結婚式外伝 (藤真)






兄の結婚式に出席するなんて想像もしたことがなくて、嬉しい気持ちに加えて少しだけとられた気分になって寂しくなったりもする。24歳にもなってそんなこと言うのは変なのかもしれないけれど、兄とは少し歳も離れているから余計に可愛がってもらってきたし、私にとっても大好きな優しい兄だったのだ。


常日頃からテレビやドラマで「結婚式」を目にするたびに頭に思い浮かぶセリフがある。





「花形、妹をくれ。」





いつかのイケメンが言ったそのセリフを聞いた当時、私は確か10歳だったはずだ。翔陽高校に入学したばかりの6つ上の兄、透くんが家に連れてきた友達が私を見るなり初見でそう言ってみせたのだ。


「何言ってるんだ藤真、なまえはまだ小学生だぞ。」
「小学生じゃなかったらいいってことだな?」
「そうとは言っていない。」


キョトンとする私の頭を撫でて、そのイケメンは微笑んだ。「可愛いな、なまえ。」私の名前を呼びながら。









それ以来、「娘さんを僕にください」だの、そんなありきたりなセリフを耳にするたびにあの「藤真さん」の綺麗な笑顔が頭に浮かぶ。別にどうってことないただの茶番に過ぎない出来事がいつまで経っても頭から離れてくれないのには理由があるのかもしれない。


「お、なまえじゃん。」


よっ、なんて利き手の左手を上げて笑ってくるその男こそ藤真健司であり、今となっては私の会社の上司であるからだ。


『おはようございます藤真さん。お忙しい中兄の結婚式に来てくださってありがとうございます。』
「一応大親友てとこだからな。背高いとタキシードも着こなせるんだな、羨ましいよ。」


兄の姿を遠目に見て笑う姿は今日もやっぱり綺麗だと思った。こうして毎日顔を合わせる間柄になるとは誰も予想していなかっただろうし何より私自身が一番驚いた。けれども藤真さんは表面上は誰に対しても紳士で王子様気質の人気者なのに、兄やその友達である高野さんや永野さんの前ではかなり自由な我儘ぶりを見せるから、そのギャップを知る数少ない人間としてやっぱり心の底から驚いた。


もちろん10歳の私の頭を撫でたことなど藤真さんの口から語られることはなく、私も怖くてそんなこと口に出来ない。そもそも「そうでしたよね?」なんて確認したところで何になるって話だ。可愛いと褒める社交辞令に過ぎないあの会話を永遠と忘れずにいる私の方が絶対におかしいのだから。


「花形の奥さん中々の美人だな。」
『見た目だけじゃないですよ。中身も最高。お兄ちゃんにはもったいないくらい。』
「そんなことねーだろ。花形こそ中身も最高ってとこじゃねーの。」


普段会社では見られないような何も取り繕っていない表情で楽しそうに笑う藤真さん。視線の先にはやっぱりお兄ちゃんがいてどこか寂しそうな顔でずっと見つめていた。


「なまえは?兄に続いて結婚の予定はねーの?」
『ないですね、恥ずかしながら...。まだまだ仕事も頑張らないといけないですし...。』


藤真さんは何故だか満足そうな顔で「そうか」と言った。仕事を頑張ると言ったからだろうか。兄の友達である藤真さんといえどかなり上の上司だからね。


24歳にして彼氏もいない私にとって「結婚」とはやはり夢のような話であって、頭に浮かぶのは誰かと結婚して共に暮らす自分よりも、やっぱりあの高校生だった藤真さんが言ったセリフであり、どうも現実的にはとらえられない。結婚とは、一体何なのだろう。


『藤真さんは、そろそろですか?』
「は?俺彼女いねーしまずそこからだわ。」
『えっ?そうなんですか?すみません、てっきり...。』


あまりのモテぶりに当然彼女がいるものだと思い込んでいたし社内でも藤真さんの彼女について幾度となく噂を聞いてきたから当然拍子抜けした。


「あー噂とか言うやつだろ。それ多分俺の妹なんだよな。よく二人で出かけたりするから。」
『藤真さん妹さんいらっしゃるんですね、さぞお綺麗でしょう...。』
「姉貴もいるし妹もいる。顔はそっくりとか言われるけどな。仲良いんだよ。」


なるほど、藤真さんは姉妹に挟まれているのかと何故だか納得してしまう自分がいた。言われてみれば男兄弟がいるようには見えない。でも藤真さんがしっかりお兄ちゃんをやっているんだと思うとなんだか微笑ましくて笑ってしまうくらいには可愛いと思えてくる。


「花形も色々と大変だっただろうよ。妹を持つ兄として気持ちは痛いほどわかる。」
『...私、何か迷惑かけてましたかね...?』
「花形の苦労を知らねーんだな?そりゃ頑張ってたよ。ほら、そもそも俺が ーー」


