朝、目覚めて第一に身震いをする。
平たい液晶画面が表す情報をぼんやりと見つめていれば、曇りのマークが列島全体を占めていた。淡い光透カーテンの先に広がる真っ白な空を見上げながら鞄を取り、玄関に向かう。
今日は一日曇りでしょう、とニュースのアナウンサーが元気良く伝えて来るのを聞きながら、フランは傘を片手に取った。
さらさらと霧吹きをかけたような細かい雨粒が、灰色に染まった空に舞う。
窓の外を見上げながら、強ち外れでもなかったのだろうか、と先程のニュースに思いを馳せた。何か微妙に雨降ってね?と、隣から上がった男子生徒の声に、今日は一日中曇りらしいよ、と返す別の声。マジかよー傘持ってねーけど、曇りなら大丈夫だよな、と横から挟んでくる新たな声を聞きながら、机に俯せる。
方頬を開いた侭のノートに落とせば、じめじめとした湿気が紙までをも侵食しているようで、小さな不快感が過ぎる。
ふと、視界に入り込んだどんよりとした雲一面の空を見上げ、大雨になってしまえ、と思わず念ずるように瞳を閉じた。
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ぴちゃん、と天涯から滴り落ちた雫が、小さな水溜まりに幾つもの波紋を作る。
昇降口で氾濫する生徒を後目に、下駄箱の扉を開けてローファーを取り出す。周りには携帯を片手に通話をする生徒が大半で、親に迎えの交渉をしているのだろうと想像しながら、靴先で整えるように床を小突いた。
つん、と尖った金属の先を下に向け、ばさりと羽を広げるように傘を開く。両手に抱えた鞄を頭上に掲げ、バシャバシャと激しく水溜まりを踏み込みながら駆け抜けていく制服を横目で見送った。
あれじゃ帰るまでに全身水浸しだな、と次々に走り去っていく制服を他人事のようにぼんやりと眺めていた時。
「フラン!」
突然、後方から上がった自分の名。振り向けば視界一面に飛び込んできた金色。
ばしゃん、と水溜まりを踏み込んで、半ば強引に此方の傘の下に入り込んできた人物を認識すれば、小さく鼓動が高鳴った。
「マジお前いて助かったー」
「……入れてあげるなんて、まだ一言も言ってませんよー」
ぼそりと呟くようにそう言って顔を上げれば、にんまりと歯を見せて笑うベルフェゴールと視線がかち合う。金色の糸から小さな雫が伝い落ちるのを、ぼうっと見つめた。
「天気予報、どこが曇りだっつの。ざかざか雨降ってんじゃねーか」
「はぁ」
「つーか、お前何で傘持ってんだよ」
「……天気予報なんて100%当たるわけないんですよー」
「……疑り深っ」
ししっ、と真隣で上がった何時もの笑い声を聞きながら、雨の匂いに混じって己の鼻腔を仄かに擽る香水の香りに俯いた。
降りしきる雨を塞ぐ、一つ傘の下。
外界を断ち切った小さな空間。
時折触れ合う肩に意識が集中する。
次々と忙しく脇を過ぎ去って行く人影を見届けながら、矢張り天気予報なんて信用しないで良かった、と傘の柄を持ち、熱を含んだ指先に小さく力を込めた。
降り頻る心雨20120814