藤真家に南烈



「南くん、今日からこの部署に配属だから。」
「あ、ハイ........」

「南くんの教育係はね、.......あ、いたいた。なまえくん!」


呼ばれたのは明らか女の名なのに「くん」で呼ばれたそれに南は疑問を感じた。しかし奥の方から慌てて出てきたその「なまえくん」は見るからに顔が整った美人で南は目を見開いた。


黒髪がふわっと巻かれていて走るたびに上下に揺れる。コツコツと音が鳴るヒール音が近づくにつれ南は胸を高鳴らせた。





教育係っちゅーことは....やぞ......。





『遅くなってすみませんっ....!』
「今日から新人が配属されるって言っただろう。こちら、南くん。」
「南烈です。お願いします...。」
『南くんね!よろしくお願いします!』


差し出された手に自分の手を遠慮気味に差し出せば隣の先輩が「彼女のことはなまえさんと呼ぶように」と南へ向かって言い放つ。それに南が同意すればなまえくんと呼ばれた教育係はにっこり笑っていた。


なまえってどう考えても下の名前よな?この人名字あらへんのかな?いやいや、名字あらへん人なんて未だに出会ったことないで俺。てかそんな人おらんよな....。


『早速デスクに案内するね、ついてきてね。』
「あ、ハイ...。」


さっきと同じようにコツコツヒールを鳴らして歩くなまえさんについていけばほどなくして到着したらしい俺のデスク。何にも置いていない綺麗な状態で「散らかさない程度に片付けるんだよ」と指示を受けた。なまえさんは俺の隣のデスクに座ると「ここは私だから」と言ってきた。


隣の席........。


やっぱりや。やっぱり教育係っちゅーのは1ヶ月くらい常に隣におって一緒に仕事するっちゅーことやんな?


こないな綺麗な人と..........?



『.....って、おーい!南くん聞いてるー?』
「.....あ。すんません......。」
『初日だし緊張するよね。早速社内案内するからついてきてね。』


プリント片手に何かを話していたらしいなまえさんは俺を見て優しそうに微笑むとデスクから立ち上がった。広いから案内が大変だなぁ、なんて呟いている。耳に髪をかける仕草もほんの少し動いただけで揺れるピアスもなんだか全部が綺麗に見えてどうしようもないくらいドキドキしてしまった。


どこを見渡しても広くて綺麗で設備が申し分ないこの大手企業に就職させてもらえたのはほんまにありがたいことやった。


大学でバスケをするか薬学部に行くか迷いに迷った俺はオカンに言われた「好きなことしなさい」の言葉に心を打たれてバスケを選んだ。大学のリーグでもそこそこの成績を収めたし、初めて敵となった岸本の大学にも一敗もせえへんかった。ありがたいことに実業団から誘いも来たが俺は普通に働く道を選んだわけや。そんな時大阪でもかなりの大手であるここの社長さん直々に面接に来ないかって誘われた時はナチュラルに腰が抜けるくらいにはビックリしたわけや。なんでも社長さんが大のバスケ好きらしくて........


『社食は絶対的に生姜焼き定食!』
「そ...そうなんすか...?」
『っていつも同期の男の子が言ってるから。』


私はお弁当だからあんま食べたことないんだけどね...なんて何故だかしょんぼりするなまえさん。なんて声かけたらいいかなんてわからんくて「あー....」と声を出した俺に「南くん背高いしなんか運動でもしてたの?」と聞いてくる。


「あ、バスケをずっと...。」
『バスケ?うちの弟もバスケやってたよー!』
「そうなんすか....。」


さっきの部長みたいな人もなまえさんもここは大阪なのに標準語やし、社会人は場所関係なく色々なところへ飛び回って大変なんやなぁ、なんて関係ないことを思ってたら「次は給湯室ー!」となまえさんが歩き始めた。


















『あそこの部長は結構話通じるからね。しかもバスケ好きって噂だよ!』
「そうなんすか?今度の接待バスケにも来るんかな...」
『仲良くなった方がいいよ。上目指すなら気に入られておいた方がいいかも。』


それにしても「接待バスケ」ってすごいね。なんてなまえさんはレモンサワー片手に笑っている。社長からバスケに誘われるんはもうこれで何度目なんやろうか。





教育係やなくなっても席は隣やし部署も同じやし俺となまえさんの距離はだんだんと縮まっているように思える。今日も金曜やから言うて飲みに誘われたし他の社員はおらんくて二人きり。


正直好きか聞かれたら間髪入れずに頷くくらいにはなまえさんを慕っているし、それ以上の想いもあるっちゃあるような......ま、それはええとして。


「接待にバスケ使えるんなら楽ですよ。俺ほんまに他に出来ることないですし....。」
『そんなことないって。南くん要領いいし何やっても大丈夫だよ。それに南くんめっちゃくちゃバスケ上手いらしいじゃん。』


