short | ナノ

 


数時間、銀髪ロン毛の上司から突然の出動命令を言い渡され、抗う暇も与えられず任務に蹴り出された。

此の暗殺部隊というものは急を要する職業なので、仕方がないと言ってしまえば其れまでなのだが。本来ならば休暇であった筈なのに、とぶつくさ不平を零し、其の怒りを惨い幻覚に変えて敵方にぶつけた。
幸い、術師の人手が不足していただけの状況だったので、フランが加勢に加わってから物の数分、事はあっけなく完遂した。
後の面倒な処理を部下達に任せ、早々に帰還を急ぐ。普段は他人に雑務を押し付けない自分が、そうまでして急ぐ理由。
既にフランの頭の中は、三時のおやつに間に合うだろうか、という事しかなかった。



足早に回廊を渡り、談話室へと向かう。此の時間帯ならば談話室にいるであろう、ルッスーリアにティータイムのお願いをする為だった。じゃあ私もお茶にしようかしら、と女らしい口調とは裏腹に、筋肉質な体躯をくねくねと撓らせる光景をスルーしつつ、一言お礼を言って部屋を出た。
たった数分の任務だったし、汗をかく程の動きもしていない。シャワーを浴びる必要性を感じなかったので、私服に着替える目的で自室へと向かう。
今日のお茶菓子は何だろう、と此の先のティータイムに浮き浮きと思いを馳せ、自室のドアノブに手をかけた瞬間。

空気を切り裂く刃(やいば)が勢いよくフランの頭上を掠め、どすりと後方の扉に突き刺さった。
避ける間もなく別のナイフが頭のカエルに命中し、同時に互いを罵り合う二人分の声が響いてくる。

貴重な休みを削ってまで、自分は任務を成し遂げてきたというのに。
たった今下ろしたばかりの肩の荷が、再び重圧を増して伸し掛かってくるような気がした。
頭にティアラを乗せた瓜二つの金髪が、何故よりにもよって、ミーの部屋で暴れているというのか。喧嘩なら余所でやってくれ、と心の底から叫びたい衝動に駆られるが、当の忌々しい双子等は未だにフランの存在に気づいていない様子で。
溜め息を吐きそうになるのを堪え、重い足取りで散乱した雑誌を拾い上げる。窓硝子は割れていないだろうか、と心配になって顔を上げた瞬間、カエルの後頭部にナイフが突き刺さった。もういい加減にしてくれ。

流石に苛つきを覚えて振り向こうとした時、あっ、と双子の内どちらかの声が上がった。声まで同じなので、顔が見えないと判別出来ない。
じとりと恨ましげな目線を寄越せば、慌てて駆け寄ってきたのは兄の方だった。カエルに刺さったナイフを気にしてか、大丈夫かと訊ねてくる。此方の身を案じてくれるくらいなら部屋で暴れるのは止めろ、と言いたい。
何してるんですか、と不機嫌さながらに問おうとしたが、其れよりも早くラジエルの声によって阻まれた。

「ベルてめぇ、フランに当ててんじゃねーよ。このノーコンが」

「は? 誰に向かってほざいてんの? つーか、そいつは当たっても死なねーし」

「そういう問題じゃねぇだろ出来損ない。お前なに? そんな事言って、いつもフランに乱暴してんのかよ」

突然、自分をテーマに啀み合いが始まってしまい、思わず惚(ほう)けたように双子を見比べる。と、いきなり目の前にいたラジエルから庇護されるように抱き寄せられた。
甘ったるい香水の香りに気を取られる間もなく、勢いよくナイフが飛んでくる。ラジエルが咄嗟に身を屈めた所為で、其れは不発に終わってしまったが。

てめぇ、人のもんに触ってんじゃねーよ、と明らかな怒気を含んだベルフェゴールの声が聞こえてきた。人のもん、とは自分の事だろうか。生憎ベルフェゴールの所有物になった覚えは更々ないのだが、ラジエルの胸中に閉じ込められている所為で、否定の声が発せない。

