ネイバーシスター (三井)




年末年始は病院も休みになる。
大学三年にもなって毎年冬になると鼻水が垂れまくってる俺はついに鼻をかむ仕草すら面倒になり病院に行くことを決意した。カレンダーを見やれば今日は24日。


「クリスマスイブに耳鼻科って.......。」
「いいじゃない、部活も大学も休みなんだし、こじらせる前に行ってきなさい。」


どうせ彼女もいないんだから。と笑いながら言った母親に一言余計だと軽くキレてから家を出た。スウェットにパーカー、マスクをつけて、ポケットに財布とポケットティッシュ。こんな日にこんな格好で出歩く自分が情けなくなるけど生憎母親の言う通り、共に過ごす相手もいない。


イブの耳鼻科はそれほど混んでいなくて、待合室の椅子は結構空いているのに、何故だか隅に座った俺の隣に人が座ってくる。そんなピッタリ隣に来なくても...と横目で確認すれば、隣のソイツはやけにゼーゼー肩で息してまっすぐ前を見たまま目を閉じていた。黒い髪が艶々で胸の辺りまで長く伸びていてマスクしてるのにやけに美人な雰囲気だ。まさか女だとは思わなくて少し拍子抜けする。


途端に俺の脳内はなるほど、と納得する。隣の女が座ったこの席は入り口から一番近い。この様子からするととにかく座りたかったといったところだろう。そんな様子を見かねた受け付けの叔母さんが隣の女の元へとやってきて「熱はないか」とか「保険証持ってるか」とか質問攻めしていた。女は頷くことすら出来ないようで虚な目のまま声にならない声で答えていた。


「三井寿さーん」


そんなやりとりを見ているうちに俺の名が呼ばれて病室へと入る。比較的若めで早口な先生に「風邪ひいたね」なんて言われて、年明け以降まで飲めるようにと長めに薬を出してくれた。


待合室へ戻ると先程の女はいなくて、俺はやっぱり同じ席へと腰掛けた。診察の為にとっていたマスクをつけようとした時、多少鼻が詰まっている俺にもわかるくらいフワッといい匂いが香ってきて、なんだか変な気分になった。





お会計を済ませて隣の薬局へと足を運ぶ。薬の説明をされここでもまた会計を済ませ、やれ帰ろうかと立った時、薬局の待合室に座る先程の女がいた。


「みょうじなまえさーん」


いつのまに来てたのか、と思っていたらそんな名前が呼ばれて、俺の目の前でその人が立ち上がる。その瞬間ガクッと膝から崩れ落ちる姿が目に入り俺は考えるより先に手を出していた。


「だ、大丈夫すか?」


両手でその人の肩を掴みなんとか受け止めた俺がそう顔を覗き込めば虚ろな目と目が合い、まぶたが重たそうな瞬きを繰り返しながらゆっくりと頭を下げた。


『あ...、ありがとう...。ごめんなさい......。』


やっぱり肩で息してて明らかに体調が悪そうだ。奥から白衣を着た薬剤師や受け付けの人が出てきて俺からその人を受け取ってくれる。気になったけど自分の番はもう終わったから、と薬局を出れば外は少しだけ雪が降っていた。






徒歩で来た俺がすぐそこの家に帰るまでにかかる時間はほんの数分だ。だから別に今すぐ帰らなきゃってこともないし、何せ今日は予定がない。とりあえず気になるものは気になる、と自分を落ち着かせて近くのコンビニに入った。


適当に買い物を済ませた俺がコンビニを出るのと同時に、あの薬局から先程の女が出てきた。やっぱりフラフラとしていて一体何で帰宅するのかが気になって仕方ない。


「......徒歩かよ......。」


少し後ろを距離を取りながら歩いて様子を見たけれど駐輪場も過ぎ駐車場も過ぎた女はゆっくりゆっくり道なりに歩みを進めていく。たまにフラッと体が横に傾くことがあり、そのたびに俺は彼女に向かって駆け出しそうになった。


「.........あの、」


こんなことしてたらただのストーカーじゃねぇかよ。意を決して声をかければ彼女は振り向いて俺と目が合うと小さな声で「先程は...」と言った。


『どうも、ありがとう......。』
「いえ。あの、大丈夫すか?」


フラフラしてるの見えたんで、と続ければ「平気です。」と答えてくる。とてもじゃないが平気には見えなくて、こういう時はもう強引に行くべきだと普段は何処かへ消えている俺の中の男気を慌てて集合させる。


「歩いて帰るんすか?」
『はい......家、近いから......。』
「じゃあご近所さんかもしれないっすね。」


強引に手に持っていた鞄を取って、薬局でもらったであろうビニール袋も取り上げる。彼女はされるがままでぼうっとした目でこちらを見ている。「真っ直ぐっすか?」と聞けば「あぁ、はい...」と答えた。


「相当具合悪そうっすけど......。」
『...へへ、こんな日に、副鼻腔炎になって...。』


少し枯れた声がなんだか余計に可愛く思えてゆっくり歩幅を合わせて歩きながら隣を見る。彼女はつけているマスクを顎の位置まで下げて「ここらへんに膿がたくさんたまってるって」と目の下の頬を指差して笑った。


その姿があまりに綺麗で、そして露わになった彼女の顔がとてつもなく整っていてあまりの衝撃にその場に立ち止まった。そんな俺を心配して「大丈夫?」と声をかけられる。


「あ....あぁ、あの、俺も副鼻腔炎、なったことあるから...。」
『そうなんだ、頭痛がすごいよね......話してるだけでも、ガンガンして......。』


慌てて隣へと並べばマスクを戻した彼女は少しだけ頭が痛そうな素振りを見せた。瞬きもゆっくりだしまぶたも重そうで相当痛むらしい。呼吸も荒いし熱もありそうな雰囲気でとにかくかわいそうだと思った。


『お兄さんも、具合悪いんだよね?あそこに居たんだから...。』
「俺は別に...少し鼻がつまるくらいだし...。」
『そっか...本当にごめんね、ありがとう......』


一々礼を言ってくるあたりもやけに上品な雰囲気を感じてそのたびに胸が高鳴る自分がいた。女にしては背が高くて宮城と同じくらいありそうだ。相変わらずフワッと香る匂いが俺好みの優しくていい匂いで余計にドキドキする。マジで俺は女に対しての免疫がない。


『家ここだから、ありがとうね。』
「あ、......俺ん家あれっす。」
『えぇっ?......すご、近いね......。』


着いたのはマンションで恐らくワンルームの単身者用だ。これを見る限り......大学生か社会人......?確かに同じくらいの気もするしもう少し下と言われても納得できる気もするし年上と言われたら.......にしては童顔かもしれない。俺の家を確認して驚いた後俺から鞄を受け取ってエントランスへと入っていく。途中一度だけ振り返り俺に向かって手を振った。それに応えるように頭を下げれば彼女はあっという間に見えなくなった。















『......あ、やっほー!』


26日の朝、部活があるから大学に向かおうと家を出てすぐ、そんな可愛い声が聞こえて顔を上げる。そこには随分と顔色が良くなったこの間の女がいてマスクもしていなければ髪を巻いていて服装もキッチリしている。


「あ......おはようございます......。」
『おはよう。この間はありがとね。今から部活?』
「はい......よくなったんすか?」
『うん、もうバッチリ。薬ってすごいよね〜今から仕事なんだ〜!』


駅まではバスで駅からは電車に乗る俺に「途中まで一緒に行こう」なんて声をかけてきた女はやっぱり今日もいい匂いだった。


「26?!見えねー......」
『何それどういう意味?!三井くんこそ大学生の割には落ち着いてるよ!』
「老けてるって言いたいのかよ?」


26歳、社会人、独身、単身者用アパート在住、みょうじなまえ......さん。この間は副鼻腔炎。俺の知っている現段階での情報。やっぱり童顔で笑うと随分幼く見えるけど仮にも5つも年上。ついついタメ口になりグッと口を閉じればみょうじさんは笑いながら「いいよいいよー」なんて許してくれた。


『バスケ部かぁ。しかも海南大なんて強いじゃん、すごい。高校はどこ?』
「湘北。......みょうじさんは?」
『私は翔陽高校だよ。5つ下......藤真健司知ってる?』
「知ってるけど......知り合いなんすか?」
『うん、教え子なの。私が新任で入った時の三年生。』


理解に苦しみ「は?」と出た俺にみょうじさんは笑いながら「私翔陽高校の先生なんだ〜」と言った。


「え......先生?見えねぇ......。」
『何それ?ほんっとさっきから......。』
「マジか......生徒に告られてそう。」
『三井くん......。あ、私こっちだから、部活頑張ってね!』


それじゃあね〜と手を振ってみょうじさんはバス停とは反対方向へと歩いて行った。


それ以来、時たま近所で彼女を見かけるようになりそのたびに俺は声をかけ、また彼女から声をかけられることも増えた。その中でも家の近くのコンビニでスイーツを吟味している姿を見かける。ひとつずつ色々なことを知れて嬉しいと思っている自分がいて、なんとなくむず痒くて気持ち悪い。年明けの練習試合の時にたまたま鉢合わせた藤真に色々と問えば、あの綺麗な顔が少し歪んで「なまえ先生元気か?」なんて聞いてきた。瞬時に俺の心はモヤモヤした何かに包まれて、それが何なのか自分でもわかってしまい、もう手遅れだと思った。









ご近所さんから始まる恋


(なまえ先生のこと何で知ってんだよ!)
(近所なんだよ。)
(うっわ!最悪!手ェ出したら潰す!)
(......言うんじゃなかった......)



何だこの話は〜〜〜。と思ったら副鼻腔炎は私の実話でした。。笑 クリスマスに重度の蓄膿症になりました。鼻痛をなめてました。マジで痛い。。頭痛がひどすぎてビックリしました。仕事にならないし。。薬局で薬をもらってる時にもしこんな時出逢いがあれば、なんて考えて思いついた話でした。もう少し続ければよかったかな〜〜( ˙-˙ )( ˙-˙ )翔陽高校の先生ヒロインは前から考えてた設定であって、とりあえずここで採用してみたんですがいつかシリーズなんかで書きたいです。






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