01






『泊まってく?もう遅いし…明日授業午後でしょ?』

「いや、いい。彼女んとこ、行かなあかんねん。」


素直に「ここにいて」なんて言えなくて、必死になって出たその言葉もいとも簡単に返されてしまった。南はそう言ってベッドの下に散らばった洋服を拾い上げる。引き締まった腹筋は何度見ても慣れなくていちいち目眩がするくらいかっこいい。


「風邪ひくで。なまえも服着ろや。」

『…南が帰ったらシャワー浴びるからいいの。』

「ふぅん、湯冷めせんようにな。」


ぐしゃっと頭を撫でられて、高鳴る胸に自分自身でも呆れてしまう。今日も今日とて南は最高にかっこよくて、最高にドキドキした。それなのにそこに愛はなくて、南の心はいつも「彼女」の元にある。わかっていながらもやるせない思いに胸がいっぱいになった。


裸の私はシーツにくるまりながら南の着替えを見ていた。目が離せない。彼は服を着たらこの部屋を出て行ってしまうから。一秒でも多く南を目に焼き付けるんだ。


「ほな、おやすみなまえ。…またな。」

『うん、おやすみ。またね。』


玄関まで見送りに行けなくてベッドの上でそう言えば「おん」なんて返事が聞こえて扉が閉まった。途端に寂しくなって、シャワーに行く気にもなれずにベッドに横になる。南、最近泊まっていかないなぁ...それが何を意味しているのかわからないほどアホじゃないんだけどさ。


彼女とうまく、いってるんだろうなぁ。


大学に入ってすぐ同じ学部の南と友達になった。初めは友達。ただの友達。関西弁でノリがよく、それなのに落ち着いていてスマートに何事もそつなくこなす姿は私には初めから特別に見えたけど。だんだんと仲良くなって、試験前にはお互いの部屋を行き来して共に助け合いながら勉強に励むようになり…気付いたらこうして身体の関係になっていた。


南は大学に入ってすぐに、ひとつ年上のミスコンにも出るような綺麗な先輩からアプローチを受けて速攻で付き合い始めたし、大学三年になった今だって仲良くやっているらしい。この関係を続けてだいぶ経つけれど彼女にバレていないのか心配になることも多い。でも南が大丈夫だと言えば大丈夫なわけで。…そもそも私だって、この関係を終わらせてしまうのは嫌だ。


「好き」なんて気持ちは、非常に厄介だ。


例え身体だけだとしても繋がっていたいと思うくらいには南に惚れてるし、それなのに自分がもし彼女だとしたらそんな関係の女を持つ彼氏は絶対に嫌だ。浮気だと騒ぎ立てるし相手の女にブチ切れるだろう。これだから面倒だ。


南が帰った部屋はあまりに閑散として心が空っぽになったような感覚だった。枕に顔を埋めれば南の香りがして…とてつもなく胸がキュッとした。













今日はアルバイトが無い。たまにはゆっくりご飯でも作るかと講義が終わってまっすぐ家に帰った。昨日スーパーにも行ったし材料はたくさんある。手際良く料理を作っていればインターホンが鳴り、途端に胸が高まった。南はいつも突然やって来るからだ。約束も連絡も無しに…気まぐれに。だからこそ期待してモニター確認もせず勢いよく扉を開けた。


「よっ、遊びに来たよ!」

『…何しに来たの栄治。』


それは私の想い人では無く片手を上げて満面の笑みをした幼馴染で…当然の如く心底ガッカリする。なんで南じゃなくて栄治なんだ。なんでだ、期待していた胸の高鳴りを返せ。このアホ。


「いい匂い…そうそう。飯食いに来たんだよ。」

『そんなの自分ちで食べなよ。おばさんのご飯美味しいでしょ?』

「あー違う違う。なまえ最近実家に寄り付かねぇじゃん?生存確認だよ。」

『忙しいの、大学生は。遅くなるとおばさん達心配するだろうから…ご飯食べたらすぐ帰りなよ?』


私は一応一人暮らしをしているけれど実家も割と近い位置にある。自立に憧れて大学の近くにマンションを借りてるけれど幼馴染の栄治は高校生の分際でしょっちゅうこうして遊びに来るのだ。ったく、マセガキめ。


「ガキ扱いすんな。今日は泊まる。明日休みだし。」

『いやいや、ちゃんと連絡しないとダメだよ。まだ高校生なんだから。』

「あーまたガキ扱いした。マジで帰らねーからな!」


来るたびにこうして泊まるだの勉強教えろだのうるさい栄治。今日も高校終わりにそのまま来たのだろう。制服だし…ていうか、制服のまま私のベッドにダイブしないでくれるかな?!ちゃんと着替えないと制服シワになるよ、馬鹿め…


『栄治、着替えなよ。制服汚れるよ?』

「あー…なまえの匂いが充満したベッド…」


私の声なんて届いておらず、ベッドにうつ伏せのまま気持ち悪いことを呟いて動かない。なんなんだほんとに…


『栄治…ご飯出来た。気持ち悪いことしてないで食べよう。』

「うん、食う。おっ、シチューじゃん。美味そう!」


ニヤニヤしながら近寄って来る栄治。お皿の中を覗いては目をキラキラさせて喜んでいる。こういうところはやっぱり可愛い。年下感満載だし作ったものを喜んで食べてくれるのはこちらも嬉しいものだ。

「んー美味い。……なぁ、なまえ、彼氏出来た?」

『〜〜っ、えっ…何、急に…出来てないけど…』

「そう?この間も思ったけど、ベッドからなまえ以外の匂いがすんだよなぁ。」


突然そんなこと言い出すもんだから驚いて栄治を見やれば、やっぱり楽しそうにシチューを頬張っている。なんだ…突然驚かすな、びっくりした…


「なまえに彼氏が出来る前になんとかしないとなー…」

『何を?何を、なんとかするの?』

「そりゃ俺たちの関係に決まってるじゃん。」


当たり前、みたいな顔して栄治は軽くウインクしてくる。あまりにもスマートにやって見せるから驚いたけど、瞬時にもし南がウインクしたら…なんて考えてしまい頬が緩む。絶対かっこいい…あの無愛想な南がウインクだと…やられたら逝くだろうな…


『いやいやいや!待って、幼馴染じゃん。なんとかするって何?ついに絶交?』

「待て、勝手に縁切るな!幼馴染以上に発展するってこと。とにかく今日は泊まる!」


シチューを食べ終えた後お皿をシンクに運んでから栄治は再び私のベッドに飛び乗った。先にシャワーを浴びることになりその間におばさんに連絡するよう口酸っぱく言えば渋々頷いた栄治。私がリビングへ戻ると何故だかスッキリしたような顔の栄治がいて不思議に思う。よく見ればゴミ箱には大量のティッシュが捨ててあり、スッキリしたような栄治の顔と、やたらと空間除菌の香りが漂うこの室内…全てが結びつき私は思いっきり栄治にパンチしたのだった。










思春期小僧を甘く見てはいけない


(人の家で何してるの!盛るな!)
(なまえのベッドやばいんだもん。匂いが!!俺を誘惑してくる!!)
(帰れ!帰れ馬鹿!!)






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