「は? いつからフランがお前のものになったわけ」

「あ?」

勘違いしてんな、と其の時真上から、正しく自分の発したかった言葉が落とされた。己の気持ちを代弁してくれたラジエルに僅かながらの好感を覚える。

が、其の直後に「だってフランはオレに惚れる予定だから」と自信満々に付け加えられた一言のお陰で、上がった好感度は一気に急降下したが。兄の方も所詮堕王子であった事を忘れていた自分が情けない。
しししっ、と頭上から落ちてくるラジエルの笑い声に触発されてか、ベルフェゴールの口角が見る限りに引き攣っていく。
またもや一悶着起きそうだ、といい加減にフランはうんざりした。
此以上、此の阿呆な双子に構っている暇はないというのに。
何より今の自分には大事な大事なティータイムが待っているのだ。そんな至福の時間を、どうしてこんな堕王子共に邪魔されなければならないのか。沈思すればする程、沸々と蓄積した不満が込み上げ、腹が立ってくる。

更に苛烈した兄弟喧嘩が勃発する前にフランはラジエルの腕中で身を捩り、脱出を試みると、幸いにも此方の意思を察してくれたのか、彼は腕の力を緩めてくれた。
あのですね、と呆れたトーンで声を発せば双子が同時に此方を向く。

「大体ベルセンパイはミーと付き合ってもいないのに勝手に恋人面してるのが可笑しいし、ジルさんはわざわざセンパイの神経を逆撫でしにくるから余計に面倒くさい事になるし、つまりミーはあんたらどっちも嫌いなんですー」

一息に捲くし立て、酸素を取り入れてから小さく溜め息を吐く。積もる鬱憤が少し晴らされたようですっきりした。
前方の双子を見やれば、ぽかんと唇を半開きにした侭フリーズしていて。瞳が隠れている所為か、其れは揃いも揃って非常に間抜けな面だった。思わず小さな愛嬌を感じ、緩みそうになる口許を慌てて引き締める。
迷惑であると悲願しても、端(はな)から期待はしていなかった。此の堕王子等が、自分の一喝如きで素直に大人しくなるとは思えない。

だが、そんな予想と反して、双子は示し合わせたかのようにお互いの顔を見合わせると途端に肩を竦めた。
其れまできゃんきゃんと喚いていた犬が両耳を垂らし、尻尾を下ろしたかのように。先刻の煩わしい事此の上ない騒がしさは何処へやら、親に叱咤された子供のようにしょぼくれている。なんなんだ、此の人達は。
反省してくれたらしい点に関しては良かったが、此ではまるでミーが悪者みたいではないか。分厚い前髪の所為で表情は窺えないが、二人の周りに纏う空気は明らかに暗澹としていて。
そんな様相を見せられて突き放せる程、ミーも流石に冷淡ではないから、此方としても困ったように眉を下げるしかない。

どうしてミーの部屋で暴れてたんですか、と仕方なしに角の立たない声色で問えば、はっと弾かれたように双子が同時に顔を上げた。

「そうだった! カエルはモンブランが好きなんだよな?」

「馬鹿かてめぇ、ミルフィーユに決まってんだろ!」

「は? てめーにコイツの何が分かんだよ。カエルの好みはこのオレが一番熟知してんだから黙ってろ!」

「いーや、ミルフィーユだな」

「モンブランだっての!」

「ミルフィーユだっつってんだろ!」

二人同時に勢いよく立ち上がったかと思えば、何故か意味の分からない単語を交えて再び激しい口論が始まった。何がどうしてどうなったら、スイーツを軸に喧嘩にまで発展するのか。此の人達の思考には殆着いていけないし、先程の抗争を再開されても困るので慌てて仲裁に入った。

「待ってくださいー、モンブランだのミルフィーユだの一体何の話ですかー」

啀み合う二人の声を遮るように問うと、此方を振り返った双子が同時に卓上を指差した。
示される侭に硝子のテーブルまで目線を移せば、其処に洒落た箱が二つ並んでいて。筆記体で描かれた羅列は店の名前なのだろう、直ぐに其れがケーキ屋のものだと分かった。其れを見て思わず、モンブランとミルフィーユですか、とフランは間の抜けた呟きを洩らしていた。

