兄の健司





『おはよー......うわ、寝癖やばいよ?』
「あ?そのうち直るだろ。ねみー...。」


健ちゃんほんっとボサボサなんだから〜〜なんてお母さんの声が聞こえてくる。当の本人は聞こえているのにスルーしながらチーズトーストをかじっている。目は開いているけど完全に寝起き。スウェットはよれてるし、若干パンツが見えている。栗色の髪はあっちこっちに跳ねていてかなり自由である。


「なまえちゃんは〜?チーズトーストでいい?」
『私いいや。お腹空いてない。』
「何?ダイエット?色気付くにはまだ早ぇだろ。」


ムシャムシャパンを頬張りながら横目で私を見てそう言う兄の健司は、高校では「王子様」なんて呼ばれる有名人だ。今年翔陽高校に入学した二つ下の私は心底驚いた。なぜ、なぜこんなにも人気があるんだ......と。確かに昔から顔面はいいからモテはした。バレンタインは家にまで女の子が押しかけてきたし道端で「藤真くんに渡して」と言われたことも一度や二度じゃない。

にしても、やれファンクラブだの、やれ王子様だの、まさかそんなことになっているとは思いもせず開いた口が塞がらない。実際入学して数ヶ月経った今も、なぜこの無気力な寝癖ボーボーパンチラ男がモテるのか......疑問である。


「何、怒った?」
『別に。そもそもダイエットじゃないし。』
「ふぅん?好きな男でも出来たのかと思った。」


興味なさそうな態度をしながらも私の反応を待つようにジッとこちらを見るお兄ちゃん。ハァ、とため息混じりに目を逸らせば「なんだよ?」なんて怒っている。怒りたいのはこっちだ。


「おはよ〜二人とも〜お母さん私もチーズ。」


食卓でそんなことをしているうちに二階からバタバタとお姉ちゃんが降りてきて私とお兄ちゃんの間の席に座る。朝から化粧品や香水の香りがぷんぷん香り、私は慣れているものの一向に慣れないらしいお兄ちゃんは「うっ。」と声を漏らしていた。


「何よ健司〜〜純粋ぶっちゃって。」
「意味わかんねぇ...受動喫煙と同じだな、その香り。」
「何〜?迷惑だって言いたいわけ〜?」


お姉ちゃんはお兄ちゃんの二つ上で、地元の専門学生だ。メイクの勉強をしているから常にお化粧バッチリで私が言うのもなんだが美人である。喧嘩もしたことないし面倒見もいいしなんだかんだお兄ちゃんもお姉ちゃんには頭が上がらないんだ。


「健司にはまだ早いのよ。お子ちゃまだもん。」
「馬鹿にすんなよ。母さんごちそうさま〜。」
『私もごちそうさま!お兄ちゃん私先に洗面台使うから。』


温かいスープだけ口にして、バタバタと駆け足で洗面台へ向かえば、お兄ちゃんはスウェットの中に手を入れて引き締まった腹筋を露わにしながらボリボリとヘソあたりを掻いている。


「なまえ長えからな...早くしてくれよー。」
『わかってる。ちょっと!向こう行っててよ!』
「あー?歯ぐらい磨かせろよなー?」


顔を洗っている私の上で歯磨き粉と歯ブラシを取り出すとシャカシャカと音が聞こえてくる。いや、出ていってって言ったのに。何?何なの?


『だからー終わるまで向こうに...』
「なまえマジで好きな奴でも出来た?」
『...は?』


動かす手を止めずに視線は鏡に写る自分自身。それなのにその言葉はお兄ちゃんの視界には入っていない私へと向けられている。いや、意味がわかんないんだけど。


『だからさっきも言ったけど、そんな人はいないってば。』
「本当かよ?くれぐれも気を付けろよ。男は皆狼だからな。」
『何それ......。』


心底不思議な顔をしてお兄ちゃんを見やれば「不思議とモテんだよな、お前。」なんて呆れた顔してため息を吐いている。


『うそぉ?!何それ詳しく聞きたい!』
「言うか馬鹿。彼氏作るなら俺に一度紹介しろ。バスケ部は絶対却下。いいな。」


口を濯ぎながら早口でそう言うお兄ちゃん。何なの。具体的に誰にモテてるのか詳しく聞きたかったのに...しかもバスケ部はダメとか、、意味わかんないし。


「あらぁ健司、随分と過保護だこと。なまえのこと可愛くて仕方ないもんねー?」
「うるせー、さっさと専門行けよ。」
「はいはい。行くわよ。なまえ、気をつけて行くのよ。」
『うん。お姉ちゃん行ってらっしゃーい!』


髪型を整えながらフリフリと手を振ればお姉ちゃんは相変わらずセンスのいい服装で颯爽と玄関を出て行った。


「なぁ、俺の髪直してくんね?今日さすがにやべぇわ。」
『そのうち直るとか言ってたくせに。』
「いーだろ。面倒な事は嫌いなんだよ。」
『そのまま行けばいいのに。翔陽の王子様。』


