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耳を欹てるより間もなく、激しい旋律が響き渡る。

外界から音が聞こえてくるというよりも、脳内に直接スピーカーが埋め込まれ、其れが頭の中で流れているといった方が近いかもしれない。
テンポ良く氾濫する曲調が、己の周りを取り巻く空気を遮断させ、まだ見ぬ一つの世界を作り上げる。現実とも妄想とも似つかないざわめきが総てを支配し、頭の中で鳴り響くボーカルと其の情景がありありと視界一面に広がった。
己の意思とは関係なく脚の爪先がリズムを取り、陶酔するように息を大きく吸い込んだ瞬間。

「…っあ」

ぶつり、と突然、旋律が止み、其れを境に壮大に広がっていた世界ががらがらと音を立てて崩壊した。
呆気ない、と惚けたように思い、続いて沸々と怒りが込み上げてくる。

「……何するんですかー」

「うっさい。ここオレの部屋」

じろりと見上げれば、腰に手を当てて不満を露わに立ち塞がる部屋の主がいた。
そう言えば此処はベルフェゴールの部屋だったのだ、とフランは今更ながらに思い出すが、人がヘッドホン片手に気持ち良くなっているのを妨害してまで、大して重要な事柄でもないように思う。

「知ってますけど、それが何かー」

「何かじゃねーよ。う・る・さ・い」

一瞬、此方の口答えの事かと思ったが、ベルフェゴールがヘッドホンを指差して来たのでそっちかと思い至る。

「煩いって…この曲もセンパイの私物でしょーが」

「今はロックな気分じゃねーの。煩いから聞くな」

ロックな気分とは何だ、と心の中で毒づく。幾ら部屋の主だからといって、そんな自分本位な人間は如何なものか。
数秒間じとりと睨み合ったが、決まって何時も折れるのは此方だと自覚している為、フランは仕方なしにヘッドホンを外した。其れで良し、と偉そうにふんぞり返る気配すらある言葉に、毒を吐きそうになるが堪える。

雑に積み重なったCDケースを見渡せば、其の中から配線のような物を見つけたので引っ張って取り出す。イヤホンのコードだった。これなら外に音楽が漏れる事もないし、文句はないだろうと思い、ヘッドホンのコードを抜き去って代わりに本体に繋げる。
どすん、と尻に僅かな振動が伝わり、ベルフェゴールが隣に腰掛けてきたのだと分かるが気にせず、再生を押した。

途端に、不完全燃焼と化した先程の旋律が息を吹き返し、頭の中に鳴り響く。無惨にも崩れ去った世界が色を戻して、逆巻くように一つの世界が構築される。

――と、ぶつり、と再び秒殺で世界が終わった。

「……嫌がらせですかー、完全に嫌がらせですねー」

「そもそも誰が勝手に音楽聴いていいっつったの。オレが隣にいんのに、一人の世界に籠もるんじゃねーよ」

不満をぶちまけようとした矢先に、予想外の怒りをぶつけられて、思わず押し黙る。ベルフェゴールから向けられた言葉を頭の中で反芻すれば、矢張り只の我が儘じゃないかと盛大に溜め息が漏れそうになった。

知りませんよそんなの、と今度こそ此方が怒りをぶつける番だ、と口を開きかけたが、突然強く腰を引かれた為にバランスを崩してしまい、慌てて相手の服を掴む。
半ば強引に身体を引っ張られたかと思うと今度はベルフェゴールの脚の間に位置を置かれ、彼の行動が読めず、若干戸惑うようにちろりと顔を見上げた。

「……あの、」

「片方貸せよ」

フランの言葉を遮るようにしてベルフェゴールがコードを引っ張ってきたので、両耳に入れていたイヤホンの片方がぽろりと外れた。後ろから捕らえられるような格好の所為でベルフェゴールの動きは見えないが、取れた片方のイヤホンをつけたのだと予想する。

程なくして、中途半端に切れた侭の音楽が右側からのみ流れ始めた。

「……ロックな気分じゃなかったんじゃないんですかー」

「……うっさい」

「……構ってちゃんですかー?」

「マジうっさい」

ぎゅむ、と後ろから抱くように締め上げられ、苦しいと喚けば僅かに力が緩まった。

じんわりと背中から暖かく体温が広がり、流れてくる激しい曲調とは不釣り合いの微睡みが襲う。
子供体温、とぼそりと呟かれたのを耳にしたが反論する気も起きず、寄りかかるようにして体重を傾ければベルフェゴールも釣られたように欠伸をする。
一人で陶酔する世界も良いけれど、二人で中途半端に微睡む世界も悪くないかもしれない、と思った。






20130226


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