フランが任務に駆り出されていた数時間前。部屋の主が居ないにも拘わらず、訪れたベルフェゴールとラジエルがフランの自室でばったりと鉢合わせてしまった。

顔を突き合わせただけでも口喧嘩になるというのに、奇跡とも言える同時刻、同場所に出会し、しかも全く同じ店のケーキを手土産に持ってきたらしい。幸いと言っていいのか、流石に買ってきたケーキ自体は違うものだったが。
フランとしては別種類のケーキが揃った事に万々歳だが、双子としては其れが抗争の火種となったようで。フランの好みはどちらかという話で噛み合わなくなり、案の定ナイフが飛び交う兄弟喧嘩に発展した。
此がもしも、両者共に同じケーキを買ってきていたならば不満は残るものの言い争いは起こらなかっただろう。同じ時間に同じ場所で、同じ店の手土産を所持してくる程のシンクロ率だというのに、そういう所は気が合わなかったらしい。

当の双子等は未だに洋菓子の名称を言い合い、己の意見を主張しているようで。
そんな彼等の話を聞き終わり、どうにも肩の力が抜けてしまう。そんなことで喧嘩をしていたのかと思えばあまりの小ささに呆れすら消沈した。
どちらのケーキが好みかなんて、双方も変わらず好きなフランにとっては瑣末だというのに。

其れよりも、見る限りに品のある箱の存在にそわそわと浮き立ってしまう。ティータイムには砂糖とミルクをたっぷり混ぜた紅茶をお供に添えよう。
そして其れを叶える為には、まず目の前にいる此の人等をどうにかしなければならない。

「……あのー、話は分かりました。ケーキありがとうございますー。というわけで出てってもらえると嬉しいですー」

只単に、至福のティータイムは静かに過ごしたいと思って。些かの悪意もなく発した言葉だったのだが、其れを受けた二人は途端に押し黙ってしまった。
ちらりと同じ顔を見合わせ、落ち込んだように肩を落とす。鼠色の雨雲を背負っているような素振りに、またかと気後れしてしまう。あんたら本当は仲が良いんじゃないですか、と言いかけた言葉を飲み込んで、フランは対処の仕様に困り沈黙した。

勝手に人の部屋で暴れたり騒いでいたくせに、急に悄気たり落ち込んだり。此方の手を煩わせてばかりの、本当に自分勝手で迷惑な堕王子様達。
只、ミーを喜ばせようと思わぬ恵みを運んできてくれたのは事実であり、何時もとて結局は此の人達を甘やかしてしまう自分がいるのは確かで。

小さな溜め息を吐き、ケーキの入った箱の中身を確認する。片方はモンブランが二つ、もう片方はミルフィーユが二つ。流石にケーキの種類までは被らなかったとはいえ、個数はものの見事にシンクロしていて、思わず苦笑いしてしまう。此なら自分が一種類ずつ食べても二個余るから、本当に丁度良かった。

フランがケーキを確認しているのを見てか、もう自分等は用済み認定されたと思ったらしい。ベルフェゴールとラジエルの二人が揃って部屋から退出しようとしている。其の後ろ姿がやけに寂しい。
本当に去ってしまいそうな気配だったので慌てて同時に引き止めれば、未だに暗い空気を纏った侭、此方を振り返る二人。

そんな彼等を余所に、ティーカップを用意する。

「お茶に、しましょうか」

そう言って、ケーキボックスを掲げて示唆する。折角ルッスーリアに頼んでいたのに後で謝罪をしなければと思う。
ぽかん、と此方を向いた侭立ち尽くす双子に既視感を覚え、口許が緩んだ。勿論、喧嘩はしないという条件付きで、と念を押す事も忘れずに。

無表情に惚(とぼ)けて薄く開いていた二つの唇が、にんまりと弧を描くまでの束の間。嬉しそうに居座りを決めた二人を見ながら、フランは三人分のティーカップに角砂糖を落とした。







20130203


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