寝ても覚めても君の虜 (水戸)
『お疲れ様でした〜。』
午後7時。私は職場である百貨店を後にした。キラキラと輝く街中を歩くのは見渡す限りカップルばかりで。2月14日はみんな同じようにデートしたり共に過ごしたりするんだなぁ、なんて考えてみたりする。そんな私も例に漏れず今から過ごす相手がいるわけだし...。昨日作ったガトーショコラやマカロンは冷蔵庫に眠っているから彼はもう気付いてしまっただろうか。
『早く帰らなきゃ........。』
洋平くんと過ごす二度目のバレンタイン。去年作ったフォンダンショコラは信じられないほどに喜んで絶賛してくれたし今年もそうだといいなぁ...なんて自然と頬が緩んでしまう。そういえば洋平くん、学校でチョコレートもらってきたのかな...悪そうに見えるけど顔面の整い具合は最高だし、彼と関わりを持つ女の子すべてが洋平くんに惚れてしまうんじゃないかってくらい見た目と中身のギャップがすごい。自分では「モテねーよ」なんて言い張ってるけど実際は怪しい気もする。
洋平くんと付き合い始めたばかりの頃はどんなに見た目や中身が大人っぽい彼でも、ほんの少しだけ中学生あがりの垢抜けない雰囲気が残っていたから、二つ年上の私にとっては「可愛い」なんて微笑ましく思えてたのだけれど。
高校2年ももうすぐ終わるといった今、洋平くんはどんどん「大人の魅力」を身につけていき、優しく笑うあの表情で微笑みかけられるだけで身篭るような気がしてならないのだ。美容部員として百貨店に勤務し社会人になった私と高校二年生の洋平くん。毎日会えるわけではないけれど、最近では会うたびに彼の魅力に尽くやられてしまう自分がいる。
『ただいまー...』
「おー。おかえりー。」
一人暮らしを始めた私の部屋の合鍵を持つ洋平くん。彼の部屋着も常備してあり、それを着用している洋平くん。ここに来る時は着ていたであろう学ランが綺麗にハンガーにかけられていた。
『あれ?ご飯作っててくれたの...?』
「まぁ。お仕事お疲れさん。」
今からご飯作るから少し遅くなっちゃうかも...なんて思っていたのに。洋平くんは台所に立ちながら手際良く料理を作っているではないか。近くに寄れば途端にいい香りがして彼がハンバーグを作ってくれていることがわかる。うわぁ...美味しそう...。
『ありがとう......洋平くんなんて素晴らしいの.....』
かっこよくてたまに可愛くて頼もしくて何を隠そう喧嘩が劇的に強くて....そして料理も出来ちゃう水戸洋平、まだ17歳.....。ものすごい逸材がここに.....。
「なまえちゃん、着替えてきたら?この間お揃いにしたじゃん。」
『あ...そうする!!待ってて!!』
「おー。」
いくら家の中とはいえ、こんな日をスウェット生地の部屋着で過ごすのもどうかな...なんて思ったのだけれど。でも洋平くんの言う通り、彼が今着ている部屋着はなんでもない日に「お揃いにしといたよ」なんてやっぱり大人っぽい彼が同じものを買ってきてくれたことによりお揃いとなり、クローゼットをあげれば私の分も入っているのだ。
ものすごい着飾ったものじゃなくても、同じ服を着て過ごすなんてとてつもない幸せだ.....。
「いいじゃん。可愛いよ。」
『やだなぁ、洋平くん。本当に女心わかってるんだから。』
「ハハハッ、なんだそりゃ。」
ジュウ...なんてハンバーグがいい音を立てている。「もう少し待っててね」なんて言いながら手際良くお皿を出してくる辺り洋平くんは相当要領が良く生活力の高い彼氏である。あぁ、もう...非の打ち所がないってこういうことだよ...。
アルバイトで飲食店に勤めていることも関係しているのかもしれないけれど、洋平くんは本当に料理が上手で。そしてそれに加えて彼は料理している姿があまりにも似合う。フライパン片手にエプロンなんてしてたらもう鼻血ものだ。今日はあいにくエプロンはないけれど。
「どうだった?今日の化粧品売り場は。」
『カップルがたくさん来たよ〜。幸せの塊って感じ。』
「へぇ...そういうもんかね...。」
『洋平くんは?学校でチョコレートもらった?』
「あー晴子ちゃんにな。あとはもらってないよ。」
この洋平くんがたったひとつ...?しかも仲良しの桜木くん繋がりでもらったであろう義理チョコだけ...?嘘だぁ...なんて洋平くんを見上げれば彼は私と目が合うと「ん?」なんて優しい笑みで微笑んでくれる。
あ........。これは.........「もらってないよ」じゃなくて「受け取らなかったよ」だな.......多分........。
「どうした?」
『あ、いや...。あ、見た?冷蔵庫。』
「見た見た。早く食いたいな...マジで美味そうだったもん。」
