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普段から『子供は風の子』を体現したような人が珍しく鼻を啜っている。
身体年齢的には彼も大人なので其の例えには語弊があるかもしれないが、中身は子供みたいなものなので強ち間違いではないだろう。

「風邪引きましたー?」

「んー…」

生返事をしながら掌を開いたり閉じたりするベルフェゴールを見て、思い出したかのようにフランも両手を擦り合わせた。

「手が冷えますねー」

「悴むと指の感覚が鈍るからな…」

ナイフを扱う彼にとって、手先というのは生死を左右する程に重要な身体の一部なのだろう。
どんなにベルフェゴールが己を天才だと自負して、其れに見合った実力があったとしても、人間である以上絶対にミスを犯さないとは限らない。
いつ何時も自信に満ち溢れ、自分の体が傷付くことも躊躇わない彼だから。見ている此方からすると危なっかしくて気が気でないのだ。
もしも悴んだ指先が原因で任務中に誤り、怪我でもしてしまったら。
嫌な想像が膨らんでしまえば居てもたってもいられなくなり、ベルフェゴールの両手を取って自らの掌で包み込んだ。

「こうした方が暖かくなりますよー」

冷え込んだお互いの両手を擦り合わせて暖かい吐息を吹き込むと、二人分の体温がじんわりと馴染んで熱を持つ。
そうやってベルフェゴールの手を暖めている最中、視線を感じて顔を上げると、目の前の彼が前髪越しにじっと此方を見つめていた。

「なんですかー?」

「……別に」

ふいと素っ気なく余所を向き、唇をへの字に曲げてしまう。不機嫌にも見える其の表情は、決まって照れている時のものだとフランは知っていた。
珍しく可愛いげのある反応をするベルフェゴールが可笑しくて思わず笑ってしまいそうになる。

「ぽかぽかしてきたでしょうー?」

「んー、まぁ…」

「こうすると暖かくなるって教わったんですー」

「誰に?」

其れまで適当な相槌を打っていたベルフェゴールが目敏く食いついてきたので、目を丸くさせながら答えた。

「小さい頃におばあちゃんがよくしてくれたんですー」

「あー、ならいいけど…」

嫉妬深いのは今に始まったことではないが、あまりにも分かりやすい焼きもちに笑みが零れる。

「…なに笑ってんだよ」

「なんでもないですー」

可愛い人だ、と熟(つくづく)思う。
実際に其れを言ってしまったら機嫌を損ねるだろうから、口には出さないけれど。

片耳に着けていた無線から部下の声が聞こえてきたのを合図に、握り込んでいた両手を離した。

「そろそろ行くか」

「そうですねー、帰りに温かいココアが飲みたいですー」

「なにそれ。オレに奢れって言ってんの?」

「奢ってくださーい」

「じゃあ報告書宜しく」

「そんなの自分で書かなきゃ意味無いでしょー」

「お前はオレの物だから、お前が報告書を書いたらオレが書いたことになるの」

「意味の分からない屁理屈やめてくださいー」

子供のような悪態を吐くベルフェゴールに呆れを覚えながら、深々と冷え込んだ寒さの中で上着を翻す。
奢ってくれたココアに美味しいマフィンを添えてくれるなら、報告書を肩代わりしてあげてもいいかもしれない。
面倒な仕事の後に訪れる時間を目論みながら、先を急ぐ彼の背中を追った。


色クロッカス



20150105


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