03





「あぁ〜、なんでまた月曜がやってくるわけ…」

『ほら、早く行かないと遅刻!』


栄治はなんだかんだ理由をつけて日曜日も泊まり結局三泊していった。南とのこともあり、あまり強く言い返せなくて…完全に立場が逆になった気がする。


「あー…嫌だけど…、行ってきます…」

『いってらっしゃい、走って行くんだよ!』


私は講義が午後からの為のんびりと栄治の朝食を作り、ついでにお弁当まで持たせてお見送りする。今朝かけたアイロンのおかげでピッチリとした栄治のワイシャツはセーターとブレザーのせいでもう見えないけれど、「アイロン掛けてくれたの...」と感動していた顔が可愛すぎて忘れられない。子犬か。


「なまえ、大学でアイツに会っても、目合わせるなよ。」

『わかってる…ほら、行きな!』

「絶対だからな!…っし、行ってきます。」


絶対だからな!の後、少し間が空いたと思えば栄治の顔が一瞬で近づいて来て「チュッ」と唇を奪われた。その後ニヤッと笑って走って階段を降りて行く栄治。その姿が見えなくなった後も私は玄関から動けなくて自然と手から離れたドアノブのせいでゆっくりと扉が閉まった。


ーー バタン。


なんなんだ、ほんとうに……


アイロンを掛けてあげたら、シワのないワイシャツに目キラキラさせて喜んで、お弁当を渡したら子犬みたいに擦り寄ってきて、それでいて…あんな不意打ちにキスしてくんの…?意味わかんない。そもそも昨日だって同じベッドで寝ても何もなかったのに…なんで今更…

なんだか妙に落ち着かなくて、やけに栄治を「男」として見てしまっている自分がいて嫌になる。あの子はこんなにちっちゃい頃から「なまえ〜」って私の後ろを駆けてきてたんだよ。今更さら…恋愛対象だなんて…ないよ、ない。絶対にない。















結局午前中を有意義に使えなくて、ゴロゴロした後大学へと向かった。同じ学部といえど南とは一日一回、顔を合わすか合わせないかくらいだから、今日だって静かにしていれば何も起きないだろう。大学内での建前は「友達」なので特に他の男子と変わりなく接している。もう南は家には来てくれないのだろうか。「友達」と言われて傷付いた私に気付いたのだろうか。それとも栄治のことを勘違いしたのだろうか。幻滅されたかな…


そんなことを考えながら歩いていると不意に声をかけられた。柔らかく優しく、女性らしさが存分に詰まった甘い声。


「あれ?烈くんの友達じゃない?」


…しまった。反射的に顔を上げてしまい南の彼女さんが私に向かって笑いかけているこの状況。隣を見ればやっぱりそこには南がいて、いつのまに遭遇していたんだと下ばかり見ていた自分を悔やむ。


『あ、ど…どうも。こんにちは…』


怪しまれないように南に向かって「よっ」なんて手を上げれば、一瞬目が合った後瞬時に逸らされ「おう」と返された。


あ…よかった、無視はされなかった…


ニコニコ笑顔の彼女さんに頭を下げて隣をすれ違う。早足になる私をよそに二人は何事もなかったかのように再び話を始めて、彼女さんが南にたくさん話しかけ南もそれにうんうんと相槌を打っているようだった。


面倒なことは嫌いで、自分の好きなことしか手をつけない南がこれほどまでに長続きするってことは、やっぱり女としての魅力があるんだろうな、あの先輩は。そう考えると昨日のことも相まって涙が出そうになる。


講義の部屋に着き携帯の画面に通知が届いたことに気がつく。なんだろう…栄治、忘れ物?と思い手にすれば、そこには先ほどすれ違ったばかりの南から連絡が届いていた。


私は慌てて出したばかりの参考書をしまい部屋を飛び出た。


















「…来たか。」


指定された部屋に着けば既に南は机の上に座っていた。遅くなってごめん、と蚊の泣くような声で呟けば「俺こそ突然悪い」なんて謝ってくる。何はともあれ無視されずに済んで、再び話が出来るくらいの距離にあるってことは喜ぶべきポイントであった。


それでも密室で二人きり。普段なら嬉しいはずなのに、無視されずに済みホッと安心した気持ちと共存するように栄治のセリフが頭から離れない。栄治は今朝言った。アイツに会っても目を合わせるな、と。それどころか密室に二人きりなんて栄治が知ったらどうなるだろう。嬉しさ半分、ダメなことをしているという焦りが半分、私は落ち着かないまま南の近くへと歩み寄った。


「なまえ、昨日悪かったな。」

『何で、南が謝るの…?』

「傷付けたやろ。俺が「友達」なんて言うたから。」


ほんまにごめん、と南は続けた。やっぱりわかってたんだ.…私は栄治といたことを咎められたり、もしかしたら見捨てられるのかと、そんなことすら想像をしていたわけだから、まさか謝られるとは思わなくてとても驚いた。


『いいの、ごめん、なんか私も…』

「俺らの関係を、名前にせなあかんて瞬時に考えたんやけど、恋人もちゃうし、友達でもあらへん。ほなセフレか言われても…ちゃうやんって思った。」

『.........、』

「あの場を切り抜ける為に友達が最適なんかなて思ったんや。傷付ける事になるとは思わんかった。ほんまにごめん。」


それはつまり、南も私と同じように、私との関係を表す一番適した表現を必死に考えていてくれてたということか。何それ…なんだよ…あんなにあっさりと言い捨てられたもんだから、やっぱり遊びなんだなぁって思ったのに…そんなこと言われたら…

もしかしたら自分が思っている以上に大切にされてるのかもしれない…だなんて、自惚れてしまう。


「友達だなんて、思ってへんから。」

『…恋人でも、友達でも、セフレでもないなら…一体なんなの…?』


名前が欲しい。南との関係に。ハッキリとした。それはもちろん「恋人」や「彼女」を望むのだけれど…私は一体、いつからこんなに欲張りになってしまったんだろう。なれるわけないのに。南を困らせるだけなのに。それなのに…

「俺もわからん。でも……特別やねん。」


そう言って南がどんどん近づいて来る。瞬時に触れられたいと思ってしまう自分がいてやっぱり南の前では「女」でいたいんだな…私。頭の中にはもう栄治はいない。後ろめたさも、間違ったことをしてるんだって認識も、南によってどこかへと消されてしまっていた。


「なまえ、もう俺と会ってくれへんかと思ったやん…」

『そんなわけ、ない…』

「嫌われたかと心配したわ…」


優しく微笑んだ南の唇が、私に重なる。ずるいよ、なんでそんなこと言ってまた夢中にさせるの。彼女にしてくれないくせに。それなのに…


なんでこんなに嬉しくて幸せなの…


何度も何度も角度を変えて重なる唇。求められ必死についていく。ここは大学。いくら人が来ないとは言えこんなことをする場ではない。それがまた、互いを興奮させるのだ。


「なまえは、俺だけの女やで…」


カプリと首筋に南の歯が立った。


まるで栄治といたことに嫉妬しているというようなセリフ。耳元で囁かれたそれは私をドロドロと溶かしていく。もう無理だ、私には…南しか見えない…












一度落ちた沼からは抜け出せない

(...ごめんね、栄治...)






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