02





結局栄治は夜泊まっていった。通学鞄からちゃんと下着と歯ブラシが出てきたところをみると、本当に朝から泊まる気満々だったらしい。私のベッドからガンとして離れなくて…何故だか私がソファで寝る羽目になった。なぜだ、なぜ。


「おはよ。あぁ…土曜日の朝、なまえの家、手作りの朝食。最高。」

『朝から何言ってんの、ほら食べよう。』


栄治がお風呂の間に栄治のとこのおばさんに電話したけれど最近は父親と進路のことで揉めて家に寄り付かないらしい。実家に寄り付かないとか人に言っておきながら…自分だって家に居たくないんじゃんか。そりゃまぁ気持ちはわからなくはないけれど。私は別に…南がいつ来るかわかんないからここに居たいと思っているだけだし、両親との仲は良好である。まぁ、栄治のとこのテツさん厳しいからなぁ、無理もないか。高二の冬だし進路の話も出るよね…


「なまえ、絶対料理の腕上がったよな。昨日も思ったけど本気で美味いもん。」

『それはありがとう。で、今日何する?一日暇なの?』

「暇だよ、暇!最高に暇!出かけようぜ!」


なまえバイトねーの?ってそれはもう最高級の笑顔で聞いてくる栄治。頷けばさらにパァッと輝いた笑顔で「デート!!」と叫んでくる。本当に昔から変わらない、栄治は可愛い。いつだって私に向けてくれるその屈託のない笑顔は最大の癒しだ。進路で揉めてスッキリしない君を、お姉さんが元気付けてあげようじゃないか。


「なまえとデート!」

『でも待って。私服持ってきたの?昨日制服で来たよね?』

「あ……そこまで考えてなかった……」


途端に悩んだ顔にかわり「うーん?」と首を捻っている。栄治の考えがまとまるまで黙って朝食を食べ進めていれば何か閃いたような顔をして私を見つめてきた。あまり期待しない方が良さそうな顔だ。


『何?どうすることにした?』

「制服デートにする!なまえ、高校ん時の制服は?」

『実家だよ。私は普通の服でいいでしょ。』


えー!なんて不満たっぷりな栄治だけど睨みをきかせれば瞬時に黙り、再び朝食を食べ始めた。結局栄治は制服で私はゆるく髪を巻いて、コートの下にワンピースを着てショート丈のブーツを履き家を出た。全て栄治が独断で選んでコーディネートしてくれたものだ。なかなかセンスがある。侮れんな…小僧め…


「寒い…けど最高。手、繋いでもいい?」

『やだよ。恋人じゃあるまいし。どこ行く?』


嫌だって言ったのに強引に手を取られ恋人繋ぎと言われる形で手を繋いだ私達。何故だ…そうか、ルンルンの栄治はもはや止められないということか…


「映画かボーリングか…あ、カラオケは?」

『んー…とりあえず、甘いもの食べよ。』

「食う!」


何を言っても喜んで!と受け入れてくれる子犬感満載の栄治。近くのコーヒーショップに入れば栄治は「俺カフェモカ〜」なんて鼻歌まじりに呟いている。続いてショーケースに並んだ期間限定オススメと書かれたクリスマスにちなんだケーキから目を離さずに「これも」と指をさす。甘いものが好きという共通点は、昔からちっとも変わっては居ない。


南は…甘いもの、食べないもんなぁ。


何かあるたびに決まって頭に浮かぶその名前。栄治と比べるのも違うかと思い美味しそうなケーキを注文して席へとついた。









結局その後ランチして、映画を見て、また私のマンションへと帰宅した。栄治は二日連続で泊まる気らしく、さすがにそれはまずいと思い説得する。二日連続って…恋人かってんだ。


『栄治、おばさんもテツさんも心配するよ。』

「なまえんとこにいるってわかってんだから平気だろ。俺は泊まる。」

『栄治…、でも……』


私が言いかけたところでインターホンが鳴り、途端に胸が高なった。土曜日の午後八時。この時間に来客なんて南以外ありえない。栄治もいる手前とりあえずモニターを確認する素振りをしたものの…やっぱり映るのは無愛想に立っている南だった。


「誰?友達?俺帰った方がいい?」


途端に栄治は落ち着かない様子でうろうろし出す。あんなに帰らないと言い張っていたのに、やっぱりこの子は可愛い。とにかくこの状況はまずい為何が最善かを急いで考える。何かを理由に三十分程経ってから、また来てもらうように言おうか。とにかく栄治がいる間は、南には入ってもらえないもん…


『栄治、ここにいてね。出てきちゃダメだよ。』

「えっ…う、うん…」


リビングに繋がる扉を閉めて栄治のローファーを隠す。扉を開ければ寒さに少しだけ鼻を赤くした南が立っていて思った以上に胸がキュッとなった。


「よ、寒いから入れてや。」

『…ごめん南、今掃除中で…もう少し経ったら、また来てくれないかな…?』

「何やそれ、手伝ったるわ。」


強引にも入ってこようとする南をとりあえず阻止して目の前に立ちはだかれば、途端に彼は不機嫌そうな顔へと変わった。


「…なんなん。誰か来とんのか?」

『まぁ…そんな感じだから…もう少し待ってて欲しいんだけど…』

「何それ、誰やねん。女?男?」


私の様子を不審に思ったらしく南は探るようにしてリビングの方を見つめている。玄関に靴が無いのも逆効果だったのか、煮えきらない私の返答に怪しさを感じているようだ。なんだかまずいぞ…いけない雰囲気になってきた…

『幼馴染だから。もうすぐ帰るの。だから、待ってて?』

「幼馴染?なまえの幼馴染て…男やなかった?今おるんか?」


その時やけに騒がしく様子が変だと思ったのか、奥からいつのまにか制服から部屋着に着替えた栄治が出てきてしまった。栄治…!なんで…


「…なまえ、誰?友達?」


南を見る目があまりに鋭くて、それが普段の可愛くてアホっぽい栄治からは想像がつかないほど怖くて、「男」の顔をしていて、私は栄治から目が離せない。しかし視線が交わることはなくて栄治はギッと南を睨むようにしたまま視線を外さなかった。


『友達というか、あの…その…大学の…、』

「友達や。なまえの、友達。」


適当に答えればいいのに、何故か自分で「友達」だなんて認めたくなくて、南との関係性を言葉で表すのは難しいと悩んでいたらアッサリと南の口から出た私の一番聞きたくなかった言葉。とも、だち……


「男の友達が、一人で家に遊びに来るんだ?」


栄治を見やればそれはそれは恐ろしい顔で私を見つめてくる。ギクッとして、怖いのにどこか色気があるような…何故だかそんな風にも見えて一歩も動けない。


『…あの、栄治…』

「なまえ、答えてよ。本当に友達なの?」


「友達」…そんな簡単に片付けられてしまった私達の関係性。なんて表現するのが最適か悩んだ私が一番言われたくなかったそれを南はいとも簡単に言い切ったんだ。ただの友達…抱く抱かれる、それだけの関係…

『……っ、』

「…ほな俺帰るわ。なまえ、またな。」


何も言えない私を置いて南は玄関を出て行った。


途端に栄治に腕を引っ張られリビングへと引き摺り込まれる。乱暴にベッドに投げられ、ベッドの上に尻餅をついた。栄治はさっきと同じ色気すら感じさせる雰囲気をまとい、とてもじゃないが高校生には見えない顔つきで私にむかって口を開いた。


「今のアイツ、誰なんだよ?」

『友達…栄治には関係ないじゃん。』

「関係ねーとか言うんじゃねーよ!関係ねーって言うんなら…友達って言われて傷付いたみたいな、そんな顔すんな馬鹿野郎!」


呆気にとられる私とそんな私に怒りをぶつける栄治。なんで、わかった…なんでわかったの…?


「アイツ、彼女いんのか?」


コクリ…力なく頷けば栄治はハァ…と大きなため息をついた。


「それで、ちゃんと教えてくれよ。どんな関係なんだよ。友達じゃねーんなら…」

『…セフレ。』


私の言葉に栄治は再び深くため息をついた。


「どうしちゃったんだよなまえ…そんなことする奴じゃなかったろ?目ぇ覚ませよ!」

『栄治にはわかんないよ!放っておいてよ...!』

「んなことできねーよ!好きになるのは自由だ。たとえ相手に彼女がいようと。でも何かを求めたらいけないんだよ。そんなん誰も幸せになれねーだろ!」


この人は…私の知ってる、栄治じゃない。


さっきからやけに艶っぽく、大人っぽく、そして男らしいこの人は…誰…?高校生の分際で、それっぽいことも言って説教してくる。わかりきっていることを指摘されるのがムカついてとうとう目からは涙が溢れた。


『そんなこと…わかってる…でも、どうしようもないくらい好きなの…』

「なまえ、どうしようもないくらい好きな相手なら…ソイツの幸せを願ってやらないとダメだよ。」


そのまま栄治は泊まっていった。


昨日とは違い私たちは同じベッドの上で眠った。栄治が後ろからギュッと抱きしめてくれて、そのままの形で眠った。南じゃない、他の人の温もりなのにやけに温かくて優しくて、夢の中で栄治が私の頬にキスをしてくるような、そんな感覚もあって…結局のところぐっすり眠れたのは間違いない。








本物の幸せはどこ


(...南、もう会えないのかな......)










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