チッと軽く舌打ちされて睨まれる。仕方ないから自分の手を止めて寝癖直しでお兄ちゃんの髪を整えてあげていれば鏡越しから視線を感じて少しやりづらい。何なの。本当に朝から面倒だなぁ。


『もう。さっきから何なの〜?そんなに見ないでくれない?』
「いいや、別に。お、直った。サンキュー。」


さっさと部屋へと戻って行くお兄ちゃん。何なんだろう本当に変な奴。髪を整えた後制服に着替えて荷物を持って玄関へと向かえば「気を付けてね」なんて見送ってくれるお母さんの後ろから随分と身軽な荷物のお兄ちゃんが出てきた。


「健ちゃん今日部活ないのよね。帰り早いかしら?」
「あぁ。多分寄り道はしないと思う。」
『お兄ちゃん今日部活休みなの?珍しいね。』


部活が休みなんて滅多にないはずだ。この鬼監督になってから余計に厳しくなったと噂を聞くぐらいだから。私がそう言えば「たまにはな」なんて呟くお兄ちゃん。確かに休みも大切だ。


「行ってきます。ほら、さっさと行くぞ。」
『えぇ?何で一緒に行くことになってるんだ?!』
「いいじゃないの。健ちゃん居たら安心よ。行ってらっしゃい!」


なぜだか楽しそうなお母さんに見送られて私達は二人で家を出た。私が自転車に乗ろうとしたら腕を引っ張られなぜだかお兄ちゃんの自転車の前へと連れて来られる。後ろをポンポンと叩かれて、それが無言の「乗れ」だということを悟り、断ると後が面倒な私は静かに荷台へと跨った。


「スカートなのに跨るなよ。」
『いいの、安全には変えられない。』
「めくれないようにしろよ?出発。」


最近のお兄ちゃんは何だか変だ。
やけに私に突っかかってくる。休み時間も無駄に一年の教室に来たりするし、おかげで周りの女の子達から羨望の眼差しで見られるのがオチだ。もう慣れたけど。


「キャーッ!藤真くん!」
「藤真くんの後ろいいなぁー!」
「前世で何したら妹になれるのかなぁ...?」


門をくぐれば途端に聞こえるひそひそ声。当の本人はニコニコ笑いながらその声に応えるようにしている。そんな顔するから女子が余計に騒ぐんだよ。みんな知ってる?これは偽りの顔だよ?この人ついさっきまで寝癖ボーボーでお腹出してポリポリ掻いてたしよれよれのスウェットで寝てるんだから。


「帰りも迎えに来る。教室から出るなよ。」
『えぇ?!やだよ。友達と帰るもん。』
「拒否は拒否する。」


しれっとした顔でそんなことを言われて階段の所で別れた。教室へ入る前に男の声に呼び止められ、振り向けばなんとなく見たことのあるような、そんな子が顔を真っ赤にして立っていた。


「あ、あの、今時間ある?」
『あ、はい。どうかしましたか?』


明らか視線が泳いでいて目が合わない。不思議に思って目を合わせようと顔を覗けば、一瞬視線があった途端にさらに赤く染まる顔。何だろう、こんな朝から...。


「あ、あの......俺、隣のクラスの...、」


目の前の男の子がそう言った途端、私の耳には聞き慣れた声が聞こえてきて、何故だかそれがとても機嫌の悪い時の声色に感じて自然と背筋がピンと伸びてしまった。


「...なまえ。」
『......お、お兄ちゃん、どうしたの?』


真顔で無表情で私の前の男の子を見るお兄ちゃん。本当に恐ろしいくらい冷めた目をしている。


「俺の大切な妹がどこぞの馬の骨に捕まってるのかと、確認に来たんだ。」
『...何の話?』
「俺の妹に、何か用か?」


そのまま美しいくらいの笑顔で微笑むお兄ちゃん。私にはものすごく怖い顔に見えるのだけれど周りの女の子達からはキャーキャー悲鳴が聞こえてくるからきっとかっこいいんだろう。目の前の男の子は途端に顔を青白くして一礼してその場を去って行った。


『あれ、何だったんだろう...?』
「本当に危なっかしい奴。あ、伊藤ー!」


遠くを見ながら同じバスケ部の伊藤さんを見つけたらしいお兄ちゃんは楽しそうに駆けていった。何だったのか不思議な私は周りの黄色い声援を無視しながら教室に入ったのだ。











兄の苦労など知るはずもなく。


(藤真さんの妹さんほんっとに可愛いですね!)
(...伊藤、俺を敵に回す気か?)
(いえいえいえ!!!滅相もございません!!)


藤真家には男の子の兄弟はいらない。絶対的にお姉ちゃんがいてほしいし、藤真くん自身もお兄ちゃんであってほしい。お姉ちゃんにはなんだかんだ頭が上がらずに、妹にはスーパー過保護であってほしい。。バスケ部の奴らが近寄ろうとした瞬間、目で悟らせる感じ。もちろんどこぞの野郎にも同じ対応。だけどバスケしてる男に関しては尚更厳しい藤真くんであってほしい。。






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