give | ナノ

 


先刻任務を終えたばかりで、多少なりとも疲労した身体を癒やすべく、其の脚で自室へと直行した。

ソファーが位置するのはこの辺だろうと、着ていた隊服の上着を放り投げ、キッチンに向かう。何か飲み物を取り出そうと、こぢんまりとした冷蔵庫に手を掛けた時、ふと思い出した。
任務に向かう数時間前、ルッスーリアが手製のティラミスを作り、其れをオレと後輩のフランに裾分けしてくれていた事を。普段、甘い物はあまり好まないが、今は何かしらの糖分を口にしたい気分だったので丁度良いと思った。
確か一番上に置いといたな、と記憶を掘り起こしながら冷蔵庫を開けた瞬間、あれ、と思わず声が洩れる。

ない。出掛ける前、確かに入れたティラミスが。

可笑しい、と疑問に思うよりも早く、直ぐに己の思考が犯人像を造り上げた。緑髪の冷めた瞳をした後輩が、自分のティラミスをのうのうと咀嚼している姿が鮮明なまでに想像でき、舌打ちが出る。ずけずけと遠慮もなくオレの部屋に出入りし、尚且つ甘い物に目がない人間。どう考えても彼奴しかいない。
フランもルッスーリアから裾分けされていた筈だが、きっと一つでは飽きたらず、自分の居ぬ間に盗みを働いたのだろう。なんて意地汚い奴だ。ひっ捕まえてやる、と憤りを露わに立ち上がろうとした時、後方からドアノブの回る音がした。

「あっ…帰ってたんですかー」

部屋の主がいないと分かっていながら、正しくフランが部屋に入ってきた。犯人は現場に戻るものだ、と見知った顔の刑事が指を向けてくるようだ。
オレがいる事に気づき、思わずといった様子で瞳を丸くする其奴。どうしてやろうか、とオレは黙考しながら立ち上がる。きょとり、と意表を突かれた其奴が一瞬可愛く思えてしまい、直ぐ様考えを振り払った。
素早くフランの目の前まで距離を詰めれば、其の蛙頭に軽い鉄拳を食らわす。

「いたっ、何するんですかーこのハゲ」

「誰がハゲだコラ、毛根死滅してねーわ。オレのティラミス勝手に食ったの、お前だろ」

苛立ちを含んだ口調でそう問い質せば、其奴はぴくりと方眉を動かした。そうです、と認めているのと同じようで、術師の癖に、と思う。そうでなくても、初めて出会った頃よりかは段々と此奴の考えている事が分かるようになってきた。最初は本当に何を考えているのか分からなくて、奇妙に思っていたくらいなのに。他の幹部の人間もそうなのだろうか。オレだけが、此奴の本音を理解出来ていたなら。そう思うと、何故か心が満たされるような気がした。

其れは、此の生意気な後輩の上を取れるのは自分だけ、と優越感を感じているだけなのだと思う。只、其れだけで。其れ以外でも、其れ以上の感情なんてない筈だ。

決めつけないでくれますか、と此の期に及んで白(しら)を切る後輩が憎らしく思えたので、ぺちりと額を叩く。暴力反対だの、何事かを喚く其奴の喋りを遮るように、今度は両頬を伸ばすように抓った。いひゃいいひゃい、と言葉にならない言葉を口にするフランが間抜けで、思わず鼻で笑う。

「いだだだっいた…い?…あれー」

子供のような遣り取りが段々馬鹿らしく思えてきたので、弄っていた其奴を放置して部屋を出る。自室にフランを残した侭、談話室へ向かう為に廊下を歩き出た。

と、直ぐに後方から、後を追うように足音が着いてくる。追いつかれてしまいそうだったので、脚を速めた。慌てたように後ろの足音も速くなる。端から見れば奇妙な光景だろう。どうにかして追いつかれまいとオレは早歩きを貫く。が、何時の間にか早歩きから小走りに変わった其奴の足音が徐々に近づいてくるのを感じ、オレは仕方なく歩みを止めた。
どん、と背中にぶつかってきた其奴が、小さな呻き声を上げる。振り向けば、俯き加減で自分の額を撫でるフランがいた。

「……あのさぁ、なんで着いてくんのお前」

「………別に、行く方向が同じなだけですー」

ふてくされたように唇を尖らせ、言葉を紡ぐ其奴。あっそう、と気のない返事をし、何処に行くの、と何となしに問う。行き先を問われたフランは何故か口籠もり、視線を泳がせた。其の反応に対し、思わず訝しげに眉を寄せる。
オレが不審に思っているのを察したのか、其奴は聞き取りにくい小さな声で、談話室に行くんです、と答えた。一体、何を不安に感じているのか。此奴の考えている事を読み取ろうと思考を張り巡らせてみるが、どうにも思い当たる節がない。

オレも談話室に行こうと思ってた、ルッスに紅茶淹れて貰おうと思って、と仕方なく口にする。オレの言葉を聞いた途端、何故か其奴は先程までの不安な顔を一変、明るくさせた。ミーも紅茶が飲みたくて談話室に行こうと思ったんですよ、と。何の根拠もないが、オレは其の言葉が嘘だと思った。根拠がない、のだから、何故自分がそう思ったのかも分からなかった。だけど、フランの目的は其れと違うような気がして。

