Go My Way (流川)




去年の2月14日。
富ヶ丘中の三年だった流川楓は学校を休んだ。


そもそも高校受験でまともな授業も無くいてもいなくてもわからないと思ったのだ。それなら一年で一番騒がしく、そして女に囲まれるこんな日は家でゆっくりしていたい。流川は布団から出ずに一日を寝て過ごした。






ところが今年の2月14日、流川は湘北高校1年10組の自席に頬杖をついて座っていたのだ。机の横には気の利く石井が用意してくれた大きな紙袋がありその中には溢れんばかりのチョコ、チョコ、チョコ。入りきれていないそれは既に5袋目であって、朝もらった分は全て部室へと運ばれたのだ。


流川は先ほどからずっとひとりの人物を目で追っていた。休み時間になるたびに友達と共に綺麗にラッピングされた包みを配りに行く同じクラスのみょうじなまえだ。彼女の机の横には流川と同じように紙袋が掛かっていて、その中には同じように包まれた大量のチョコが入っていた。それをひとつひとつ取り出しては休み時間ごとに誰かに渡しに行っているらしい。なまえは休み時間が終わり教室へと帰ってくる際、必ず持っていった数と同じ分だけ誰かからもらったであろうチョコレートを抱えて来るので流川はどことなく安心していたのだ。


物々交換ってことは、相手が女だってことだろ。


視力のいい流川はなまえの手作りであろうチョコがひとつ、またひとつと無くなっていくのを確認していた。その合間にも「流川くん、これ」なんて次々差し出される女子生徒からのチョコレート。流川は「うす」なんて挨拶しながらもらったものを順番に紙袋へと入れていく。


「なまえー、あと何個になった?」

『あとね二つ。結構配ったなぁ.......。』


流川は「よかったら食べてください」なんて渡された顔も名前も学年さえもわからない女子生徒からの包みを受け取りながらなまえの声に耳を澄ませていた。残るは二つ。そのうちのどちらかひとつ、自分のもとに来るのだろうか。


みょうじなまえは同じ富ヶ丘中出身で、唯一流川がうるさいと思わない珍しい女子生徒であった。誰にも分け隔てなく接し寝てばかりで常に好奇の目で見られる自分にも他と同じような対応をとる。集める予定のノートを忘れた時には係であったなまえに怒られたこともあったし、女子にしては珍しく自分のことを「流川」と呼び捨てにする。中学時代から気になっていた存在ではあったがここ最近、やけになまえが他の男子生徒といる姿を見るようになり、ちっとも面白くない流川であった。


「もう一個誰宛なの?」

『隣のクラスのなつみちゃん。』

「あーあの子ね。最後の一個は.....昼休みに行こう。」

『う、うん!そうする...!』


友達と固く握手をしながら何かを決意するなまえを見て流川はなんとなく嫌な予感がしたのだ。なんだその気合いの入り方は...。今までじゃんじゃん渡しに行っていたのに最後のひとつはそうはいかないらしい。それが自分の元であることを祈り流川は今日はじめての睡眠体勢へと入った。















「.......よし、行く?」

『.....あ、あぁ.....緊張してきた.....。』


お昼ご飯を食べ終えたなまえはソワソワと落ち着かない様子であった。相変わらず頬杖つきながらその様子を見守る流川。なんだよ、あの赤い顔は.........。


「ほら、行かないと時間なくなるって!」

『で、でも.....なんて言えばいい?』


普通に渡せばいいんだよ、ね?なんて友達に励まされたなまえは「そうだよね、平常心」なんて言いながら「ふぅー」と息を吐いて最後のひとつであろう包みを手にした。それは他とリボンの色が違うように見えて、しかも中身も少し豪華な気もしないでもない。流川は無意識に頬杖をやめ背筋を伸ばして固まった。もし俺のとこに来てくれるんなら........


『先輩教室にいるかなぁ......』


なまえはその特別な包みを持って流川になんて見向きもせず教室を出ていくではないか。しかも「先輩」という聞き捨てならない単語。渡す相手が確実に「男の先輩」でありそれはなまえの「本命」で間違いないのだろう。流川はガタッと席を立ち上がった。


無意識に体が動き出す。


行かせねぇ...........。


なまえの背後に回りゆっくりと手を伸ばして彼女の腕を掴もうとした瞬間、なまえは流川に気付きもせず真っ赤な顔で「いるかなぁ?」と友達に問う。


『いるかな......三井先輩........。』

「いなかったら体育館とかじゃない?バスケ部だし。」


..........は?














