short | ナノ

 


「……あ」

ばったりと出会して、互いに声が漏れる。

下校時刻。大勢の生徒達が次々と校舎から消えていく中で此奴に出会い、偶然と言う名の神に感謝した。
目の前に居る翡翠色の髪をした其奴の隣に何時もいる弟の姿が見当たらなくて、無意識の内に口角が緩む。下校時は何時も彼奴と帰っているのに今日はどうしたのだろうと気になり、さり気なく訊ねると、其のオレが発した片割れの名に目の前の其奴は一瞬で顔を曇らせた。
予想外の反応におや、と思うと俯き加減であんな人知りません、等と漏らしてきて。

何か、あったのだろうか。

此奴等の間で、喧嘩は日常茶飯事である事等疾うに知り得たものだが。のちに引き摺る程の仲違いでもしたのだろうか。まさかとは思うが、其のまさかであってくれたなら、オレはどんなに歓喜する事だろう。
推測を立てつつ淡い期待に胸を膨らませ、内心聞き出したくて仕方のないオレの気持ち等露知らず。不意に目の前の其奴が顔を上げた。

「あの……一緒に帰りませんかー?」


**


日の沈みかけた夕闇に染まる空の下、何故かオレはフランと肩を並べて歩いている。

訣別という淡い期待を抱いていたものの、矢張り流石に其処まではいかず、弟とはどうやら些細な事で喧嘩をしただけらしい。いっその事、其の侭拗れてしまえばいいのに、と思うだけなら自由である筈だ。
先程から絶えず語られる弟への愚痴は其の可愛い顔からは想像もつかないくらいの大量の毒が仕込まれており、喧嘩の度に此をずっと浴びせられたら堪ったもんじゃないな、と今此処には無き弟に軽く同情すらした。とは言っても、どうせ彼奴が原因なんだろうけど。
一生懸命熱弁しているフランに適当な相槌を打ちながら、其の翡翠を見つめる。

怒っているフランも可愛いな、なんて。

オレに対して此処まで感情を露わにしてくれるまでに相当な時間がかかったと思うし、彼奴がいなければオレが一番親しい立場に立って、あわよくば此奴を独占する事すら出来るかもしれないのに。何処までも価値観が合わず何処までも相対してきた彼奴と、結果同じ奴に惚れるだなんて皮肉な話だけど。

彼奴が、いなければ。

超絶仲が悪く、出来る事なら本気で朽ち果ててしまえばいいのにと思う位に大嫌いな彼奴と、いっそのこと此の細胞が一つだったら。そしたらフランはオレの物になるのに。其処まで考えるようになってしまった自分は、相当此奴にのめり込んでしまったんだと思う。
あの時、彼奴より先に行動を起こしていれば違う未来も待っていたのだろうか、等と柄にもなくそんな事を思った。

「……お兄さん?」

フランの声にはっと意識を引き戻され、顔を上げる。
どうしたんですか、ぼーっとしちゃって、と不思議そうに小首を傾げながら、あろう事か上目使いで此方の顔を覗き込むようにして見つめてくる其の瞳に心臓が高鳴った。
話、ちゃんと聞いてくださいよ、って。自分の事ばっかりの可愛いフラン。オレの気も知らないで、いい加減気づけよ、馬鹿。
意識が自分に向いてくれたと分かって再び饒舌になる其奴に、オレはまた適当な相槌を打つ。話なんて殆ど聞いちゃいなかったけど、不意に耳に入ってきたオレへの言葉だけは目敏く拾った。お兄さんの方が大人だし、等と言われながら其の硝子玉のような翡翠色の瞳で見つめられると、本気で勘違いしそうになる自信があるので止めて欲しい。何も反動がないのなら、もう余計な期待なんてしたくない。

「……お兄さんと一緒にいた方が、いいのかな」

ほぼ反射的に、ぴたりと脚を止めた瞬間、翡翠色の髪を浮かせて其奴が振り返った。
どうしたんですか、と不思議そうな顔をするからには、呟いた言葉がオレの耳に入った事に気づいてはいないらしい。

どういう意図があって、そんな事を言ったのかは分からない。只単にベルに呆れて、其れを強調する為の手頃な引き立て役として例にオレが出ただけなのかもしれないし、其の言葉に深い意味等皆無なのかもしれないけど。目まぐるしく回る思考は、一向に纏まる気配すら見えないのに、自身の鼓動は増すばかりで。

結局頭でごちゃごちゃと考えるのが面倒になり、目の前の腕を強引に引き寄せれば、華奢な身体を閉じ込めた。







20111002


[back]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -