short | ナノ

 


しんと静まり返った薄暗い部屋に響く、しとしととした雨音を感じながらオレは眠りの狭間を彷徨っていた。

微かにドアノブの回る音に反応して薄らと瞳を開き、扉の方向に目線を寄越せば其処に小さな影がぽつんと立っていて。

「……ベル、センパイ」

暗闇の中、聞こえてきたか細い声。

おいで、と声を掛けると程なくして扉の閉まる音が聞こえてぱたぱたと小さな足音が此方に近付いてきた。ベッド脇のスタンドに明かりを灯していた為、段々と其の姿がはっきりとした物になる。
何時も頭にある邪魔くさそうな蛙は無くて、オレの後輩兼恋人であるフランの格好はオレが強制的にプレゼントしたお下がりのボーダーシャツ。しかし其れは其奴にはでかすぎたらしく、膝上までの長さのシャツからすらりと白い太腿が惜しげもなく露出していた。
着てくれたのか、等と言う素直な感想よりも真夜中とはいえ此の格好で廊下を歩いてきたらしい、恋人の自覚のなさに不安を覚えた。此奴が男とはいえ、中性的で幼い顔立ちと華奢な身体付きは、十分雄を欲情させる魅力が備わっているのだから。
ベッドから身を起こしたオレはフランの身体を抱き寄せ、額に軽くキスを送った。
ちゅっ、と可愛らしいリップ音を立てて戯れるようなキスを鼻や目元と至る所に落としていけば、くすぐったそうに瞳を細めるフランは子猫のようで酷く愛らしくて今すぐにでも組み伏せてやりたくなる。

愛らしい、が。

「じゃ、おやすみ」

そう言って小さな体をあっさりと解放して其奴に背を向け横になれば、背中からえ、と拍子抜けしたような声が聞こえてきた。そんな恋人の困った顔を想像して、自然と口角が上がる。

真夜中に、しかもこんなあからさまな格好で、フランがオレの部屋を訪ねてくる理由は一つしかない。頂きたいのはやまやまだが簡単に誘いに乗るのもつまらない。何時もオレばかりが此奴を求めているから偶には求められたいと思うのも正直な所で。

フランがどんな行動をとるのか、少し意地悪をすることにした。






「……………」

「……………」

「………あ、の…」


絞り出した声は、情けなかったと思う。

此の自称王子で俺様な此の人に脅しという名の告白をされて付き合いだしてから、彼に教え込まれた身体は暫く触れられていないと嫌でも刺激を求めるような厭らしい身体へと成長してしまった。
最近はまるきり御無沙汰だった所為か疼く身体が既に限界を訴えていたので、意を決してこんな格好までしてやって来たというのに。
年中無休発情期な此の人の事、こんな格好でもすれば直ぐにでも誘いに乗ってくるだろうと思っていたのだが。彼にもやる気の起きない日というのがあるのだろうか。よりによって、今日。

此の侭だと自室に戻り自分で熱を解放するしか道はないのだが此処まで来て部屋に帰るのも嫌で、其れでもどうしたら良いか分からず、只ベルフェゴールの背中を見つめる事しか出来なかった。

「……セン、パイ…」

「……何」

「……あ、の…」

歯切れ悪く言葉を紡いだ瞬間、今まで背を向けていたベルフェゴールが此方を振り返った。じっと食い入るように見つめられて、空気の読めない自身の身体が意思とは関係なくじんわりと疼く。
言葉を発せずにいると不意に彼が体を起こしてきたので、其れに釣られて俯いていた顔を上げた。

「……欲しいの?」

漸く此方の心情を汲み取ってくれた事に若干の恥じらいを覚えながらもこくりと小さく頷いた。
自分に向けられる痛い程の視線を感じながら、寝台に引き倒されるのを待っていた最中。不意にベルフェゴールが静かに口を開いた。

「……じゃあ脱げよ。全部」

「えっ…」

思わずといった風に声を漏らして顔を上げた先、じっとりとした視線を此方に向けるベルフェゴールがいて。何時もみたいにからかうような笑みを浮かべていてくれれば良かったものの彼は無表情で、発せられた言葉の意味を理解すればじわじわと足元から嫌な予感が込み上げてきた。

「………や、…です…」

「……あっそ。じゃ、いーや」

そう言って再び布団を被り、背を向けようとする相手を慌てて呼び止める。振り返った其の瞳は前髪に覆われて窺えないのにも拘わらず、面倒な意を含んだ視線を感じて凍りついた。

