消えない炎 (三井)
2月14日、生憎彼女のいない俺はいつもと変わらない1日を過ごしていた。朝起きて会社に行き仕事をして家へと帰る。帰りの電車を待っている駅のホームで少しだけ鞄が重いな、なんて思う理由の原因は、女子社員からもらった「義理」という名のチョコレートたちのせいだろう。
到着するアナウンスが流れ間も無く目の前に止まった見慣れた通勤電車。いつもより混んでいないような気がしないでもない。「ふぅー」なんて息を吐けば途端に電車は動き始めた。
最寄りの駅が近づき車内にアナウンスが流れる。珍しく座れた座席から立ち上がり降りる準備をする。ゆっくりと止まり開いたドアから一歩、最寄り駅のホームへと足を踏み出せば「待って!!」なんて後ろから慌てた声が聞こえてきた。
「.....えっ.......?」
完全に体は電車の外。まさか、俺?なんて振り向いた瞬間、勢いよく投げられた何か。
なんとかキャッチして慌ててそれを確認すればいつ落ちていたのか、それは俺のiPhoneで。何はともあれお礼を言わなきゃなんて慌てて顔を上げた俺の目の前でプシューと音を出し閉まる扉。
「あの!!ありが.......っ、」
伝わるかわかんねーけど、なんて比較的大きめな声で発した俺だったけれど、携帯を投げてくれたその人と扉越しに目が合えば、瞬時に時が止まったような感覚に陥る。
.....なまえ?
まもなくゆっくりと動き始めた電車を無意識に追い始める俺。なまえにそっくりな顔をした女の子に向かって届きもしないのに手を伸ばして次第に早くなっていく電車に置いていかれてしまう。最後俺が見たのは困ったように笑って俺に向かって手を振るなまえであった。
「....なまえだよな、やっぱり......!」
あの笑顔は。忘れるわけがない。
家へ着くなりベッドの上に倒れ込む。よくよく考えてみれば俺は相当マヌケな顔をしていたと思う。だってなまえ笑ってたし...。あぁ、なんてダサいんだ。あんなところで会うなんて思わないから仕方のないことなのだけれど。
「.......何年ぶりだよ、変わんねーなアイツ......。」
大学二年の時に付き合い始めたなまえ。大学出る時には俺はもう振られていたから付き合いはそう長くなかったけれど小学校、中学校と同じだったから昔から知っていると言う意味では付き合いは長い。でも別れてから会うの初めてだよな...?五年ぶり、くらいか...
そもそもあんなところでiPhoneなんて高価なもん投げやがって...もし俺が落としてたらどうするつもりだったんだろうか。そんなこと考えたってあの困ったような笑顔が頭から離れてはくれないんだから俺の時間はあの日からさほど動いてはないらしい。
「.....まさか今日も会えるなんてことは.....、」
ねーよな、なんてため息が漏れた。駅のホーム。昨日と同じ時間。彼女の存在を意識してはドキドキが止まらない俺は一体どうしたというのだろうか。現実というものはいつだって厳しく俺に冷たく当たってくる。電車に乗っても降りてもなまえの存在は当然の如く無くて。とぼとぼと歩く帰り道はやけに寒く感じる。
「.....腹減ったな......。」
スーツのポケットから昨日なまえが拾ってくれたというよりぶん投げたiPhoneを取り出し時間を確認する俺の近くで「寿くん」なんて声が聞こえてきた。
「は?.........」
『は?って...。全然変わんないね。』
クスクス笑うなまえが隣で「久しぶりだね、でも昨日ぶり?」なんて楽しそうに俺に問う。
「えっ...なんで...、つーか昨日は......ありがと......」
『どういたしまして。寿くんぼうっとしてるんだもん。』
理解が追いつかない俺になまえは「私ナイスコントロールだったよね」なんてやっぱり楽しそうに笑っていた。よく見りゃ私服だし会社帰りって感じもしねーな...どこか遊びに行ってたとか?いやでも........
