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開け放した窓から吹き込んでくる生温い風に頬を撫でられ、思わず息を吐いた。

合唱するかのように絶え間なく鳴き続ける蝉の羽音が耳に纏わり付いて離れず、煩わしいこと此の上ない。
動いたら余計に暑くなると思い、じっと耐え凌ぐように身動ぎ一つしないでいても、じっとりと滲むように汗が噴き出してくるばかりで。せめてもと電源を入れた扇風機ですら、窓辺から吹いてくる風と何ら変わりのない熱気を孕んだものだった。

ばさばさと髪を煽る温風に身を任せ、ばたりと大の字で床に倒れる。途端に視界を占領するクリーム色の天井をぼんやりと見つめていれば、ふんわりと白く巻いた美味しそうなソフトクリームの幻が現れた。
幻覚を見破るのは結局は勘だ、と己の師が言っていたのを思い出すが、信じれば幻も実体と成り得ませんかと問うてみたくなった。
ゆらゆらと揺らめくソフトクリームの幻が陰りを浴びた途端、水に溶けたように歪んで滲む。なんだ、只の蜃気楼か、と最初から分かりきっていた事を残念に思った直後。
窓辺から差し込む日光を遮って、此方の顔を覗き込んできた人影にはっとする。
逆さまの向きで自分を見下ろし、何時からか立っていた其の人を漸く認識して跳ね起きた。

「随分とバテてんな、フラン」

そう言いながら、面白いものでも見るかのように口角を上げて笑う人。思い返すのも面倒なくらいに煩わしい先輩の面影を携えたラジエルが、首を傾げて佇んでいた。

ヴァリアーの面々なら兎も角、余りにも体たらくな場面を他人に見られてしまったと思わず居住まいを正せば、其の様子を見たラジエルが小さく微笑んだ気がした。

「あー…えと、こんにちはー」

「…ししっ、こんにちは。これ、フランにお土産」

片手に持った袋を差し出してきた其の人が、ストンと隣に腰を降ろしてくる。また見張りの目を掻い潜って窓から入ってきたのだろうか、と考えながら袋の中身を覗いた瞬間、思わずあっと声を漏らしてしまった。
休日限定であるが故に大抵は半日で完売してしまい、なかなか手が届かず、ずっと欲していたジェラートがまさしく其処にあって。

「こ、これ、食べたかったんですー!」

「あ、ほんと? なら良かった。今日あっついし、何が良いかなって思ったんだけど」

丁度良かったな、と言って笑う其の人が、まさに彼の名を表した天使のように見えてきて、拝みたくなる。此方のあからさまなきらきらとした視線に気がついたのか、ラジエルが小さく吹き出した。

この炎天下の中でわざわざ買いに行ってくれたのだから、嘸かし暑かっただろうに、とラジエルを見つめるが、当の本人はぎらぎらと照りつける直射日光を浴びてきたとは思えない程に、涼しげな顔をしていた。

自分はと言うと、太陽を避けてずっと室内に籠もっていただけで、じとりと汗が噴き出してくる程だというのに。何故かラジエルの周りだけ涼やかな空気が漂っているように見えたから、思わず、其の頬に手を伸ばした。
ぺたり、と丸めた指先で肌理に触れれば、瞳は前髪に覆われて窺えないにも拘わらず、きょとんと少し驚いたような気配が伝わる。ひんやりと冷たい感触を想像していたが、触れた肌は何の変哲もなく仄かに暖かい人肌だった。
飄々としていて不思議な空気を纏っている人だから、人間ではない何かでも可笑しくはないと思っていたけれど。ジルさんもちゃんとした人間だったか、と意味の分からない納得を得て、触れた頬から手を離そうとした時。

ぎゅ、と差し出した手を握られて、今度は此方が目を丸くする。口許に微かな笑みを浮かべたラジエルが、そっと窺うように瞳を覗き込んできた。

「なに?」

「え、…あ、いえー、大した意味はないんです、けど…」

「…ふーん。何となく触りたかっただけ、とか?」

「あ… まぁ、はい…そうです」

理解したような言葉を並べるものの、此方の手を捕らえたまま解放してくれる気配のない其の人に戸惑い、曖昧な返事を返す。
何故だか、じっと心を覗き込まれているような気がして居心地が悪くなり、思わず目を逸らした。

其の時、ふわりと柔らかな感触と共にちゅっ、と耳元でリップ音が鳴り、逸らしたばかりの視線を戻す。其処には、何時の間にか至近距離に近づいたラジエルの顔があって。どきりと肩を揺らして小さく仰け反ると、目の前の其の人が愉しそうに笑い声を漏らした。
一瞬、何をされたのか理解できず、遅れた思考を働かせる。漸く顔に感じた人肌を思い出し、頬にキスを送られたのだと気づいた途端、かあっと顔に熱が上った。

「っ…な、」

ぱくぱくと鯉のように唇を震わせて言葉を発せずにいると、此方の真意を汲み取ったラジエルが笑いを噛み殺すようにくつくつと喉を鳴らした。

「ジェラートのお礼、まだ貰ってなかったから」

フランのそんな顔見れただけで甲斐があったな、と抜かす其の人に頭を撫でられ、じわじわと舞い上がってきた体温が爆発寸前まで過熱する。涼ませる為にある扇風機は矢張り何の役にも立たなくて、着ていたシャツをばさばさと扇いで早急に熱を解放するが、其れも気休めにしかならない。

からかうように降り注いでくる笑い声を聞きながら、ジェラート溶けるんで飲み物淹れてきます!と逃げるように叫んでキッチンへと転がり込んだ。


使



20130901

*薫風=初夏の快い風



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