勿論、其れがベルフェゴールの演技であるということに気づきもせず。

「…わ、…かり、ました…」

今にも消え入りそうな声を発すれば、意を決して自らの服に手を掛けた。元から其の気であったので、だぼだぼのボーダーシャツの下は穿いておらず、無論、全部脱げと言われたので下着も脱ぐ。肌寒さもあったが何より一人だけ全裸なのが酷く恥ずかしくて、近くにあった毛布を纏いベルフェゴールを待った。

だが暫く経っても一向に其の腕が伸ばされる気配が無く、待ってる時間さえ歯痒くて、思わず薄い毛布の中で脚を摺り合わせた時、求めていた声が鼓膜を震わした。

「で?」

「えっ、……」

「だから、それでお前はどうして欲しいのかって聞いてんの」

詰るように問い詰められて、分かってるくせに、と小さく唇を噛む。
羞恥に俯いていても時が解決してくれるものではなく、何か言わなければならないのは頭では理解しているが恥じらいが其の一歩を押し留める。第一、誘い方なんて分からない。

しんと静まり返って、長い一拍の後。
漸く決心したように顔を上げ、羞恥を押し殺して震えるように唇を開いた。

「……さ、触っ…て、…くだ、さ…」

「……あぁ、触るだけでいいの?」

「…っ、……センパイっ……」

どうしようもなく恥ずかしくてじわりと双眼が水気を帯びる。意地悪しないで下さい、と言いたくても其れは声にならなくて、不意に其の様子を黙視していたベルフェゴールの喉がこくりと上下した。

直後、其れまできりきりと繋いでいた細い糸がプツンと途絶えたようにベルフェゴールは素早くフランの両手首を捕らえて後方のベッドに組み伏せた。裸体を包んでいた毛布を乱暴に剥ぎ取られて、思わずあっ、と声が漏れて間もなく、荒々しい口付けと同時に胸に愛撫が送られてまともに息が出来ない。

「…んっ、…ふ、ぁ」

酸欠に陥るのではないかと錯覚する程に唇を堪能されたのちに漸く解放されて、息を整える間もなく胸の飾りを指で弄ばれる。空いているもう片方の突起にきつく吸いつかれると漸く待ちわびた刺激が身体を電流のように駆け巡り、唇からは甘ったるい愛嬌が漏れた。
ぐりぐりと膝で敏感な箇所を押し上げて嬲られるのが気持ち良くて、自らの意思とは関係なく腰が揺れる。其れに気づいたベルフェゴールがまるでチェシャ猫のようにニヤリと口角を上げた。

「……ししっ、…超淫乱」

低く艶っぽい声で囁かれて下半身がじわりと熱くなるのを感じた。
胸を愛撫していた掌が身体のラインを沿うようにして降下し、既に先走りでぐしょぐしょの自身を素早く上下に抜かれればぴんと張り詰めた爪先にまで電流が伝わる。内腿に手を添えられたかと思うとぐっと左右に脚を割られ、恥ずかしい所をベルフェゴールの眼前に晒されてしまった所為で顔に熱が上った。
つぷ、と長い指が秘部に突き立てられたが前戯で既に潤っていた其処は容易くベルフェゴールの指を受け入れ、二本目にも直ぐ順応した。解すように指をばらばらに動かされて内壁を擦るように掻き回されれば快感が声にならない叫びを上げる。

「っ、ぅあ、ぁんっ…っ」

「……ししっ、可愛い」

ナイフ胼胝のある指が中を押し広げるように根本まで掻き混ぜ、良い所ばかりを攻め立てるものだから。既に限界を迎えそうになって込み上げる絶頂に身を委ねようとした其の時。中を弄んでいた指が突然引き抜かれ、縋るより早くいきなり身体が宙に浮いた事に驚いて四肢をばたつかせた。
其の侭ベルフェゴールの腹の上に乗せられてしまい、訳が分からないと言うような視線を送った先で酷く艶めかしい笑みを浮かべるベルフェゴールがいたものだからどきりと心拍数が上がった。

