short | ナノ

 


*まだ二人は付き合っていません
*強姦表現があるので注意







「…っも、やだーっ…! 離、せ堕王子…!」

「こっちがやだね。つーか堕王子言うな。そんでもって暴れんな」

「やぁーっ…!」

会合先で宿泊するホテルに到着し、フロントでルームキーを一つしか渡されなかった時点で可笑しいと思っていた。
幹部という待遇にも拘わらず一人一室が与えられないのは違和感があるし、経費を削減するつもりならば辻褄が合うがあの作戦隊長がそこまでケチるわけもない。
本当にベルフェゴールと相部屋なのか、と隊長に確認を取る暇もなく引き摺り込まれ、結局ホテルの一室で二人きりになってしまって。

窮屈なタイを緩めて慣れないスーツを脱ぎ捨てて、逃げるようにバスルームへ行こうとした所で捕まってしまった。

「いたいですーっ…」

「お前が抵抗するからだろ。強く掴んどかないと幻覚と掏り替わるし」

綺麗にメイキングされたベッドに放り投げれ、逃げられないようにとリングまで没収されて。力一杯に肩口を押し返したり足で蹴り上げようと試みたが、脚を割られて手首を取られてしまえば力の差は歴然で。

どうにか抜け出そうと身を捩り、ぐうっと顔を背けた所で耳を食まれてびくりと身体を揺らした。

「うししっ、かーわいい」

「や、だ…っ! 離せ、って、ひゃ、ん」

かぷりと耳を甘噛みされ、弄ぶように舌先で突かれて唇から上擦った声が漏れる。
己の意思とは反した甘えるような鳴き声が自分の口から飛び出した事に動揺し、より一層ベルフェゴールの腕の中でじたばたと抵抗した。

「だーから、暴れんなって言ってんだろ」

「やだ…っ、だって、こんなことっ…」

「もう諦めろってフラン。いつもの事だろ」

「いつも、って…、そんなのっセンパイが、無理やり…っふ」

力任せに顎を掬われて、ぴったりと隙間もなく唇を塞がれる。ちゅう、と音を立てて吸い上げられた舌がじんじんと熱くて、口内を好き勝手に散乱させられてまともな呼吸すら出来ない。

頭の中の警報はとっくにけたたましく鳴り響いているのに、脳裏に過ぎるのは自分を組み敷いているこの男と今迄交わしてきた蜜事。
暴れる四肢を押さえ付けられて無理やり身体を暴かれた事は一度や二度ではなく、性という物を何一つ知らなかった自分がベルフェゴールに教え込まれた事は確かな火種となって此の身体を巣くうように宿り、逃れようと思った時にはもう後戻りは出来なくなっていて。

抵抗しても意味を成さない事を知っていながら、するりとシャツの裾から入り込んできた手を拒絶するように身体を左右に捻る。
ごそごそと何かを探るような手つきにぞくりと反応する背筋なんて知らない振りをしていれば、漸く見つけたらしい胸の頂点をきつく摘み上げられて息を詰めた。

「…っ」

「もしかして痛い方が好きなわけ?」

愉しげに言いながら覆い被さってくる其の人を睨んでみても、余計に喜ばせるだけで逆効果なのは分かっているのに。
突起を吸い上げながら片手で器用に下着を剥ぎ取ろうとしてきたので、膝頭で股間を蹴り上げてやろうとすれば其れより先に敏感な部分を握り込まれて悲鳴を上げるしかない。

「あ、ぅ…っ」

「まだ触ってもないのに硬くなってんだけど…ホント素直じゃねーよな」

「だれが…っあ、…!」

ビリッと鈍い音を立てて下着をナイフで引き裂かれてしまい、ただの布切れと化して役に立たなくなった其れはあっさりと取り払われてしまった。

「ふざけん…なっ、ぁ…!」

「ちゃんと後で弁償してやるっての。いいから後ろ向けよ」

解いたタイで手首を一纏めに縛り上げられた侭、強制的にうつ伏せにさせられる。体勢を整えようと身体を浮かせた所で腰だけを持ち上げられ、ベルフェゴールに向かって尻を突き出すような格好になってしまい顔に熱が集中した。

