short | ナノ

 


静まり返った部屋に響く、時を刻む針の音が酷くゆっくりとしたものに感じた。

あの人が長期任務に出掛けてから後数時間で一週間が経とうとしている。任務に出ている最中でも何時もならば頻繁に連絡をくれるのに此の一週間、携帯端末が其れを知らせる事は殆どなかった。

暗殺者という此の仕事柄。一瞬の油断が命取りであり、何時死のうと可笑しい話等ではなく、幾らあの人が天才と持て囃されようとも絶対という確証等何処にもない。
最後に連絡が届いたのはほんの数時間前。彼は今日中に日付が変わる頃には帰る、と言っていて。ちらりと壁に掛かった時計を一瞥すれば、針が頂点を示すまでに後数時間もある。たまらず膝頭に額を埋めて縮こまった。

じんわりとある箇所から熱く広がるような波紋は、自らの意志とは関係なく止め処なく溢れては乱れる。無意識の内に膝と膝を摺り合わせている自分自身が情けなくて、小さく唇を噛み締めた。

此の一週間、あの人に躾られた身体は既に悲鳴を上げていて、堪えるように強く掌が白くなるまでにシーツを握り締めていても熱が解放される訳でもなく、只ひたすらに悶えた。

あの人と出逢うまでは、こんな身体じゃなかった筈なのに。

良いように教え込まれているという事を犇々と感じて、酷く恥ずかしく、悔しかった。其れでも身体が熱を欲しているのは紛れもない事実で、意地を張る程の余裕は今更持ち合わせてはおらず。
此で何度目だろうか、時計に視線を寄越してみても時間が早まる訳じゃないのに。

早く、帰って来て下さい。
でないと、自分は。

自分自身の身体を抱き抱え、ベッドの上で震えるように蹲った。


**


何時の日か、自分が居ない時は寂しいだろうとそんな事を言って、半ばからかうように其れを持ってきた彼に、ここぞとばかりに毒を浴びせた事がある。
其の時はそんな物を持っている恋人に軽く引いている自分もいたが、今となってはあの人相手に然ほど驚く事でもなかったと思うし、其の当初はまさかこんな形で使用する事になるとは思いもしなかった訳で。



「…っふ、…ぅぁ…っ」

囁くように振動する其れは、然して強く設定していないにも拘わらず、自身にとっては十分過ぎる程の快楽を与えた。とろとろと欲望の蜜を零す其処は既に天を仰ぎ、迎える絶頂を今か今かと待ち望んでいる。
自分一人の行為であるにも拘わらず、矢張りこんな時でも思い描くのはあの人で。

「ひ、ぁ…っぁ、べる、せんぱ…」

止め処なく唇から漏れるしどけない愛嬌と其の名前に、自分は何をしているのだろうか、と頭の冷静な部分が自らを嘲てみても、行為を止める事が出来ない自身。
握り締めていた遠隔操作機は快楽に溺れている最中、何時の間にかベッドの端に追いやられ、刺激を強める事も弱める事も侭ならず、悶えるように真っ白なシーツを握り締めた。
一方的に与えられる刺激に、愈(いよいよ)達してしまいそうになった瞬間。

がちゃり、とドアノブの開く音が耳に入り、途端に弾き飛ばされるようにしてベッドから起き上がる。其処には、正しく今の今迄此の思考を占領していた其の人が、扉の側で固まったように此方を見つめていて。

頭が其れを理解した瞬間、全身が凍りついた。

未だ中で囁いている玩具の所為で意識を引き戻され、ベッドの端に追いやられた遠隔操作機を手に取り電源を切れば、忽ち部屋の中がしんと静まり返る。
無言で此方を見つめるベルフェゴールが何を思っているのか。考えただけでも、恥ずかしくてどうしようもないのに。何も言ってくれない其の人に対し、自分自身言い様のない情けなさが込み上げて。
じわりと双眸が水気を帯び、震えるようにタオルケットで露出した下半身を隠せば、ぼやけた視界で金色が揺らめいて見えた。

ベッドのスプリングが軋めく音にはっとした瞬間、下半身を隠していたタオルケットを剥ぎ取られ、あっ、と思わず声が漏れる。其れはベルフェゴールの手によって、後方へとぞんざいに投げ捨てられてしまった。手に持っていた遠隔操作機まで取り上げられたかと思うとベルフェゴールは踵を返し、側のデスクチェアに腰掛け、まるで携帯でも持つような手つきで遠隔操作機をくるくると弄び始めた。

此方からしてみれば其の不可解な行動の意味が分からなくて、再び晒された肌を朱く染めて膝を摺り合せた時、求めていた声が鼓膜を震わした。

「何してんの?」

「…えっ…」

突然投げ掛けられた問いに思わず疑問符を浮かべたものの、其の問いに答えられる筈もなく。
じっと此方を食い入るように見つめるベルフェゴールの今目の前にいる自分は、何も穿いておらず、上も乱れた状態の侭で。
分かりきった問いに答えるより先に、兎に角自分の此の状態をどうにかしたいから、脱ぎ散らかした衣服に手を伸ばした瞬間、呆れにも似た声に静止をかけられた。

「だから、何ぼーっとしてんのって聞いてんだけど」

デスクに頬杖を付きじっとりとした視線を向けられた侭、射抜くような其の声色に身体が硬直とした。
ベルフェゴールの言葉の真意が読めず、惑うように膝を摺り合わせて脚を閉じる。其れを見たベルフェゴールが、片手に持った遠隔操作機を一瞥して。

「オレ以外のこんな玩具で、一人で気持ち良くなってたんだろお前。ほら、オレに向かって脚開け」

「ゃ…っ、や、だ…せんぱ…」

双眼に雫を溜めてふるふると首を振れば、何てことないような顔をしたベルフェゴールが、まるで携帯でも弄るような動作で、遠隔操作機の電源を入れた。
其の瞬間、後孔に入れた侭の玩具がいきなり中で暴れ始め、不意打ちで訪れた強すぎる刺激に声が裏返る。囁くような振動に、冷めた熱が再び加速していくのが分かったから、咄嗟に中の玩具を取り出そうとした所、手首を掴まれ後方の寝台へと沈められた。
途端に視界を覆ったボーダーに気を取られる間もなく耳元でカチ、カチと機械的な音がしたと思えば、中で囁く玩具の振動が急激に激しくなる。自分にとってはあまりにも強すぎる刺激に抵抗するより早く、両手首を頭上で一締めにされて太腿を持ち上げられれば、どうする事も出来ず涙で視界が滲んだ。

嬲るような相手の言葉と声に煽られ、加速する熱を追い込んで一方的に快楽を与える其れは、暴れるように中で蠢いてうねるように奥へと進む。こんな状況であるにも拘わらず自身の身体は敏感に快楽を拾い、意志とは関係なく腰が浮いた。

「ぃ、やぁ…っひ、ぁあぁっ!」

一際高い愛嬌を上げた刹那、先端から迸った欲が目の前のボーダーを白く汚した。

「あーあ…どーしてくれんだよ、これ」

「は、ぁ…っ、も、ぅ…、あ、ぁっ!」

「いいからほら、もっと啼けよ」

溢れ出た雫が上気した頬を伝っているのに行為を止めようとしない其の人は、其れどころか中で蠢く其れを掴んで抜き差しを始めた。取り上げられた遠隔操作機で、強さを最大にさせられた其れを最奥へ突っ込まれた侭固定されれば、ごりごりと前立腺を押し上げるように暴れる其れに達したばかりの身には刺激が強すぎて。

「ぁ…っく、ひ、ぁあ…っ!せん、ぱ…せんぱ…い…っ!」

「…………」

欠乏した酸素を取り入れて喘ぎ、其の名を呼べば、涙でぼやけた視界の中でベルフェゴールの喉が上下するのを捉えた。

直後、ひたすら痼りに強く押し当てられていた其れが引き抜かれ、ほっと息を吐いたのも束の間。カチャカチャと金属同時がぶつかり合うような音がしたのち、ぐぷり、と突然予告なしに挿れられた其れに驚いて一際大きく下半身に力を入れた。

「…ぅ、ぁ…あっ…ぁ、く」

「……っ、」

明らかに玩具とは違う熱を持った其れを受け入れて、先程達したばかりの自身は既に再び欲を吐き出す為に上を向き始め、ベルフェゴールを受け入れて伝わる熱がじんわりと広がる。
無機質な其れと相対し、どくどくと脈を打つ彼の分身を中で感じれば、今の今まで焦がれていた相手と繋がっているのが嬉しくて、ぎゅうぎゅうと中のベルフェゴール自身を締め付けると頭上から息を詰めるような気配がした。

