翔陽




藤真が倒された。
それはもう怒りを通り越して目の前の現実が本物なのかそれとも未だ夢の中なのか、区別もできないくらいに。

試合はあっさりと負けた。藤真が運ばれてからあっという間に逆転を許した。もはやそんなことどうでもいいのだが。

試合後会場から病院へと向かおうとし花形は目の前の人物に目を向けると腹の底から湧き上がる何かを抑えられずにいた。それは横にいた高野も永野も同じであった。一志だけが1人冷静にその場に立ち止まった。


「よぉ!お疲れさん、ご苦労やったな」


長髪をくくりつけた豊玉の岸本にそう言われると永野と高野は途端にグッと前へ出た。無理もない、花形はそう思った。しかし1人冷静な一志が2人を止めたのだ。


「堪えろ、藤真はそんなこと望んでないぞ」


その一言に永野と高野はグッと拳を握りしめた。その言葉通り堪えたのだ。高野の手からは血が滲み流れている。その瞬間岸本にグッと胸倉を掴まれたのは1人冷静に落ち着いていた一志であった。


「お利口やなぁ取り乱さんと」


その姿にいよいよ永野と高野だけじゃない、自分まで爆発しそうになった花形であったが、自分の横をスッと通り前に出た小柄な人物に眼鏡の奥の瞳が見開きギョッとした。


『これ以上うちの選手に触るな』


2年マネージャーのなまえであった。一志の胸倉を掴んでいる岸本の両腕をいとも簡単に振り払うと一志を後ろに追いやり岸本の前にグッと出た。


「なんや姉ちゃん、強がんなや」


一瞬岸本がギョッとした姿を花形は見逃さなかった。そりゃそうだ。かなりの力が入っていたはずだ。なのになまえときたら片手でパチンと軽々しく振り払ったのだから。それでも岸本はひるまなかった。なまえはまるでお前なんか眼中にないとでも言うように後ろにいた南の前へと立った。


『エースがいなきゃ勝てる。所詮その程度』
「なんやと?!」


その言葉に目の前の南は信じられないものでも見たかのような顔で立ち尽くしていた。後ろにいるガラの悪そうな連中が騒いでいる。なまえが1人で立ち向かっているというのに俺たちときたらジッとその様子を見つめるだけであった。なにせなまえといえば細くて美人で常に藤真とセットで扱われるほどの美貌で、なにより穏やかでおっとりとした性格のはずだ。目の前のこの子は一体...?それが正直な感想であった。


『正々堂々勝負も出来ない、大阪のレベルは随分と低いんですね、南さん?』
「おい待てやテメェ!」


いよいよ我慢しきれなくなった後ろの豊玉の奴が1人、なまえに向かって腕を振り上げたがなまえは見事にそれを避けチョンッと足を引っ掛けた。すると男は豪快にその場に転んだのだ。


「ッ!?なんなんだよ女のくせにッ!」


倒れ込んだその場から急いで立ち上がると今度は背後からなまえに向けて腕を振り上げる。その様子に高野と永野が止めに入ろうとしたがそんなのは不要であった。なまえは背中に目でもついてるのか?と思わせるほどタイミングよく避けてそのパンチはなまえの目の前にいた南に入ったのである。


「あっ?!みっ南さん!すいませんっ!」


ドサッと倒れ込んだ南はそれでもなおなまえを見つめ続けていた。一言も発さずに。ただただ凝視していたのである。


『お前の顔なんて二度と見たくないさっさと消えろよクズ』

あまりの言葉の迫力、そして見たこともないような表情、聞いたことのない口調...。言葉をかけられた南より俺たち翔陽の方がビビったかもしれない。

行きましょう、

そう言うなまえに着いて行くと途中、豊玉の誰かが叫んだ。


「アンタ、何者やねん」
『なんでお前に教えないといけないの』


声の主は座り込んだまま動かなかった南であった。最後までかっこよくそう答えると俺たちは妙に静まったまま会場を後にした。



『藤真さんには内緒にしてくださいね』


道中、発せられた言葉は普段のなまえと同じ柔らかい口調であった。喧嘩したって言ったらまた怒られるだろうし...ヘヘッとそう笑ったのは俺たちが知っているなまえであった。なぜだかひどく安心した。先ほどの人物は別人のような気がしたからだ。花形はなまえから目が離せなかった。一体何者なんだろう?それはすぐには答えが出るものではなかった。俺たちの前ではいつだって穏やかで美人ななまえなのだから。









目をつぶったままの藤真を見て彼女は目に涙をためた

(藤真さん...起きてください、ぐすん)
((泣いてる...あまりにも綺麗でビックリした))




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