そんな此方の思い等つゆ知らず、早く行きましょう、と急かしてくる其奴。鎌を掛けるつもりはなかったが、オレは進路方向を変えて答えた。

「カエルが一緒なら止めるわ。部屋戻る」

「え、…戻るんですかー?」

「戻るっての。だから何」

「紅茶、は」

「お前飲みたいんだろ? 談話室行けばいいじゃん」

あ、そうですね、と曖昧模糊な返事を返す其奴の表情を、意識してじっと観察した。何時もと同じく、飄々としたポーカーフェイスが其処にあって。翡翠色の瞳がきょろきょろと彷徨ってはいたが、取り分けめぼしい変化は見られない。結局、面倒になって踵を返した。
紅茶を欲していたのは事実なので、流れ的に逃してしまったのを少し残念に思う。部屋に戻り、自分で淹れるか、と考えながら脚を踏み出した其の直後、再び感じた気配に気がつく。

此処までとなると、流石に疑問を抱かずにはいられない。つい先程まで断言していた事を、ほんの僅か数秒で覆すのか。理由を求められたら此奴は何て答えるのだろう。そんな事を思いながら、オレは唐突に歩みを止めて振り返った。案の定、どん、とぶつかってきた其奴は驚いた表情をしていて。
瞬きを繰り返す丸い瞳を見つめながら、次に発する言葉を思案する。

「…あのさ、もう何度も言うけど、何で着いてくんの」

「…ミーも、紅茶止めて部屋に戻ろうと思っただけですー。センパイに着いてってるわけじゃないですー」

ぼそぼそと、そんな事を口にする其奴。理由になってない、と思う。確かに、オレと同じく紅茶が飲みたかっただけなのかもしれないし、オレと同じく部屋に戻りたくなったのかもしれない。そう解釈は出来るけど。もう少しで此のもやもやとした何かの正体が、取っ掛かりが、掴めそうな気がする。
黙り込んだ侭、俯き加減で鼻を掻いているフラン。相変わらず中性的な顔立ちだと思った。黙っていれば、可愛いのに。

「お前、オレのこと好きだろ」

暫くフランの幼顔を見つめていたオレは、無意識の内にそんな事を口走っていた。はっとして、直ぐに口許を引き締める。どうしてこんな事を、と頭で考えながら、直ぐにフランの表情を窺う。当の其奴は、発せられた言葉の理解に遅れているのか、きょとんとしていた。
だって、だって。フランが、構ってくれと言わんばかりに、オレのティラミスを食べるから。明らかに後付けしたような理由を述べて、オレの行く先々に着いてくるから。だから、思わずそんな事を口走ってしまったのだと。
自意識過剰もいいとこです、と軽蔑の対象として指を指されるのが目に見える。流石に言われても仕方ない、と思いながらフランの顔を見返した瞬間、色白の頬に微かな赤みがさしているのが見えた。

「…フラン?」

予想外の反応に、意表を突かれたのは此方で。再度覗き込むように頭を下げれば、ふい、と直ぐに顔を逸らされてしまう。確認したい其れは隠されてしまったが、翡翠色の髪から覗く耳朶は僅かに紅潮していて。

其奴の、其の様子を見つめている内に、自分の中の鼓動が次第に速まって行くのが分かる。此奴にこんな反応をさせるに至った言葉は何だったか。思い出すに遠くない。自意識過剰としか言いようのない、あの言葉しかなかった。深い意味もなく、思わず口走った事とはいえ、オレの言葉一つで、此奴はどうしてこんな反応をするのだろうか。其の理由を思案してみれば、思い当たるのは然ほど難しい事ではなくて。

フラン、と再度名を呼び、此方に顔を向かせようと努力する。其れでも其奴はそっぽを向いた侭、其の体制を貫こうとする様子だったから。振り向かれるのが後少し遅かったら、オレは確実にフランの腕を引いていた。
じろり、とねめつけるように向けられた瞳は心なしか潤んでいて。つい先程よりも紅潮が増したらしい頬は、既に赤い果実と同等だった。フラン、と無意識の内に唇が名前を形作る。冷静でないのはオレなのかもしれないと思った。仄かに赤らんだ目元が、オレを睨んで視線を逸らす。目の前の其奴の熱が伝染したかのように、次第に顔が熱くなる。

「……迷惑、でしたかー…」

遅れて発せられたフランの声は、うっかりすると聞き逃してしまうくらいにか細く、震えていた。
迷惑、だったのだろうか、と。其れは、オレの言動にほぼ肯定を示しているのと同じ事のようで。此は、矢張り、そういう意味なのだろうか。
思いがけぬ瞬間に後輩の思いを知ってしまったとはいえ、自分自身、何故こんなにも動揺しているのかが分からなかった。
分かるのは、お互いの言葉でオレも此奴も、情けないくらいに顔を赤くしているという事。フランの問いに答えるならば、迷惑などではないという事だけで。

こういう時はどうすれば良かったか。経験という記憶を探ってみるが、どうにも解決法が見つからない。ほんの数分前までは生意気としか思っていなかった、其奴への感情が、愛おしい、に変わってしまったのは事実だから。
結局、オレは自らの思いに従うしかなくて、目の前の腕を強引に引き寄せ、其奴を胸に閉じ込めた。


捩花




20121208

捩花=恋慕うこと


9797hitキリリク*ゆぅか様に捧げます。
9797って何時の話だよ…ってレベルで本当にすみません。長くなってしまい、申し訳ないです。でも愛はたっぷり込めました。
(ツンデレなフランとの事でしたが、完全にデレデレですね´`*)

リクエストありがとうございました!



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