藤真さんはそう言いかけてピタッと止まった。言葉は続かずに不思議に思って顔を覗けば何故だか頬が赤く染まっており、不自然に目を泳がせて「あーー」と声を出した。


「あー、なんだ、その、なまえに変な男が寄り付かねーように見張ってたの知ってるしさ。」


続いたその言葉はやっぱり覚えのないもので。私の知らないところでやっぱり心配をかけていたのかと思うと途端にありがたい気持ちで視界がぼやけた。お兄ちゃんはいつも優しくて面倒見が良くて、いつだって私のことを一番に理解してくれた。


『知らなかったです......。』
「だろ。感謝しとけよ。」


遠くでタキシードに身を包み、幸せそうに微笑むお兄ちゃんを見てやっぱり涙がジワジワと滲んでくる。どうか幸せになってほしいなぁ...という思いが心の底から湧いてきて、クリスマスイブである今日という日がとてもめでたく幸せに感じた。


どことなく視線を感じて横を向けば、そこには穏やかな顔で私を見つめる藤真さんがいて、ぼやけた視界でもハッキリと見えたその綺麗な顔に思わず胸が高鳴った。な、何だろう......泣きそうで、変に思われたかな......?


『あ、あの......?』
「やっぱり変わんねーな。」


藤真さんはそう言うと「覚えてるか?」と私に問う。その瞬間、私の頭に藤真さんの利き手である左手が乗りふわふわと優しく撫でられた。


「こうやって撫でて、可愛いなって言ったこと。」


そのセリフを聞いて、私の中に雷が落ちた。


結婚式に必ず思い出すそれを、何故だか兄の結婚式の会場で再現されるとは思わなくて、なんて言葉にしていいのかわからない。そもそも藤真さんこそあのことを覚えていたのだろうか。


『......も、もちろんです、覚えてます......。』
「あ、本当に?まだ小さかったし忘れてるかと思った。」


どこか意外そうな顔をした藤真さんはやっぱり穏やかに笑ってくる。その綺麗で上品な微笑みに吸い込まれそうになってしまうのは正常な反応だろう。この人は顔が綺麗過ぎてもはや暴力だ。


『藤真さんこそ、忘れてるかと思いましたよ。』
「んなわけねーだろ。今でもそう思ってるくらいなんだから。」


そう言うとやっぱり私の頭を撫でてきて無意識に顔が赤くなる。その言葉の意味を理解するのに時間がかかって、うーん、と考えていたら頭上からクスクスと笑い声が聞こえてくる。


「周りくどいのはよくねーよな。こういう時はハッキリさせねーと。」


笑い声は途端に消え、滲んでいた涙も引っ込み、その場には私と藤真さんしかいないかのような雰囲気だ。


「今でも思ってる。花形に。妹をくれ、ってな。」


びっくりして瞬時に顔を見上げれば、見たことないくらい照れ臭そうな顔の藤真さんがいて、絶対的に私と視線を合わせないようにしながら「見るな、やめろ。」と怒ってくる。


『だ、だって......、そんなこと言われるとは......。』
「ったく、気付けよ。なまえが俺と対等になるまで待ってたんだからよ。」
『嘘.........、嘘だ......、だって、そんなわけ......』


ワナワナと震える私に藤真さんは何故だか面白そうに笑っておでこにデコピンしてくる。さっきまでの照れ臭そうな表情はどこへやら。余裕たっぷりの姿にまたしても心惹かれしてしまう。


「信じろよ。俺は何があろうと一度決めたことは貫き通す男なんだよ。」
『それはもちろん存じ上げてますけど......。』
「仕事も恋愛も同じ。あの時からずっとなまえを見てたよ。」


ずるい、ずるいよ。なんだそれ。私だっていつもあの言葉を思い出してたし、藤真さんと会社で会うたびにどことなく緊張したり嬉しくなったりしてたんだよ。でも、まさか、こんなことになるとは思わなくて......だってあの人気者の藤真さんだし、なんで私なんか.......。


「付き合おうぜ。上司と部下でもなく、親友の妹でもなく、なまえと恋人になりたい。」


何それ何それ何それ..........。

嬉しくて、幸せで、顔から火が出そうだよ......。


『......よろしくお願いします、藤真さん。』


藤真さんは笑った。愛おしそうに笑って私の頭を撫でた。その様子をどこからともなく見ていたお兄ちゃんが小さく拍手をしていたのは知らない。













14年越しの告白


(花形、なまえをくれ。)
(藤真...もっと具体的に説明してくれよ...)
(うるせーな。くれよ。)
(...なんて横暴なんだ...)



藤真くんは絶対的に自分から好きになった相手じゃなきゃ付き合わないし、振り向いてもらえないのならいくら時が過ぎても、どんな手を使ってでもなんとしてでも手に入れそう。やっぱり自分に自信があると思いますね( ˙-˙ )顔もだけど中身も。入社式で透ちゃんの妹を見かけて喜ぶというよりも、あらかじめ就活中の妹が自分の会社を選ぶように透ちゃんに仕組んでそうだなと思いました。。知らずに入ったら藤真さんいた!みたいな展開を作ってそう。何食わぬ顔で「お、花形の妹?」とか聞いてそうだし。うわぁ、確信犯。二人はイブに結ばれたってことで一応クリスマスの話に認定してください!!笑




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