メルシーエトランゼ (流川)





『.........寒っ......早く帰ろ......。』


強がりで出た独り言じゃない。これはただの本心だ。

自分にそう言い聞かせて足早に街中を歩く。辺りはキラキラと輝いていて、いつも通りの同じ道なのに、どうしてこんなに異世界なんだろう。


......それもそうか、なんたって今日はクリスマスイブだもんな。


恋人や家族、友人、人それぞれだけれど、この聖なる夜を共に過ごす相手がいる人なら、誰だってワクワクしたりドキドキしたり、それが当たり前だよなぁ。


マフラーをグッと上まであげ、露出するのは「目」のみだ。辺りを幸せそうに歩く人々の視界に私が入るわけがない。そんなのはわかっている。でも極力、今にも涙が溢れそうな、ネオンに相応しくない私の無愛想な顔なんて誰にも見せたくなかった。早く家へ帰ろう。こんなところはひとりで通るべきじゃない。


「......あれ?みょうじ?」
『...えっ、三井じゃん、ビックリした......。』


よっ!なんて手を上げてこちらへ近づいて来るのは随分と久しぶりに見た高校の同級生であった。背が高くスタイルがいいのは相変わらずでこの聖なる夜にスーツを着てポケットに手を突っ込んでいる。身なりは最高にイケメンなのに相変わらず顎に傷もあるし......三井変わってないなぁ......。


「久しぶり。お前こんなとこで何してんだ?」
『帰るんだよ、家に。三井こそスーツだし...もしやプロポーズでもするの?!』
「ハァ?!相変わらずアホだなお前、どう見ても仕事帰りだろーが。」


ゴツッと頭を叩かれて、少し前まで身なりは最高にイケメンだとか思ってた自分に後悔した。訂正する。ちっとも変わってない。乱暴だしすぐ手が出る。



『私も仕事。お互いお疲れ様...。』
「みょうじもこんな日まで仕事か。マジで災難だな。お疲れ。」
『別にいいんだよ私は。一緒に過ごす相手もいないし。』
「......何、別れた?」


真剣な顔してそんな事聞いてくる三井に腹が立って一発仕返しという名の腹パンを決めておいた。


「痛っ、何すんだよ!」
『三井に関係ないでしょ!さっさと彼女のとこでも行きなよ!デリカシーないな!』
「お前が先に言ったんだろ!てっきり流川と別れたのかと思ったんだよ!」
『アメリカに居るんだから会えるわけないでしょ!クリスマスだからって仕事も休めないし、飛行機だってなかなか取れないんだから!』


簡単に出された「流川」という単語にやけにムキになった自分がいて冷静に考えるとすごく恥ずかしい。確かに言い出したの自分だし、じゃあ私は一体、このデリカシーなんてまるでない三井になんて言って欲しかったんだろう。馬鹿だなほんと。


「会いたいけど会えねーってか。んだよ、別れたのかって心配して損した。」
『別れても別れてなくても三井に関係ないもん。じゃ、私帰るから。』
「待てよ、そんな別れ方ねーだろ!」


...デリカシーは無いくせにそういうとこしっかりしてるの本当ムカツク。三井って昔からそうやってギャンギャン吠えるくせに肝心なとこはちゃんとしてるから苦手だったんだよね。全然変わってないし。


『早く行きなよ、彼女待ってるんじゃないの?』
「何で勝手に彼女持ちの設定なんだよ。んなもんいねーよ。」
『いないの?私達もう26だよ?大丈夫?』
「全然大丈夫だわ、意味わかんねーほんっと。」


ククッて笑いながらそう言ってくる三井。何だか楽しそうだ。つられて私も笑う。確かに何に対しての「大丈夫?」だったんだろう。自分でもよくわからない。今日の私はおかしい。


『はーぁ......こうやって普通に話して笑って、何でもない1日として過ごしたかったなぁ......。』
「イブなのに何でもない1日ってのはもったいないんじゃねーの?」
『私にとっては会えるだけで贅沢なの。楓は近いようで遠い存在だからね。昔から。』


楓。
口に出せば余計に恋しくなるその存在。

「幼馴染」というのは近いようで遠い。昔からずっとそうだった。好きだけど近付けない。好きだけど伝えられない。好きだけど......幼馴染という微妙な距離が。それぐらいがちょうどいい。

ずっとそうやって、思っていたのに。

その関係に終わりを告げたのは楓だった。

湘北に入学して、予想通り楓はスーパールーキーとして一気に有名人となった。そんな幼馴染を見守りながら、周りの女子にヤキモキしながら、そんな様子を三井にからかわれながら、静かに過ごしていたのに。