『......え、.......流川?』

なまえの腕を掴んだ流川は不思議そうに自分を見てくるなまえに「行くな」と一言言い放った。それを聞き目を見開いて「え?」と首を傾げるなまえ。


『あ、あの........?』


私達急いでるから....なんて完全に自分のことなんて眼中にないなまえ。一刻も早く部活の先輩である三井のとこに行きたいなまえ。その全てが流川を苛立たせた。


なんで?なんでよりにもよってセンパイ.....?


「.....俺がもらう。」

『...えっ?!ちょっと!返してよ!』

「イヤだ。」


流川はなまえから包みを奪い取ると大きな歩幅で来た道を戻る。慌てて追いかけてくるなまえが後ろから「流川!返して!」なんて騒ぐので奪い返されてはたまったもんじゃねぇと足早に屋上へと駆け上がった。


『....ッハァ、ハァ.....流川、チョコ返して......』


必死についてきたなまえは屋上に着くなり流川にそう言う。そこまでして返して欲しいのかと流川は余計に持っている手に力を込めた。返すものか。絶対に。


『なんで.....、それは渡す相手がいるから.....』


だから返してよ.....。なまえは必死になって流川に訴えた。そんななまえの声に振り向き向かい合う二人。なまえは睨むように流川を見て「意味わかんない」と呟く。


「意味わかんねーのは...オメーだろ...。」

『...もうどういう意味でもいいから、返して。』

「イヤだ。」

『流川!!人のもの勝手に取らないでよ!!』


それでも頑なに返さない流川。返すものか。返してしまったらこれは確実にあの歯抜けのセンパイの元へ行ってしまうのだから。そんなことさせない。


「......なんで、センパイなんだよ.....」

『えっ?.......あ.......聞いてたの.......、』

「なんでだよ、あの人のどこが......」


流川は聞いて後悔した。自分が聞いた途端になまえはどことなく顔を赤らめてその質問に答えようとするではないか。そんなもん聞きたくねぇよ....どあほうめ.......


「.......これは俺がもらう。」


もういっそのこと食っちまえと流川が包みを開けようとすればなまえは慌てて流川に向かって走り出した。


『だ、だめ!!食べないで!!』


近くで背伸びしたり飛び跳ねたりして流川の腕から取り返そうとするなまえ。至近距離で彼女が動くたびにフワフワといい香りが漂う。そして自然と上目遣いになるなまえ。ぷんすか怒っていても可愛いことに変わりはなくて流川はたまらなくなってその場から去ろうと早歩きで扉へと向かった。


『あー!待って....なんで逃げるの.....!!』


色々な意味でやべーんだよ....と答えるわけにも行かず流川はさっさと屋上を出ようとする。しかし扉の前でなまえは両手を広げて流川に向かい合い「行かせない!」なんてガンとして動こうとしない。


『ダメだよ!返して!』


人の気も知らねーで......。


流川は手を広げて自分を睨むなまえの顔のすぐ横に思いきり手をついた。バンッと音が鳴り壁と流川に挟まれたなまえ。ジリジリと距離を詰めれば途端になまえの顔は真っ赤になり流川は満足気に笑った。


『な....んで.....たくさんチョコ、もらってたよね.....』

「他の奴のはいらねー。」

『.......なん.....で.......』

「みょうじが欲しい。」


流川は妖しく笑う。なまえは冗談であろうがなかろうがこの人は本当におかしい....と顔を真っ赤にした。観念したように「もう好きにしていいよ」と投げやりに言えばそれを良いように捉えた流川にキスされたのだった。











お前が好き ただそれだけ


(ち、違う!チョコレートの話だよ!!)
(...好きなようにさせてもらう)
(違うってばー!!チョコあげるってことだよ!!)




好きならどこまででも強引な流川くんであってほしい( ˙-˙ )友情出演 : 三井寿センパイ。








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