つるりと丸い双丘を撫でながら中心部に指先が触れた瞬間、制止の声も虚しく突き立てられた其れに喉を鳴らす。

「んっ…く、ぅ」

幾度か犯された経験があっても矢張り慣れることはなくて、異物が浅い場所を緩やかに出入りするのがもどかしい。
奥に潜んだ秘境には届かず、中途半端な刺激に耐えかねて身を捩るが解放してくれる筈もなく。
内壁を解すように器用な動きで指を混ぜていたベルフェゴールが、伸し掛かるようにして背中に密着してきた。

「カエルの考えてること、当ててやろうか」

「……ぅ、あ…っ」

「指だけじゃ物足りねーんだろ」

ぐりっ、といきなり奥の痼りを潰されて、上がった嬌声が裏返る。
ぎゅうぎゅうと中に挿入った指を締め付けているのは自分でも分かっている。分かっているけど、知らない振りをしている。そうでないと、何時ものように我を失って欲望の波に飲まれてしまいそうで。

ベルフェゴールの意地悪な問いにも答えず身を強張らせて与えられる刺激に耐えていると、其れまで突き立てられていた指が引き抜かれてしまった。
押さえ付けられた状態で何やら後ろでごそごそとした動きを感じ、首だけで振り向けばベルフェゴールが片手でゴムを付けている所で。

「…っ…ずいぶんと、用意がいい、んですね」

「…んー、最初から抱くつもりで同じ部屋取ったしな」

嫌味を込めて言ってやれば、簡単に受け流されて腰を掴まれる。
此処まで来てしまえばどう足掻いても無駄だと悟り、訪れるであろう重量に耐えるべく身を固めて大人しく動きを止めた。
が、何故か何時まで経っても一向にベルフェゴールが其れ以上の動きを見せなくて。

緊張しながらも不思議に思っていると、不意にぽつりと頭上から独り言のような声が落とされた。

「…今日はゴム無しでいっか」

「…は…っ?」

「いーだろ、偶には」

「え…いや、その…」

今し方着けたばかりのゴムをさっさと外し、再び腰を掴んでくる其の人。
今迄、行為をする時は必ずと言っていい程ゴムを欠かさない人だったのに。

此方が未だに困惑している中、返事も待たずに宛がわれた熱に全身が強張る。心の準備が整う前に、ぐっと無理矢理押し入るように侵入してきた質量に背中を反り返らせた。

「う、ぁあ…っ!」

「っ…、きっつ…」

ずっ、と軋んだ音すら立てて小さな蕾を拓かれてしまえば、反射的にベルフェゴール自身をきつく締め付けてしまう。
ぎちぎちに詰め込まれた熱い肉棒で更に奥深くまで貫かれて、声にならない悲鳴を上げて鳴き叫んだ。

挿入するだけで精一杯な其れを直ぐに動かそうとするものだから慌てて制止をかけたが、矢張り聞いてくれる訳もなく。ずるり、と引き抜かれては抉るように中を突き上げられて、次第に頭の中が真っ白になっていく。

「ひ、ぁっ、あ…! 待っ…ぁあっ…」

「あっつい…お前ん中、とろとろじゃん」

「いや…っあ、ぁあ…!」

「いや、とか言う割にいつも良くなってんだろ。…ほら、その気になってきた」

「や、ぁああっ…べる、せんぱ…!」

どうしようもなく熱くて、中が爛れてしまいそうな熱力に逆上せそうだった。
ひくつく蕾を重く押し開けられる度にぞくぞくと背筋に電流が走って、全身を蝕む快楽のことしか考えられなくなってくる。
シーツに立てた膝ががくがくと震え、腰を掴まれていることで辛うじて立っていられる状態だった。
先程は指先で弄られた痼りを今度はベルフェゴールの熱い亀裂で押し潰され、思わず自身の先端が弾けてしまいそうになる。