「そんなに欲しいなら、さ。今日はお前が動けよ」

快楽の登りから一気に地の底へと突き落とされるような言葉を発せられて全身が固まる。彼の上で、腰を振れというのか。そんな公開自慰に近い行為を、増してやベルフェゴールの眼前で。出来る訳がない。
固まった侭動けずにいると、此方の心情を汲み取ったかのように薄く笑ったベルフェゴールが自身を取り出した。酷く膨張した其れは既に屹立しており、其れを見た瞬間自身の内壁がきゅう、と欲するように疼いてしまった。本人よりも自分の身体を熟知されている気がして、酷く羞恥が込み上げる。
此処で自分が拒否をしたとしても其れを受け入れてくれるような人ではない事は、経験上、痛い程分かっているから。羞恥を押し殺して、腹を括ったようにベルフェゴールの腹筋に手をついた。

そっとベルフェゴール自身を掴み、腰を浮かせて跨る。震えるようにゆっくりと自身の中心部に導けば、つぷりと蕾に先端が埋まって思わず甘い声が漏れた。

「…ぁ…ん…っ」

ずぷ、ずぷ、といとも簡単にベルフェゴールを飲み込んでいく自身が浅ましく、良いように躾られているという事を犇々と実感して唇を噛み締めた。内壁を押し広げられる感覚が堪らなく気持ち良い。早く動いてしまうと直ぐに達してしまいそうだったからきつく瞳を瞑って耐え凌ぐ。
じっとりと下から向けられる熱を帯びた視線から逃れたくても、体勢がそうさせてくれない。男根を飲み込んでいく自身もベルフェゴールからすれば全てが丸見えなのだと思えば、中に挿入った熱い欲望を無意識にも締め付けてしまう。

少しずつ挿入を深めていると突然舌打ちが聞こえてきて、疑問を感じるよりも早く腰を強く掴まれた。

「……早く、しろよ…っ!」

「っ、やぁあ、あぁっ!」

慎重に挿入を深めていたにも拘わらず、突然下から思い切り突き上げられて禊が根本まで深く突き刺さった。息つく間もなく下からがつがつと突き上げられれば容量をオーバーした快楽が一気に全身を襲い、頭の中が真っ白になる。

「あっ、ぁっ、ひ、ぁあっ…!」

「……っ、」

目の前がチカチカと点滅してきたのを感じた時、ぐるりと視界が反転した。背中が深く沈む感覚に瞳を開けば、自分を見下ろすベルフェゴールが其処にいて。前髪の隙間から覗く普段は覆われて見えない其の瞳は、まるで獲物を捕らえた獣のようにギラギラと欲に満ちた眼光を放っていた。
其の瞳に捕らわれた瞬間に自身の内壁がひくりと疼いて、膝頭に手を置かれたかと思うとぐっ、と脚を胸に着く程に折り畳まれて深く繋がった。其の侭前立腺を抉るように腰を打たれればもう何も考えられなくなって、耳を犯す淫靡な音と乱れた吐息が自身の羞恥だとか理性だとかそんな物を総て吹き飛ばしていく。

「っ、ひぁっ、せん、ぱ…、ひぅぁっ、っんゃ、ぁあっ!」

「……っ…!」

絶頂に達するとほぼ同時に、ベルフェゴールもドクン、と脈を打つ。中で放たれていく熱い欲望を感じながら、フランは何時の間にか意識を手放した。


**


ゆっくりと瞳を開けば、まず視界に広がったのは霞色の天井。

此処は、何処だ。
ぼんやりとした頭で考えていた時、無性に身体の気だるさを感じて思い出した。
起き上がろうとした所、がっちりと何かに抱きすくめられていた為に其れは叶わず、頭だけを動かして隣を見る。其処で眩いばかりに輝く金色が視界一杯に広がり、瞳を細めた。
意識が飛ぶまでの情事を今思い出すと予想以上に乱れてしまった自分が酷く恥ずかしくて頭を抱えそうになる。其れも此も、意地の悪い此の男の所為だ。
人の気も知らず安らかに眠る金髪の頭をぽか、と軽く叩けば、小さな呻き声が聞こえた。

「………フラン…」

起きたのか、そう思った矢先にすぅすぅと安定した寝息が聞こえて来たのでどうやら寝言だったらしい。掠れたような柔らかな声色に思わず頬が染まる。
矢張り自分は熟(つくづく)此の人の事が好きなのだと実感させられて悔しくなった。惚れた弱味ではないが、此ばかりは仕方がない。

自分自身に意味のない言い訳を述べながら相手の胸に寄り添い、フランはそっと瞳を閉じた。


紅靄に反射する蝶快




20110925


[back]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -