スニーカーコレクター (神)





大学二年になり選択授業に体育が増えた。


高校時代はずっとバスケットで頭がいっぱいで、暇さえあれば自主練したり走り込みしたり筋トレしたりして過ごしていた。だからこそこの「体育」は全般的に得意ではあったから正直嬉しい気持ちはあった。これで単位がもらえるのならと。もちろんバスケだけではダメだと思い勉強とも両立しなきゃと頑張ってはきたけれど体育に比べたら全然だ。


「じゃ、今日はバスケットやるからなー。」


お、ラッキー...。これほどまでありがたいことはないだろう。大学でもバスケ部に所属している俺にとってなんて有利なんだと笑みが溢れる。


「神、バスケ部だったよな。手本見せてくれ。」

「あ、はい。」


レイアップやドリブル、パスなど基本的なものの手本を見せ軽く練習をしてから試合となった。先生がチームを割り振ってくれるけれどひとつだけ四人のチームができ、俺が足りない分を埋めるため2チームに所属する羽目になった。


いつもそうだ。ひとり足りない。点呼を取れば「みょうじはいないから.....」と、先生は必ず呟く。きっと今日もそのみょうじさんはお休みなのだろう。









「はい、休憩ねー。」


持ってきていた荷物から飲み物を取り出し口をつける。いくら周りが素人とはいえ皆の為にパスを出したりうまくアシストするのは簡単ではない。それも二試合続けて出たし.....。たまたま床に置いてあった先生が持ち合わせているバインダーに目を向ければそこには出欠席の名簿が挟んであった。


「...みょうじなまえさんか......。」


随分と可愛い名前だなぁ、なんて顔もわからない彼女のことを考える。どうしていつもここにこないんだろう、体育を選択したのは自分の意思だろうに......。考えたって解決しない疑問が俺を悩ませた。


「よし、再開すんぞー。」

















「ねーなまえ、今日夜ご飯行かない?」

『ごめん...急にシフト入ったの。先輩の代打。』

「なんだー。明日は?明日の夜は?」


「明日なら行けるかも...。」そんな声が聞こえた途端「あそこのイタリアンにしよ」なんて楽しそうに弾む会話。ついこの間から始まった新しい選択授業。まだ数回目の今日、俺の隣には仲良さそうな女の子が二人、ペラペラと喋りながら授業を受けていた。


「(...さっき、なまえって呼ばれてたよな...)」


普段なら他人の会話になんて興味のない俺がやたらと盗み聞きしてしまうのは俺の右隣に座った子が友達から「なまえ」と呼ばれていたからで。体育館で見た名簿に書かれた「みょうじなまえ」という名前と下が同じであるこの子。もしかしたら本人なのかも...なんて、別に確かめる必要も無いことが気になって気になって仕方なかった。


『結構並ぶかなー?めっちゃ人気だし......。』

「そうだよねー...早めに行こ。講義終わったらすぐ!」


なまえと呼ばれた女の子が少し前髪を直したり、そんな仕草をするだけで隣からはフワッといい匂いがしてくる。チラッと盗み見すれば横顔はかなり整っているように見えて、髪はふわふわ巻かれてポニーテール。スラスラと書く字は丸っこくて可愛くて持っている私物も着ている服もセンスを感じてかなり俺好みであった。うん、いいかも......


『え、これ提出するの?........』


前列から回ってきたプリントは次回提出する課題らしくて。無言でそれを見る俺に対して隣のなまえさんはぶつぶつと文句を言っている。「ハァ」なんてため息をつきながらシャープペンを右手に持った彼女はスラスラと名前の欄に文字を書き始めるではないか。


........あ、みょうじなまえ.........。


間違いない。俺の思った通り、この子はみょうじなまえさんであっていた。いつも体育に来ないのに名簿には名前のあるみょうじさん。君のおかげでバスケはしんどかったよ、なんてどうでもいいことを思いながらなんだか嬉しくなって、彼女の真似をして俺も課題に名前を書いた。









それ以来、仲のいい友達とよく一緒にご飯を食べたり廊下を歩いたりしているみょうじさんを見かけるようになった。いつもいつも彼女の着る服はオシャレで、背が高くスタイルもいい為どんな服でも着こなせている。ふわふわに巻かれたポニーテールの日が多いけれどたまにローで結ばれていたりおろしていたりお団子になっていたり、茶色い綺麗な髪は見ていて飽きないほど綺麗にアレンジされていた。


あ、みょうじさんだ。
あ、みょうじさん今日も可愛い。


バスケットしか頭になくて「恋愛」の「れ」の字も無かったこの俺が少しだけ日常に潤いを感じ始めたと思ったらその理由にはこの「みょうじさん」がいるんだと気付いたのはもうすぐ2月、春休みといった頃であった。











体育館が点検で使えなくて本当に久しぶりに何も練習がないといった日。俺は図書室で春休み前の小テストに備えて勉強をしていた。途中で席から立ち参考書を探しにフラフラと歩いていたのだが上ばっかり見ている俺はついつい視野が狭くなり誰かにドンッとぶつかってしまったのだ。


「うわっ......ご、ごめんなさい.......。」


仮に相手が男でも中々の高身長である俺にぶつかられたら結構痛いだろう、なんて下を見やれば、なんと相手は女の子で。ドシッと床に尻もちをついて「イテテ...」なんて言っているではないか。


「ごめんなさ..............、」


慌ててしゃがみ込み手を差し出せばその子は俺と目が合うと少し目を見開いて動揺し始めた。


『.......あ、平気です.........。』


俺の手なんてとらずに自力で立ち上がるその子はなんと俺の頭に常々存在しているあのみょうじさんで。びっくりして立ち上がれない俺をよそに先に立ち上がった彼女は「あの.....」なんて不安そうに声をかけてきた。


『私の方こそ、すみませんでした......』


見上げる俺にペコッと頭を下げて歩き出すみょうじさん。二度とないチャンスかもしれないっていうのにそんな簡単に手放すわけにはいかないと思った俺は慌てて立ち上がり声をかけた。


「待って。」

『............?』


......今日もまた、スニーカー。


一方的ではあるけれど俺が彼女の存在を意識し始めてから気付いたことがある。どんなにオシャレで大人っぽい服を着ていても彼女の足元は必ずスニーカーで。隣にいる友達が高いヒールを履いていても、お洒落な革靴を履いていても、夏は涼しそうなサンダルを履いていても、みょうじさんは絶対的にスニーカー。それも色々な種類を持っているコレクターなのか派手目の色のものや落ち着いた色合いのもの、色々目にしてきたけれどブランドは決まって必ず同じところであった。つまり足に合うのだろう。そして授業中、よく右の足首だけストレッチするように地面についたままくるくる回したり内側に傾けたりと忙しなく動かしているのも知っている。





「今どこか怪我しなかった?」

『あ、いえ......平気ですから......。』


......俯き加減が半端じゃないな、こりゃ多分相当な人見知りだ.....。いつも友達と話してる時とまるっきり別人でなんだか距離を感じる。無理もないか。話したの初めてだし。


「足は?右足。今痛かったでしょ。」

『...?!』

「そこ座って。」


衝撃的な顔をして固まるみょうじさんを無理矢理近くの椅子に座らせて右足首にそっと触れてみる。俺が少しだけ内側に傾けたり外側に傾けたりするだけでその顔は瞬時に崩れ「うっ...」なんて声が漏れてきた。


「こりゃ相当だな...。これ、いつ手術したの?」


履いているジーンズとくるぶし丈のソックスの間に見える足首にはチラッと縫った痕が見えて。それを問いただせばみょうじさんは途端にシュンとした顔で下を向いた。俺とは一向に目を合わせようとしない。


「...急すぎたよね、ごめん。俺は神宗一郎。バスケ部の二年。学部は....」

『知って...ます.........。』


とりあえず先走りすぎたと慌てて引き返すように自己紹介をすれば途中でみょうじさんの口から放たれた俺にとっては嬉しい言葉。


「あ、嘘......。」

『有名なので.......。』

「え?俺が?いや、そんなことはないけれど...」


でもありがとう。なんて続ければみょうじさんは無言でコクッと頷いた。たまに顔を上げて俺の方をチラッと見てくる感じがやたらと可愛くてたまらないのだけれど。あぁもう、そんな見方しないでほしいな.......


「俺もみょうじさんのこと知ってたんだ。」

『え........ど、どうして..........。』

「俺体育とってるんだけどさ。いつもひとり欠席で気になってたんだよね。」


さすがにバスケに二試合出る羽目になったことは言わないけれど。それで名前を知ったことを伝えればみょうじさんは「あー...」なんて納得していた。


「数学で隣の席になったことがあってね、その時に名前書いてるの見て「あぁ、この子だ」って思ってさ。」

『そう......だったんですね.......。』

「いつ見てもスニーカー履いてて、授業中はよく右の足首を動かしてて。もしかして足痛いのかなって思ってたんだよね。」


俺がそう言うとみょうじさんは目を見開いて「すごい....」なんて感心していた。


『そんな...すごい...。よくわかりましたね...。』

「まさか手術痕があるとは思わなかったよ。」

『.....バスケを、してたんです。』

「え...!バスケを?」

『...中学生までですけど...。神経の病気で...。』


手術をしてからは日常生活に支障はないものの激しい運動や長時間の立ちっぱなしは禁止らしく、バスケはしてないしアルバイトも短時間勤務にしているようだった。


「でもどうして体育を....?」

『私馬鹿だから...体育以外もうとっちゃってて...他に選ぶものなくて......。』

「あぁ、そうだったんだ...だから名簿に名前が...」

『はい.......。』


普段体育の授業中は別室で筆記の勉強をしているらしい。もちろん内容は体育でかなり難しいんだとか。謎が解けた...なんて嬉しくなる俺だけれどみょうじさんはやっぱり緊張した面持ちで、無意識なのか椅子に座ったままいつもみたいに右足を動かしていた。


「動かしてた方が楽なの?」

『あ.......急に立ち上がると怖いから.......固まらないようにあっためてる......。』


なるほど......。


「神経の病気は詳しくないんだけど、それだと左足に負担が多くいってると思うから....ここらへんとか痛くない?」

『うっ.....!!』


「触るよ」なんて返事を待たずに腰をグッと揉めばみょうじさんは痛そうな声をあげる。


『なんで、わかったの.......。』

「一応スポーツやってるから...なんとなく体のことはわかってるつもりだよ。」

『......神くんは、やっぱりすごい人、だね.......。』


そんなことないのに。俺なんて一歩間違えればストーカーみたいなことしてたのに。あ、いや別に後をつけてたわけじゃないけれど、見かけるたびに「あ、今日も髪型可愛い」とか「あれ?今日はやけに足首気にしてるな」とか......あれ?ストーカーっていうよりも、恋?


自然にみょうじさんの肩や腰を揉み始めれば彼女は座ったままずっと黙っていた。あまりの怖さに足首に触れることはもうできないし、神経なんて見た目じゃわからないから余計に恐ろしいのだけれど...これくらいなら俺にもしてあげられるから......


「....少しでもよくなるといいね、足。」

『.....ありがとう、神くん。』

「......よし、少しは柔らかくなった。」


みょうじさんは立ち上がり俺に向かい合って「ありがとう」と頭を下げた。


『バイトに....行かないと.......。』

「あ、そっか。ごめんね、時間使わせて......。」

『ううん、楽になった。ありがとう.......!』


照れ臭そうに笑うその顔があまりに可愛くて「じゃあ」と俺の元を去る後ろ姿に声をかけた。


「ねぇ、みょうじさん。」

『?』

「今度バスケ部の試合、観に来てよ。」

『え........』

「俺、スリーポイントが得意なんだ。」


そう声をかけるとみょうじさんは「私も得意だったよ」そう笑って図書室を出て行った。


「......勢いで肩や腰に触ってしまった......。」


残された俺はひとり、そんな変態みたいなことを呟いて自分の掌を見つめていた。


















「神くん!!これ!!」

「あー...ありがとう。」


2月14日、本日はバレンタインデーらしい。食堂の定食は全てデザートがチョコケーキで売店でも板チョコやチョコレートの焼き菓子がたくさん売られていた。


高校時代もそうだったけど俺はあまりこの日が得意ではない。小学生の頃はこんなにもらったりすることもなかったのに歳を重ねるにつれ何故だか受け取る量が増えていく。それでも今年のバレンタイン、毎年苦手である今日が最高に幸せな1日となったのにはワケがある。


『.....神くん!』


放課後部活へと向かう直前、俺は今日何百回目かの名前を呼ばれた。しかしそれはどの時よりも嬉しくて....この声になら何度でも呼ばれたいなんて思ってしまうほどだ。


「みょうじさん!」


今日は白を基調にピンクと黒と黄色が入り混じった派手なスニーカーを履いている。


『この間は、たくさん、ありがとう.....。』


「たくさんありがとう」か......。人見知りな彼女らしい言葉で笑みが溢れる。あの後もったいなくてしばらく手を洗えなかったことは秘密にしておこう。


「ううん、俺の方こそありがとう。」

『...たくさんもらったと思うけど、これ......』


照れ臭そうに差し出されたのは透明な袋にラッピングされたマフィン。


『この間のお礼.......。』

「.....いいの?」

『うん........』

「...みょうじさん、俺本当に嬉しい...。」


手の中にあるマフィンを見つめて笑みが溢れた。


『................ 』


みょうじさんへと視線を向ければそんな俺にビックリしたような顔をしていた。


「練習前に食べるね。本当にありがとう......!」


やっぱり彼女はビックリした顔で、それでもコクッと頷いた。


「気をつけて帰るんだよ。」


一歩近づいて頭を優しく撫でればみょうじさんは俯きながら「神くんの手、あったかい...」なんて呟くから、やっぱり君は俺を喜ばせる天才なんだと思う。あとしばらく手は洗わないしマフィンの余韻を残したいから歯も磨きたくない。いわゆる大好きってこと。
















どこにも行かないで 俺の隣にいて


(.....チョコバナナマフィン......うますぎる......)
(料理上手なんてますます嫁に欲しい......)




ブラックじゃない神くん!!普通の大学生神くん!!でもこれも神くん!!似合う!!(^O^)☆










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