「…気持ちいいです、って正直に言えたらイかせてやってもいいよ」

「ん、…っぅ、」

「ベルセンパイのでイかせてくださいって、可愛くおねだりしてみて」

「っ…! ふ、だれが…!あ、ぁっ!」

「ほら、早く」

ぎゅ、と根本を強く握り込まれ、迫り上がる絶頂が塞き止められて苦しい。

イかせてください、なんて。
無理矢理犯されている身でそんなことを言ってしまったら、まるで合意の元でこんなことをやっているみたいだ。
堕ちてしまえばきっと後々いいように弱味を握られてしまうに決まっている。絶対に屈しちゃいけないと、分かっているのに。

じゅぷじゅぷ、と前後に抜き差しをされる度に腰が悦びに震えて、すっかり躾けられてしまった年若い身体が其れに耐えるのは不可能に等しかった。

「っおね、が…せん、ぱ…っ」

「お願いだけじゃ分かんないし。ちゃんと言えよ」

「くっ…ぅ、…ばかっ!きらい、です…っばかぁっ…!」

「……きらい?」

子供のような悪態に反応したかと思えば亀裂に軽く爪を立てられて、ひ、と息を飲む。

「ふぅん。お前って嫌いな奴に犯されてこんな善がるんだ」

「ああ、ぁっ…! う、ぁあん…っごめ、なさ…っ!」

塞き止められた侭、滅茶苦茶に腰を送られてあまりの苦しさに早くも折れてしまう。これ以上ベルフェゴールの機嫌を損ねて激しく犯されたら身も心も可笑しくなってしまいそうで。
もうなけなしの羞恥になど構っていられない。必死に酸素を取り入れながら、途切れ途切れに悦楽を乞う。

「あ、ぁ…っイ、イかせて…っくださ…っ」

「…気持ちいい? フラン」

「あ、ぅ…、き、きもち、いい…です…っ」

「……ししっ! そっか、オレも…すげーいい」

ちゅ、と背中にキスを落とされて、律動を早めながら覆い被さってくる其の人。
欲しかった言葉に気分を良くしたのか、塞いでいた根本を漸く解放してくれてラストスパートに向かい一層激しく身体を揺さぶってくる。

ぐちゃぐちゃと肉の交わる厭らしい音が部屋に響くのも気にする余裕すら無く、下腹部から込み上げてくるものに思考の全てを奪われ、ひたすらに喘いだ。

「ん、ぁあ…っせんぱ、イっちゃ…」

「っ、いいぜ…イっても」

「ふ、ぁあ、あぁっ…!」

「……っ!」

どくん、どくん、と中で暴れるように脈を打ち、熱い欲望がぶち撒けられるのを感じながら真っ白な世界で果てた。


**


拉げたティッシュを塵箱に放り投げて、ちらりと視線を寄越す。

頭からシーツを被り、広いベッドの端っこで縮こまるフランの小さな背中に声を掛けた。

「フラン、中の掻き出してやるからこっち来いよ」

「……っ、」

反応した気配はあったが、尚も変わらずじっと丸くなった侭で其れ以上の動きは見せない。
性の悦楽から解放され、冷静になった所で先程の痴態を思い出して今更恥じているのだろうか。

フランを抱くようになる前は後腐れのない娼婦ばかりを相手にしていたので、こういう時はどう扱ったら良いのか分からない。
情事は終わったのに何時までも気後れしている其奴への対処が面倒になり、側にあったティッシュの箱を放り投げてやった。

「嫌だったら自分で処理しろよ。オレはもう寝るから」

「…………」

そう言い残して寝の体勢に入ればずっと微動だにしなかったフランが漸く動き出し、シーツの中から手だけを伸ばしてティッシュの箱を持って行った。

「……っ、…ぅ…」

もぞもぞと蠢くシーツの中から小さな呻き声が聞こえてくるものだから、矢張り気になって眠れない。

性的な経験が無かったフランの身体を無理やり暴いたのは他でもないベルフェゴールであり、しかも男という身であるのに受け入れる方だ。後孔に自ら指を入れた事など無いフランが、自分でまともな処理なんて出来るわけもない。

ず、と鼻を啜る音が耳に痛くて、結局起き上がればフランのシーツを剥いだ。

「っや…! な、に…」

「うっせ。いいからこっち来いって言ってんの」

嫌がるフランを無理やり仰向けにさせて、ばたつく足を押さえ付けて剥き出しの後孔に指を差し入れる。指先にどろりとした生温い感触を感じながら引っ掻くように指を動かせば、其奴は息を詰めて身を固くした。
既に色を失った欲が厭らしくフランの双丘を伝い、終わったばかりなのに己の中の雄が反応しかけてしまう。

慌てて抵抗したくせに今はすっかり大人しくなったフランを不思議に思えば、其奴は細い両腕で顔を隠していて。
中を弄(まさぐ)る度にぴくぴくと反応する太腿に気分を良くしていると、何故かフランのモノが半立ちになっていることに気付いた。
そっと指先で先端を撫でれば面白いくらいに腰が揺れて、思わず口角が上がる。

「掻き出してやってるだけなのに興奮してんじゃねーよ」

「…っ! し、てな…!」

「ヤったばかりなのに随分と元気じゃん。もしかして足りなかった? もっかいする?」

「……! せん、ぱいのバカ…っ!バカ…っ嫌い、大嫌いですー…!」

ぐしゅぐしゅと鼻を啜って本格的に泣き始めるフラン。兎みたいに真っ赤になった目で睨まれて、ぞわりと嗜虐心が煽られる。
脚を開かせたオレの手を払い除け、其奴は再びシーツを引っ付かんで頭から潜ってしまった。

大体、ただの後処理で勝手に勃たせたのはフランで。オレは思ったことを述べただけなのにどうして泣くほど怒るのか。

これ以上ぎゃんぎゃん泣かれても面倒だし、適当にあしらっても良かったけど。何だか納得がいかなかったから丸まったフランを後ろから抱き締めてやった。

「なに泣いてんの?」

「…泣い、てなんか…ないです。触らないでください」

「…じゃあ怒ってる?」

「………」

ぎゅ、と抱き締めれば、拒絶するように身を捩るフラン。逃れたくてもシーツに包まってるから自由に動けないらしい。

「なにが嫌なの? 不満なの? …もしかして気持ちよくなかったから?」

「……なん、で…っそんなことしか、考えられないんですか…!」

オレの言葉にまた怒り出すフラン。其奴の怒り所も言ってる意味も理解出来なくて首を傾げるしかない。

「そんなことって何?」

「……もう、いいです」

お前が良くてもオレは良くないから、と言って無理やり振り向かせると目元を赤くしたフランが恨めしげにオレを睨んでいた。

「……なんで、なんでミーなんですか」

「あ?」

「…っ遊ぶなら、他の…適当な人引っ掛けてやればいいじゃないですか…!」

「…オレだって誰でも良いわけじゃないし。なんでって…言われても」

そこそこ可愛いとか、抱き甲斐があって後腐れなくて…とか、ただの性欲処理でも相手は選んでいるつもりだ。
そしてそんな条件に当てはまるのはフランだけじゃないのに。

「お前がいいから」

「はっ…?」

「だから…適当な奴じゃなくて、お前がいいの」

「……なん、で」

何故かフランの瞳が揺れたような気がして、そんなことを口走った自分自身にも疑問が浮かぶ。

なんで、って。自分でもよく分からない。

ただ他の人間とフランが違うのは『独占したい』という切なる支配欲が湧くということ。

側にいて手元に置いておくだけじゃ満足出来なかったが、初めてフランを抱いた時に其の欲望は満たされることを知った。
情事の最中のフランは余計な事を全く考えず、此方のことしか頭に無いのが犇々と伝わってきて妙な安心感を覚えたりもした。

何時もは顔色一つ変えず、何を考えているか分からないくらい淡白なフランが、オレの言葉や指先一つで乱れてしまうのが凄く楽しくて、そんな姿は誰にも見せたくないし渡したくないとも思う。
同じように身体だけ繋げてきた他の人間に対する感情とは明らかに違う、独占欲。そんなことを思うのはフランに対してだけ。どうしてなのかは、矢張り分からないけど。

「…なんつーか、身体も心も気持ちいいの。お前を抱く時だけ」

「……どう、して…」

「どうしてって…、…わかんねーけど。とにかくオレはお前がいいの。他の奴とかじゃなくてフランを抱きたいんだよ」

そう言ったきり、押し黙ってしまった其奴が何かを思案するような顔をしていたから。
オレから気を逸らして他の事を考えているのが気に食わなくて、目の前のフランを腕の中に閉じ込めた。

「なに考えてんだよ」

「…別に、なにも」

隠すような素振りの返答にもムッとなり、更にきつく腕に力を込めれば、苦しいですと不満気な声を出されて余計に面白くない。

「……オレのことだけ考えてればいいのに」

「え?」

思わず口から零れた本音に反応したフランが瞳を白黒させてオレを見つめてくる。
不満気に唇をへの字に曲げた侭じっと見つめ返せば、途端に瞳を泳がせた其奴が、何故か、頬を赤らめたように見えた。

……なんなんだ、此奴。

「…お前、もしかしてオレに惚れてんの?」

「……っ違います、自惚れるのも大概にしてください」

フランが、オレと見つめ合った瞬間に顔を赤くするから。好意があるんじゃないかという何となくの思い付きを口にしただけなのに。
やけに早口になってオレの言葉を素早く否定するフランの様子が何時もと違って面を食らう。

そっぽを向いたフランの横顔はやっぱり仄かに色づいていて、どきん、どきんと其奴の緊張が伝染するかのように、己の胸中がざわめきだす。

…なんだよ、此奴。まさか本当にオレのこと好きだったわけ?

じゃあ今まで嫌々言いながらも何だかんだで抱かれてたのは、単に気持ち良いからとかじゃなくてオレが好きだから?

いつも素っ気ない態度だったのは、好意を悟られるのが恥ずかしかったから?

…だとしたら、此奴すっげぇ可愛くね?

「なぁ、付き合ってやろっか」

「…っ! 馬鹿にしてるんですか…!」

「してねーよ。オレもお前のこと好きだし」

そう言ってやればじわりと綺麗な瞳を見開き、信じられないとでも言うかのように瞬きをする。

「…ミーのこと…好き、なんですか?」

「ん、……多分」

「多分って…」

驚いたような顔が一気に不貞腐れ、ふんと再びそっぽを向こうとしたので慌てて訂正し直した。

「嘘、多分じゃなくて本当。好きだって」

「タラシなベルセンパイの言うことなんか信じられませんー」

「…だってお前以外はもう抱く気になれないし、お前が他の奴のモノになるのだって絶対に嫌だし、それに…」

押し返そうと伸びてくる腕を取り、抱えた頭を胸に抱き込んで囁く。

「フラン、好き。お前もオレのこと好きだろ?」

「……っ」

ちゅ、と囁いた耳朶に口付けてやれば、動きを止めたフランがゆっくりと顔を上げる。
此方の真意を探るように隠れた瞳を観察しているようで、何をそんなに警戒する必要があるのかと不思議に思う。

フランはオレのことが好きで、オレもフランのことが好き。ただそれだけの事なのに。

「…浮気、しませんか?」

「しねーよ」

「…じゃあ、やっぱり飽きたから別れようとか、言いませんかー? 」

「言わねーって。お前オレをなんだと思ってんだよ…」

「本当ですかー? …嘘吐いたら、酷いですよー」

「嘘じゃねーよ。愛してる」

「…よくもそんな白々しい台詞を恥ずかしげもなく言えますねー」

「んだよ、嬉しいくせに」

「…………」

ぺらぺらと饒舌に意志を確認してきた唇が唐突に閉ざされ、静かになる。

フラン?と呼び掛けても反応はなく、暫く考え込むように俯いたかと思えば、ぽつりと蚊の鳴くような声で口を開いた。

「……ミーも」

「ん?」

「……ミーも、好き、です…センパイのこと」

「…知ってる。オレも好きだし」

「…好き、ですか」

「うん」

そう言ってやれば、漸く安心したように嬉しそうな笑みを浮かべるフラン。

…此奴のこんな笑顔、初めて見たかも。

無性に愛おしくなったから、おいで、と腕を広げれば恐々と寄り添ってくる其奴。さっきまではあんなにつれない態度ばかりだったのに、両思いだと分かったらやけに素直。

…すげー可愛い。フラン可愛い。どうしよう、本気で好きになっちゃったかもしれない。

「…フラン、好き」

「…んー…」

「好き、大好き、愛してる。だからさ…」

「…んー…」

「もっかい、えっちしよ」

「…んー…、……は?」

夢から覚めたように、頓狂な声を上げて目を見開くフラン。
でも、もう遅い。うんって承諾した言葉、はっきりと聞いたし。

フランの上に覆い被さるようにして伸し掛かれば、見る見る内に目の前の其奴の顔が怒りに満ちてくる。

「ミーはあんたのセフレになった覚えはありませんーっ! …やっぱり、大嫌いですーっ堕王子なんかー!」

「は? え、ちょっと待って、なんで急に怒んの…痛っ!イテェって!やめろバカッ」

重量感のある大きな枕で容赦なく殴ってくるフラン。地味に痛いし、其奴がどうして怒り出したのかが分からず困惑する。セフレにするつもりだなんて一言も口にしてないのに、何故そんな考えに辿り着くのか。

「待てって! なんでそうなるんだよ、セフレにするなんて言ってねーし…怒るのか泣くのかどっちかにしろよ」

「……もーいいです…」

憤慨したかと思えば今度は悲しそうに悄気返って。感情の起伏が激しいフランなんて珍しくて、此方が当惑してしまう。

「な、こっち向けって」

「……いやですー、ベルセンパイなんか嫌いです」

「オレは好きだよ」

「…っなんで、そんな嘘吐くんですか…!」

「嘘じゃねーよ! 好きでもない奴にこんな嘘吐くわけねーだろ」

『愛』という感情は良く分からないけど、両思いだと分かって幸せそうに微笑む其奴を愛しく思ったのは事実であり、自分にもフランにも嘘なんか吐いていない。

「本当、に?」

「だから本当だってば…」

「……厭らしいことしたいから、そう言ってるだけなんでしょー?」

「…そりゃシてーけど、それとは別。なんで信じてくんねーの?」

「センパイが軽はずみな発言をするから悪いんですー。信じてくれって言うなら…態度で示してください」

「態度ってなに? なにすりゃいいの」

「…ミーがいいって言うまで手を出さないとか、そういう誠意を見せてくださいー」

「ゲッ…選りに選って禁欲かよ…」

苦虫を噛み潰したような顔をすればフランは呆れたように此方を睨んでくる。
淡白なお前には分からないだろうが、性欲旺盛なオレにとっては死活問題だと主張したい。

「本当に好きだったら我慢できるでしょう、いくらベルセンパイが色欲の塊でも一応人間なんですから申し訳程度の理性ぐらい持ち合わせてるでしょーし」

「好きだから我慢が効かなくなるんじゃん。手出さない方がそれこそ愛がないだろ」

「…今までミーの意思関係なく無理やり犯してきた人が言っても説得力皆無ですねー。とにかく、ミーのこと好きなら証明して見せてくださいー。ちゃんと我慢できて、それでもミーのこと好きだって言うなら…、何をしてもらっても…いい、です…」