ついつい見つけちゃってごめんな。なんて少し申し訳なさそうに謝る洋平くん。そりゃハンバーグ作る時に冷蔵庫開けただろうしバレるのは仕方ないのに。隠すつもりなかった私が悪いのに。
「ありがとな。忙しいのにあんな豪華なの用意してくれて。」
『全然。お世話になりすぎてて全然足りないくらい。』
私の言葉に洋平くんは「んなことねーよ」なんて笑う。丁寧に盛り付けしてくれて「食べよっか」と放たれた彼の声により私たちは食卓へと座った。
「んー最高。美味い!」
『ありがとう。でも洋平くんのハンバーグの方が絶対美味しかった!』
「えー?そもそも比べるものじゃねーだろ.....。」
けれども、そんなに美味かった?なんて照れ臭そうな洋平くん。それはもう高級レストランって言っても過言じゃない美味しさで。私の手作りの甘いものたちなんて比じゃないほどだった。本当にすごい。一家にひとり、水戸洋平。
食事が済んだ後あーでもないこーでもないと言いながらテレビを見たりしていた為気がつけば時計は夜10時を指そうとしていたのだった。
『洋平くん、もう22時になるよ。』
どんなに優秀でも彼はまだ高校二年生。私の声に洋平くんは「んー」とだけ返事をしその場から一向に動こうとしない。
『洋平くん?帰らないとどんどん遅くなっちゃう...』
ソファに座る彼の表情を覗き込むようにして後ろから確認すれば私と目があった途端立ち上がり、私の手を優しく握る洋平くん。
『へっ?.......』
「....今日は帰らない。」
な...なんです、と?!
『で、でも洋平くん。お家の人心配するし....』
「...ガキ扱いすんな。」
私の心配をよそに洋平くんは「今日は絶対帰んねーから」なんて言い切って強気な顔をしている。
『.....そん、な........』
それなりに長く交際しているからもちろん恋人らしいこともしてきた。互いにまだまだ忙しく時間も合わない時が多い為頻度はそんなに多くはないけれど...。この家に泊まったことだってもちろんある。でもそれは私と洋平くんの一年半ほどの付き合いの中でまだ片手で数えられるほどしかない。
どんなに大人っぽい魅力があっても彼はまだ17歳だ。当然頻繁に彼女の家に外泊したり朝帰りだなんてそんなのが許される年齢ではないだろう。それに一応年上の彼女としては、彼を振り回してしまうことも、彼のご両親を心配させてしまうことも避けたかった。そんな私の考えすらお見通しなのか何も言わずともこの時間になれば洋平くんは帰り支度をするんだ。
普段なら。
『洋平くん......』
珍しい。彼がそんなことを言うなんて。私がジッと洋平くんを見つめていれば、目が合うとふいっとそらしてくる。心なしか耳が赤い.....?
「あんま見んなよ...」
『な、なんで......』
「恥ずかしーんだよ、あんまこんなこと言わねーから...」
........か、可愛い........!!
確かにこの違和感は、普段大人っぽくてなんでもそつなくこなす洋平くんが、「年下彼氏」らしく私にわがままを言ったり困らせたりしてきているからであって。
なんとも新鮮なこの感じ.........。そして照れながらわがまま言う洋平くん......可愛すぎてどうしよう.......
『....洋平くん!』
「...ん、なになまえちゃん...。」
『とても良い!!なんか、嬉しい!!』
「......え?」
だって!今までにないこの新鮮さはやっぱり必要だよ!だって洋平くん、ちゃんと年下なんだから。たまにはそうやってわがまま言って私を困らせてくれたら良いんだよ。うん、すごくいい。
「...だったら、今から抱いてもいいよね。」
途端にニヤッと笑った洋平くんにドサッとソファに倒される。あ、あれ.......いつのまに洋平くんの顔が目の前に......
『あ、待って........。』
「嫌だ待たない。俺の我儘聞いてくれるんでしょ?」
た、確かにいいとは言ったけど.....でもやっぱり外泊は.....あ、でもその.....
『洋平くん......』
「黙って俺の言うこと聞いて。なまえ先輩。」
あまりに艶っぽい「先輩」呼びに私はもうこの人からは逃れられないんだと観念したのだった。
年下の魅力は末恐ろしい
(.....やっぱり待った!!)
(なんだよ...今更帰んねーよ?)
(お、お家に電話して...泊まるって...心配するだろうし...)
(.......わかった。わかったから。泊まるから。)
(どんだけ泊まりたいの....可愛い....)
洋平くんは年上の彼女も似合うけど年下でも似合うかもって思いました。逆になんでも我儘聞いてあげる優しい年上彼氏なんだけど、男絡みになるとあまり余裕なくなる感じだといいな..........(*^o^*)一年ズはこれにて終了でございます。