『嘘.........、ほんとですか........?』

「嘘はつかない。あと、これ、お返し。」


ようやく渡した手提げを受け取るとみょうじは涙が溜まった目を見開いて「あ...」と呟く。


『私の好きなブランド........。』


なんでわかったんですか...?なんて綺麗に笑うから、俺は「似合うなと思ったんだよ」と正直に返事をした。そのキラキラした綺麗な笑顔にはどうにもこうにも弱くてダメだ。


「今度俺と会う時、つけてきてよ。」


プレゼントしたのはネイルポリッシュと赤のリップであった。姉がいる経験を生かして、俺が目をつけたのは淡い色のネイルポリッシュで、たまたま買いに行った先で目に止まった赤いリップもおまけしておいた。もし仮に付き合うことになって、デートなんかの時にこんな色の唇で来られたら.........そう思うと男である自分が反応したからだ、とは内緒にしておくけれど。


みょうじは綺麗に包まれていたラッピングを開封し、ネイルカラーを見るなり「新作の色だ...」なんて感動していた。確かに淡い色は三色とも新作と書かれていたような気がする。


『ありがとうございます...!つけていきます...!』

「...それって、俺の彼女になってくれるってことでいいの?」


顔を覗き込めばみょうじは顔を真っ赤にさせて静かに頷いた。あまりの可愛さにリップなんか塗らなくとも不意に唇を奪いそうになる。....忍耐だ、忍耐....。


『わ、私...ずっと越野さんのこと...好きだったんです...。』

「ずっと...?」

『はい...。入ってきたばかりの頃、優しく指導してくれた時から.......。』


まさかそんな前だと思わなくて、あの時彼女役を引き受けてくれたのもそれがあったからか、なんて変に納得する俺。つーかそんなの知らなかったし...なんか...今まで恋愛経験もそこまでない俺がこんな可愛い子に好かれていたと思うと.......


「ってか...嫌じゃなかった?!彼女役やらせて......」


もしかしたら無意識に傷つけていなかっただろうか、本当に俺に気があったのなら、偽装恋人なんて苦しくなかっただろうか...そんな風に慌てる俺を見てみょうじは「いいえ」と首を横に振った。


『すごく幸せでした...。この時がずっと続けばいいって思ったんです。』


.......あぁもう.......なんて可愛いんだ........


「...俺のこと好きすぎかよ....。」

『...好きです、だいすき。........ひろくん。』


気が付けば彼女は俺の腕の中だった。目が合うと照れ臭そうに笑ってくれた。涙の跡がついていた。


『ひろくっ.........』


唇だけじゃない。目元や涙の跡、その全てにキスを落とせば彼女は再び「だいすき...」なんて呟いたのだ。


「俺も.......大好きだよ。なまえ。」
















君に口紅は必要ない


(どうせ俺が落とすから)







なんか......あまっあま甘々な越野くんに仕上がりました。。彼はツンデレなイメージですが、年下の彼女には少し大人びて対応しそうだなと思ったりもしました(^^)ガミガミ言い合うのも合ってるなと思うし、甘いのもアリかな...(^O^)!






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