short | ナノ

 


何の変哲もない、只の先輩と後輩の関係。

胸の奥底に仕舞い込んでいる此の想いも、伝える事で総てが崩れてしまうなら此の侭、此の関係の侭でいい。
他愛いのない口喧嘩も、冗談に聞こえなくもない殺害予告が飛び交う罵倒も自分達にとっては日常で。

こんな関係が、ずっと続くと思っていた。




「お前のこと、好きなんだけど」

何時ものように談話室のソファーで退屈を持て余し、雑誌でも読みながら此の服好きなんだけど、とでもいうようなさらりとした物言いで突如告げられた言葉。
其の言葉の意味を理解するのに遅れて、聞いてるのかと訝しげに問うベルフェゴールにはっと意識が引き戻された。

脳が少しずつ理解をしていくに連れて、心臓が煩く音を立て始めるのを見切られないように、必死で平静を装う。

此の人は、いきなり何を言い出すのか。

生憎今日は四月一日でもないし、此方の反応を期待して嘲弄するにしても他に気の利いた謳い文句があるだろう。其れにしたって、同性に言われるのにはインパクトのありすぎる冗談に動揺するよりも先に、其の冗談を言っている相手がベルフェゴールだという事が重要な訳で。
酷くぐらつく内心を表情にはおくびにも出さず、成る可く呆れた風を装い視線を投げた。

「いきなり何言い出すんですかー。もっと笑える冗談があるでしょうに」

「……それマジで言ってんの?」

其れは此方の台詞だと言いかけたが、視線を向けた先に不機嫌宛らの其の人が居て、思わず口を噤んだ。何をそんなに機嫌を悪くする必要があるのか全く見当がつかず、次にどう言葉を発したら良いのか思案している最中。

不意に影が落ち、顔を上げた先で、予想以上に近く位置づいたベルフェゴールがいて。途端に心臓が跳ねると同時に、思わず後退ると腕をがっちりと掴まれて阻止された。

「な、んですか…離してくださ、」

「あのさ、冗談なんかじゃないから」

遮るように落とされた声色に、心臓がばくばくとより一層大きな鼓動を立てて、追うように見上げれば唇を引き結んだベルフェゴールが目に入り、息を詰めた。

騙されては、駄目だ。
からかわれているに決まってる。

日常的に死ねだの殺すだの吐かれ、其の上ナイフを投げてくるような人間に好きと言われて、はいそうですかと納得する人間が何処にいるのだろうか。相手にとっても、何時もとて毒を吐き続ける自分を好きになる要素等微塵にもない訳で。

「……なぁ、聞いてんの?」

「…っ…す、みませーん、ミーの負けですー。今すぐ白旗上げるんで、そういう質の悪い冗談は…っ」

ふわりと香った其れに、一瞬立ち止まってしまった自分が馬鹿だった。
気がついた時には、ぴたりと密着した唇に酸素を与える道を閉ざされてしまっていて。
視界一面を占める金色に完全に思考を奪われ、驚きに瞳を見開いた瞬間、反射的に思い切りベルフェゴールを突き飛ばして談話室を飛び出していた。

フラン、と自分の名を呼ぶ相手の声すら耳には届かず、無我夢中になり自室まで駆けた。



自室に辿り着き、乱暴に扉を閉めた頃には既に息は大きく上がっていて、慌ただしく洗面所に向かい、鏡に映った自分を見てはっとする。
まるで林檎のように耳まで真っ赤に染め上げた自分自身等初めて見るもので。途端にどうしようもなく羞恥が込み上げ、服に水が跳ねるのも気にせず熱を冷ますように乱暴に顔を洗い、ベッドに倒れ込んだ。

未だに残っている、重なった唇の柔らかな感触を思い出すだけで顔に熱が上り詰めそうな自分が憎い。
冗談だと、思い込みたかった。
端から有りもしない期待をして、傷付きたくなくて。でもそんな心の片隅に、もしかしたら、と期待をしてしまう自分がいて。
たった一瞬、あれだけの出来事で、ベルフェゴールに頭と心をぐちゃぐちゃに掻き乱されたようで、其れがどうしようもなく悔しく、振り払いたくて、勢いよく頭から布団を被った。


**


新人のスカウトと称した拉致をされ此処に連れて来られてからというものの、世話係だか何だか知らないが、ベルフェゴールと組まされる事が日常茶飯事だった。
第一印象は最悪以外の何物でもなく、最初は本気で疎ましく思っていたベルフェゴールに対して何かが芽生え始めたのは何時の事だったか、今となってはもう覚えていない。
ふとした瞬間、だったと思う。悪態を吐きつつ、任務に慣れていなかった自分を庇って怪我をしてしまっただとか。慣れない立て続けの任務で疲労もピークに達し、報告書も書かず眠ってしまった時、目覚めたら完成された其れが乱暴に机の上に置かれてあったりだとか。
少しずつ芽吹いていく自分の想いから目を逸らし続け、気づいた時には引き返せなくて。自分とベルフェゴールの間に立ちはだかる大き過ぎる壁は越えてはいけないものだから、と自分自身に言い聞かせて逃げて。仮にも側に居られるのなら、ずっと先輩と後輩の関係の侭でいいと思った。

しかしそんな決意をした中、突如としてベルフェゴールから告げられた言葉は、酷く自身の心を揺さぶるもので。でも、もしもまた何時ものようにからかっているだけだとしたら。

傷付くのは、自分。
此の想いは、伝えなくていいと思った。


**


とっぷりと日が落ち、闇に沈んだ木々の道を辿る最中。
肩を並べて歩く訳でもなく、一歩先を行くベルフェゴールの後ろから其の背中を見つめてゆっくりと後を追った。
つい此の間までは、互いに悪態を吐きながらも隣に位置して帰城していただろう。気まずい、なんて過去の自分等に言ったら笑われるだろうか。

ぼんやりと思案に浸っている中、不意にひゅるっと息の吸い込む音がした。

「オレの背中に何かついてる?」

脚を止め、振り返ったベルフェゴールにドキリとして釣られるように立ち止まった。意識はしていなかったので覚えてはいないが、どうやら無意識の内に食い入るようにベルフェゴールの背中を見つめていたらしい。
返答に口ごもると、微かに草を踏む音と共に相手が距離を詰めてきたので、反射的に後退るとベルフェゴールが口端を歪めた。

「別に、こんな所で襲ったりしねーよ」

「っ…そんな、こと…思ってない、です…」

「だったら何で避けんだよ、逃げる必要ねーだろ」

木々の隙間から覗く月明かりが金色の髪を照らし瞬く様は美しかったが、逆光で窺えない相手の表情が、訳もなく不安を駆り立てた。

気がついた時には既に目の前に立っている相手を見上げると、形の良い唇は引き結ばれている事だけは分かって。

「フラン」

名を呼ばれて前髪越しに視線が交われば、予告なく伸ばされた手を再び避けそうになるのを堪えて動作を見守る。
そっと頬に触れられた指先からじんわりと熱が伝わってしまいそうで、思わず呼吸をするのも忘れてきつく目を瞑った。

「好き」

「…っ! …あ、の…せんぱ、」

「引かれてんのは分かってるけど、好きでるくらい、良いだろ」

此方の言葉も待たずに離れて行く指先に浮かされた熱を弄び、再び背を向け遠ざかって行くベルフェゴールに心臓が嫌な音を立てた。

行かないで、下さい。

一生伝える事はないと決めた、胸の奥底に仕舞い込んだ想いは溢れるばかりで塞き止める方法すら分からず、じわりと視界が滲んだ。何かが喉に詰まったように声を発する器官はまるで役にたたず、募る想いは声になってはくれない。
喩え期待して傷付く事になろうとも、あの指先は決して離してはいけないような気がして。

震える脚を奮い立たせて、自分でも無意識の内に駆け出し、遠ざかる背中に抱きついた。


ちに、




20111005


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