段々と尻窄みになり、少し恥じたような声色で危険な科白を紡ぐ其奴。
何をしてもいい、だなんて最高に甘い文句を囁かれてしまった時点で既に理性の糸がぎりぎりと張り詰めているというのに。

「…本当にセックス禁止なの? でも認めてくれたら、その後はいくらでも好きにしてイイんだよな?」

「……ですー。…でも、抱き締めたり、添い寝するくらいなら…いいですよー」

「……お前バカ? 抱けないのに添い寝するとかどんな拷問だよバカガエル、そんなの襲えって言ってるようなもんだろ」

理不尽さに苛ついて腰を抱き寄せれば、ぺしりと無慈悲にも腕を払い落とされた。

「好きだって熱弁した手前、今更ミーを抱けないからって他の人に靡いたら呪いますからねー」

「!? …こわっ…術師って陰険だよな…」

「恨まれるようなことをする方が悪いんですー」

言いながら不機嫌そうにシーツを引っ張り込んでオレから背を向ける其奴。

フランの蠱惑的な肉体を貪れなくなるのは辛いけど、其れも少しの間の辛抱だ。ちょっとだけ我慢をすれば、この先一生分のフランが手に入ると思えば安いものだろう。

華奢な其の背中を見つめながら沈思し、後ろから包み込むように腕を回した。

「…わかった。お前がいいって言うまで、もう無理やり襲ったりしない」

「…本当ですかー?」

「でもその代わり、ちゃんと付き合って」

「…そんなの当たり前ですー。大体、最初から順番が違うんですー」

「はいはい、悪かったって。じゃあ明日はデートな」

「はっ? デート…?」

「そ。会合終わって後は帰るだけだし。どうせだから色んなとこ寄り道して行こうぜ」

なんかあっかなー、と寝転がったまま携帯端末で一帯の情報を検索する。

無理やり身体を繋げる前からもプライベートで出かける先々にフランを連れ回していたが、それを『デート』と銘打ったのは初めてだ。
何時もと変わらない観光なのに、お互いの関係が変わっただけで其れは特別なものに思えてくる。

柄にもなく明日のことを思って浮き足立ち、携帯に集中していると不意にぴったりと寄り添ってきた体温に驚き、手が止まる。
相変わらずやる気の無さそうな顔して此方の携帯を覗き込んできたかと思えば、遅れて可愛らしい嚔を一つ。

一連の口論ですっかり忘れていたが、二人揃って未だに素っ裸の侭で。
剥き出した小さな肩が見るからに寒そうだったからシーツを掛けてやると、翡翠色の硝子玉と視線が交わった。

「寒くない?」

「んー…」

「…もう寝るか」

「…んー…」

今夜は泣いたり怒ったりと忙しく、フランにしては感情の起伏が激しかったから疲れたのだろうか。
空返事に続いて瞼が重くなっているのが見て取れたから、下調べは起きてからにしよう、と携帯を手放す代わりにフランの身体を抱き締める。

今迄はフランを抱くことでしか枯渇を潤す手段が得られなかったのに、心も繋がっていると分かった今は其れだけで酷く満たされるような安心感に包まれるようだった。

素直に寄り添い合いながら寝るのは初めてだな、と小さな幸福感を感じて丸い額に唇を寄せる。
おやすみ、と既に夢心地のフランに囁いて、部屋の灯りを落とした。








20150327


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