女子社員が噂してたよ〜なんてなまえさんはニヤニヤしながら言ってくる。「はぁ...」と返せば一口レモンサワーに口つけた後グラスを置いて話し出す。


『うちの弟もバスケ中々上手かったんだけどね、野球やらせてもサッカーやらせてもセンスあるんだよね。だから南くんもきっとなんでもそつなくこなせると思うよ。』


そう言い唐揚げをパクッと食べた。


「そうなんすか。なまえさん出身どこか聞いてもいいっすか?」
『んー神奈川だよー!』


神奈川......。標準語だしなるほどなぁ、と思いながら神奈川でバスケが強かったところを思い出そうとすれば途端にあのナガレカワが浮かんできた。うわっ、なんやねんお前。沢北に勝ってアメリカ行って浮かれてんなや。


『南くんって23だっけ?』
「そうっす。」
『じゃあ弟と同い年だ。ちなみに私は4個上だからね。弟に免じて姉さんと呼んでも許してあげよう。』
「呼ばないっすよ。」


えーなんでよーなんてへらへら笑ってる姿を見る限りもう酔ってしまったんか。


でも待てよ。同い年っちゅーことは...やぞ。もしや俺の知ってる高校や大学に行ってたとしたらインハイ、インカレ、国体なんかで会ってるなんてことは......いやいやそんなことあるわけないやん。俺の知ってる神奈川の選手なんぞこれっぽっちしか.......


「弟さん高校どこだったんすか?大学とかは....?」
『高校は翔陽ってところでね、大学は ーーー 」


彼女が言いかけた途端俺の脳内でなまえさんの顔面にピッタリ重なる綺麗な顔の男が蘇り、あまりの衝撃に席を立った。不思議そうな顔で俺を見あげるその顔はもうあいつにしか見えへん......


俺が高2のインハイで......


「......なまえさんの名字、聞いてもいいっすか.....?」
『あ、私?名字嫌いなんだよねーあんまいい思い出なくてさ.....まだ言ってなかったよね。』


肘鉄喰らわせて....あの異名をつけられるきっかけになった......


『うちの弟が結構人気者でさ。顔は女みたいなのに名前が結構男らしくて、そのせいかみんな弟のこと名字で呼ぶんだよね。よく道端とかで「藤真さんのお姉さんですか」とか「藤真さんの....」とかフジマフジマってもううんざりでさ。』



あ、私藤真なまえだよ。なんて笑っている。












「す、すみませんでした.....!」
『え?.......南くん?どうしたの?』
「藤真のこと、知ってます。高2の夏にインターハイであたりました....。」
『嘘?!健司のこと知ってるの?うわぁ〜!......で、なんのすみませんなの?』


「知りませんか.....?高2の夏、藤真がここらへん縫いましたよね.....?」


恐る恐る口にすれば彼女はなんでそのことを知っているんだと言わんばかりの顔で俺を見てくる。コクッと頷きながら。


「あれ......俺がやったんです.......。」
『.......えっ、』
「俺の肘が藤真の頭に当たって........。」


そう言いかけて再び頭を下げようとすればなまえさんは笑い出した。


「えっ......、」
『そんなのもういいんだよ〜ビックリした、急に謝ってくるから....。』
「い、いや、でも....!!」
『ありがとうね。そっか、そうだったんだね...。なんか嫌なこと思い出させちゃってごめんね。』


なんであなたが謝るんだと思っていれば「忘れてくれてよかったんだよ」と言ってくる。


『勝負中の怪我なんて仕方のないことだしさ。そんなに頭下げないで。昔のことだし。』


なんやねんもう........。優しすぎんねん.........。
だって話聞く限り弟のこと大事に思ってるんやろ、なのになんで怒らんねん。縫うくらいの大怪我やぞ。時間が経てば怒りも無くなるんか?......無理やん、そんなの。


「なまえさん、ほんまにすみません。あと、俺のこと許してくれてありがとうございます....。」
『許すも何も。南くんは私の大切な部下だし。たまたま健司のこと知ってたってそれだけのことだよ。』


ありがたい気持ちと結局昔の自分からいまだに解放されていない気持ちとが混ざってもやっとする。しかしそれよりもずっとなまえさんの言葉に含まれた単語に一番引っかかってしまう。


「大切な....部下.......。」


そやんな。だって初めから先輩だったやん。教育係なんちゅーもんで俺のこと面倒見てくれてたわけやし。先輩やん。なのになんでそんなんにいちいち落ち込んでるん俺は.......


『あれ、違ったかな.......。』


違くない。せやけど違っていて欲しい、なんて....たった今藤真が弟だとわかったばかりでなんて図々しいんや俺は.......


「違くないすけど......これから変わっていったらいいなって思います.....」

『どう....変わっていけば、いいのかな......。』


そんなん聞くなや。わかるやろ。


「部下から、もっと大切な存在に............」













彼女は「そうだね」と照れ臭そうに笑った


(....期待しますよ、俺....)
(いいよ、私も期待したから.....)



Aに続く。→







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