『...あ、私今仕事休んでるの。有給消化中。』
「あ、そうなんだ...。どこらへんで働いてんの?」
相変わらず変なとこ勘が鋭い彼女は聞かずとも俺の疑問に答えてくれる。就職活動中に別れ話をされたことが鮮明に蘇りそういや俺なまえの職場知らねーやなんて悲しくなりながら質問をした。
『東京。今実家に戻ってきててさ。』
「へぇ...しばらくいんの?よかったら飲もうぜ。」
『あー...うん、いいね、楽しそう...!』
俺ん家もなまえん家も同じ方向だから自然と帰り道は一緒になるのだけれど「ちょっと寄って行こうぜ」なんて公園に入っていく俺になまえは「いいよ」なんてやっぱり楽しそうに返事をしてくる。俺がブランコに腰掛ければなまえも「ブランコ久しぶり」なんて隣に座っていた。ゆらゆら揺れると少しだけ肌寒く感じる。
「...元気にしてたか?」
『まぁ...。寿くんも元気そうで安心したよ。』
「なんだよそれ、振られて死んだとでも思ったか?」
『そんなこと言ってないけど...。気まずくなるじゃん。』
全然気まずそうじゃない笑みでそう言われてもなんかこう真実味に欠けるんだよな...。
「彼氏は?いんの?」
『さぁーどうだろう。』
「なんだよ、本当に。」
ぶつぶつ文句を言い始める俺になまえは「だって寿くんに狙われたら困るもん」なんて口を尖らせている。なんだってんだお前は...。つーかどういう意味なんだよ!!女心?さっぱりだわ、難しいにも程がある。
「狙われたら困るってことは、いないってことだな?」
『さぁね、気になる?』
「いたらいるって言うだろ、普通。そしたら俺に狙われる心配もねーし...。」
自分で言ってから「は?」となる俺になまえはクスクス笑って「狙う気なんだな〜」なんて意地悪な顔をしている。ムカツク......。あぁもう正直に言うよ!!そりゃ少しは期待したよ!!今もしてるよ!!だってめちゃくちゃに好きだったんだぞ、これでも!!
「...狙ったらダメなのかよ。」
『...ダメだよ、寿くん。』
「何でだよ。俺やっぱりなまえのこと.......、」
忘れていたはずなのに瞬時に蘇った幸せだった記憶、楽しかった思い出たち。蘇れば蘇るほど俺の心は満たされて、できることならその続きをまた君と描いていきたいなんて欲張りなことを思ってしまう。
『寿くん、あのね....』
「なんだよ。」
なまえはブランコを止めると俺の方を見た。それにつられて俺もその場に止まる。少し寂しそうな顔でなまえはゆっくりと口を開く。
『私ね、結婚するの。』
「..........は?結婚?」
『うん。来月結婚するの。』
そう言うと空を見上げて「星がたくさんだね」なんて笑う。あまりに綺麗なその横顔に軽率にも「好き」の二文字が溢れ出てくる。結婚って..........。
「.......おめでとう、って言えばいいのか......。」
『ありがとう。結婚する前に寿くんに会えてよかった。』
「.......マジで、結婚すんの......?」
意味不明な俺の問いになまえは穏やかに笑って「うん」と頷く。どう表現したらいいかわからない気持ちにモヤモヤしていればなまえは「寿くんと付き合えてよかった」なんて馬鹿な俺が簡単に期待してしまいそうなことを言ってくる。
「なんで.......」
『幸せだったから。ありがとうね。』
「......なんだよそれ、なまえ、俺.......!」
『寿くん..............大好きだったよ。』
固まる俺を置いて彼女は公園を出て行った。いつまでも動けない俺の元に先ほどまで星が見えていたはずの空からは大粒の雨が降ってきたのだった。
降り出したこの雨に君は濡れてないだろうか
(...やり直すなんてできるわけねーか...)
みっちゃんには幸せになってほしい思いを込めてこの話を描きました( ˙-˙ )なのでホワイトデーは頑張るぞ...諦めの悪い男!!!みっちゃんならいける!!!