卒業式、楓は私に言ったのだ。

ずっと好きだった、付き合おう ーーー







それから私達は幼馴染を超え恋人になった。けれども私は大学へ進学し、家から通ってはいたものの高校生の楓とはすっかり時間なんて合わなくて。たまに顔を合わせれば楓はバスケットで相当疲れている様子で声をかけれなかったことも多い。そんなこんなしているうちに楓は湘北を卒業してすぐアメリカへと旅立った。もう六年だ。年末年始も帰ってこれるかどうかの微妙な感じ。去年は帰ってこなかった。もうどれくらい会っていないのか考えたくもない。





「じゃ、そろそろ潮時って事でいいんじゃねーの?」
『......ほんっと、デリカシーなさすぎ!話にならない!』
「別れも大切だろ。ずるずる引きずってもいいことねーだろ。」


それに、そんな顔してるみょうじ、らしくねーぜ?

三井がそんなこと言いながら頭を撫でてくるから不覚にも心がグッと掴まれた感覚になって涙が出てくる。あったかい。三井の手。手だけじゃなくて、なんか.......もう......。


「待つのに疲れたんならもうやめとけよ。」
『......わかってるよ......馬鹿、三井の馬鹿......。』
「んだよ俺かよ......ほら目擦るな、腫れるぞ?」


ムカツクムカツクムカツク......。


ポンポンとリズム良く撫でられる頭。こうしてほしかった。ずっと、こうやって、楓の温もりを感じたかった。隣にいていいんだって、彼女でいていいんだって、自信を持ちたかった。年上なんだから余裕持って、いつまででも待ってるよって言いたかった。


いや、違うよ。
.........私は本当に.........馬鹿だな.........。


本当は言って欲しかったんだ。

一緒にアメリカに来てほしい、って。




『必要とされたかったんだ......。』
「...必要とされてたろ、昔からずっと。」
『ううん、違うよ......。いてもいなくても同じなんだよ、.......昔は違くとも、今はね。』


んー...なんて困ったような声を出す三井。手は止まらずに私の頭を撫で続けている。その時、ピタッと三井の手が止まり私の頭はやけにスースーと冷たい風が突き刺さる。何事かと目線を上に上げれば三井は一点を見つめたまま硬直していた。その視線の先が気になって私も目で追う。


「......何してんすか。」


不機嫌な声が聞こえて、ズカズカとこちらへ歩みを進める大きな男が立っていた。


「...ヤベェとこ見られちまったかな。」


困ったように眉を下げる三井と目が合う。


涙でよく見えない。









「...なまえ、何で泣いてる」


わかんない、よく見えない。ぼやけて歪んで、よく見えない。それなのに......


「おい、聞いてんのか。」


この声を、とてもよく知っている......。


『...な、んで......いるの、?』
「会いに来た。なまえ、何で泣いてんのか言え。」


ムカツク.........ほんとに.........。


『楓が必要としてくれないからだよ......!』
「......は?」
『久しぶりに会っても、そんな感じだからだよ...何も言ってくれないからだよ......私なんて、いらないんだって、初めからそう言ってくれたら......!』


ギュッとキツく抱きしめられ、それが一瞬で楓の腕の中だってことがわかった。


「何言ってんだよ......どあほう、」
『楓ほんとに馬鹿......どあほうは楓だよ、意味わかんない......またこうやって、離れられなくさせるじゃん......。』
「離れなくていーだろ。迎えに来たんだよ。」


ゆっくり体が離れたと思えば楓の綺麗な手が私の涙を拭ってくれる。やっと鮮明になった視界にはまた背が伸びたのかってくらい大きな楓がいて、やっぱりめちゃくちゃに顔が綺麗で......。


「寂しい思いさせてたのはわかってる。悪かったとも思ってる。でも、全部これの為だ。」


左手を持ち上げられ優しく薬指にはめられる。それはあまりにも美しく綺麗に輝いたリング。


『......これは......?』
「言わなきゃわかんねーの、馬鹿だななまえは。」
『楓に馬鹿って言われたくないし......。』
「アメリカ、ついてきて欲しい。結婚しよう。」


眩しいくらいに綺麗に笑う楓につられて、私も思わず笑顔になった。ずっと待ち望んでいた言葉をもらったのに何故だか素直になれなくって、「仕方ないなぁ」なんて呟けば楓は楽しそうに笑っていた。















Merry Christmas!


(なぁ、お前ら俺がいること忘れてねー?)
(忘れてない。センパイには見せつけておかねーと。)
(...流川お前マジでやな奴だな...)
(なまえは渡さねー。)




メリークリスマス。私も流川くんに迎えに来られたいクリスマスです( ˙-˙ )エトランゼは外国人みたいな意味合いです。





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