「…っオレが、居なくて寂しかったか、」

熱く吐き出される吐息のように囁かれ、行為の所為で朦朧とした意識の中、揺らめく金色を確かに此の瞳に捉えて。
先程の揶揄するような声色ではなく、甘く総てを浸食し飲み込まれてしまいそうな其れに、呼吸をするのが精一杯だった。

「っ、は、ぁっ…あっ、寂し、かった、で…、っあ、ぁっん…!」

微々たる酸素を必死で取り入れ、途切れ途切れに紡ぐ言葉の最中に腰を打ち付けられてしまえば、其れは結局最後まで口には出来ず。
腰を掴まれ一定のリズムで前後されれば、狙い澄ましたように良い所ばかりを突かれ、絶え間なく自身の唇からは高い矯声が上がった。ぐるぐると目まぐるしく駆け巡る快楽に呑まれて、無意識の内に腰を揺らしている自分に羞恥を覚えても止まらない。

「ぃ、ぁあ…っ!ふ、ぁ、あんっ…!」

「……っ、…は、」

吐き出された熱い吐息と共に、形の良い輪郭を沿ってぽたり、と胸に雫が落ちる。
互いに何時もより上り詰めるのが早い事を肌で感じて、此の人も自分を求めてくれていたのだろうかと思えば必要以上に責き立てられる気がした。

「ふ、ぁっ、ぁあ…! せん、ぱ…っ」

「…っ、フラン…」

縋るように手を伸ばせば、捕らわれた指先を絡めて白いシーツに影を落とした。
抉るように貫かれては言いようない熱が渦巻き、押し上げられた脚ががくがくと震え、頭の中が真っ白になり何も考えられなくなって。
一際強くベルフェゴール自身を締め付け、ぴん、と伸ばした爪先と上り詰める快楽に倣うように白い喉を弓なりに反り返した。

「っひ、ぁ…っん、ぁあああ…っ!」

「……っく…、」

最奥を穿たれた瞬間、全身に電流が流れるような感覚を迎える。激しく収縮を繰り返す中の動きに釣られ、迸った熱い欲望を体内で感じながら何時の間にか意識を手放した。


**


柔く締め付けられるような息苦しさに、目を覚ます。
視界一面に飛び込んできた肌色を認識して、あぁそうか、と思い至った。
しゅ、と布擦れの音が聞こえて、まだはっきりとしない思考の中で揺らめいた金色。

「……おはよ、フラン」

不意に先程の仕打ちが蘇った直後、掠れた声が呑気にも挨拶をしてきたので、朱く熱が集まる頬を隠すように背を向けて口を閉ざした。
後ろから何度も話しかけられようとも擦り寄られようとも無視を決め込むと、暫く経ったのち漸く大人しくなる其の人。

静かすぎるのが逆に気になって、思わずちらりと振り向くと、にやにやとした笑みを口端に携えた其の人と目が合ってしまった。

「なぁ、陰で可愛い事してんだな、フラン」

「…っ…! …も、ちが…っ」

「……気持ち良かった? 玩具」

「……っ…!」

かぁっと耳まで真っ赤に染め上げて塞ぐように布団を被れば、尚もしつこくからかうように話し掛けてくるベルフェゴール。あろうことか、玩具とオレのとどっちが良かった?等と聞いてくる始末で。
どうしようもなく恥ずかしくて、じわりと涙すら浮かんだ。

布団を被った侭反応を示さない自分に流石にやり過ぎたと自覚したのか、ごめんな、とあっさり謝罪の言葉を口にしてくる其の人に、反省の色等全く見えない訳で。

「なぁ、オレが居なくて寂しかった?」

「……………」

「なぁ、寂しかった?」

「……っ…寂し、かった…です」

「……ん、オレも寂しかった」

そう言って猫のように擦り寄り額をぶつけてくる其の人は、そうすればミーが此以上怒れないと分かっていてやっているものだから、本当に狡い。
柔らかな蜂蜜色の髪に指先を埋めて、銀色に光沢を放つ其れをそっと外せば、相手に聞こえないくらい小さな声でお帰りなさい、と呟いた。


天使




20111110


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