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くしゅん、と隣で上がったフランの嚔を聞いて、釣られるようにベルフェゴールも鼻を啜った。

気休め程度に照りつけていた太陽も彼方へ沈み、薄らとした暗闇が空を覆い始める。暗殺部隊が活動を始めるには少し早く、気温も一層下がってくるであろう時刻。
辺り一面に聳え立つ木々と枯れ葉に囲まれ、待ち合わせの目印とした大木を背に二人は腰を降ろしていた。

「寒いー…寒いですー」

「…寒いっつったら余計に寒くなるだろーが」

「そんなこと言ったって寒いものは寒いんですー」

他愛のない会話の中で不平を零すようにフランが呟く。
今回の仕事の内容は組織の内部詮索を目的としたものである為、幹部二名と部下数人の少数で行うと伝えられていた。
例の幹部であるベルフェゴールとフランは既に指定された場所に着き、後は部下の到着を待つのみなのだが。

「……大体こういう時って、普通は部下が先に着いて待っているべきなんじゃないんですかねー」

「まー、オレらが早く来すぎてるだけなんだけどな。スクアーロが早く行けってうるせーから出てきたけど、あいつらが来なきゃ意味ねーんだっての」

時折吹き抜ける風に身を縮めても、深々とした寒気(かんき)の前では其れも無意味である。素肌が凍てつくような感覚に両手の平を擦り合わせて息を吐きかけても、其れは白く舞い上がるばかりで一向に暖かくならない。
寒々しい気温の中で待たされているという不満も相俟って、むずむずと鼻腔が擽られるような感覚に抗う事も出来ず、へっくし!!と再び盛大な嚔が飛び出した。

「きたねっ!鼻水飛ばしてんじゃねーよ」

「うー、じっとしてると余計に寒いですー」

「だったら、その辺駆け回ってればいいじゃん」

「動くと風が当たって更に寒いんですー」

「なんだよ。じゃあ勝手に凍死してろよ、冷凍ガエル」

素っ気なく投げやりな言葉をかけられて、フランは鼻を啜りながらじろりと隣を見やった。
中には薄手のボーダーシャツを一枚しか着ていないのにジャケットの前は全開で、見ている此方が寒くなるとフランは身を震わした。寒くないんですかーと問えば、寒い、とだけ短い返事が返ってくる。だったらもっと着込めば良いのに、変な人だ。

襟元が寒いが任務にマフラーをしてくるわけにも行かない。しかし何時もは煩わしいだけのカエルメットが此処で功を奏しているのだ。真夏は其れこそ地獄でも冬には欠かせない必須アイテムとなっている辺り、少々複雑な気持ちだが。

「カエル、」

「うー寒いー寒いー。ついでにミーはカエルじゃありませんー」

「そんなに寒いならこっち来いよ」

腕を摩りながら、向けられた言葉にちろりと視線を寄越す。ちょいちょいと手招きをするベルフェゴールを見て、もしかしたらミンクという名の防寒具を出してくれるのかもと淡い期待を抱いた。
のそのそと地面を這って彼の前に腰を降ろせば、遠いと言われて腕を引かれる。促される侭に身を寄せるとぴったりとくっつくように抱き締められた。

「…、なんですかー」

「引っ付いた方があったけーかと思って」

「ミンクじゃなくてこっちですかー…」

「どういう意味だよ」

背中に回されたベルフェゴールの手が暖を取るように生地を摩る。目の前のボーダーに鼻先を埋めれば、意外にもぽかぽかとした体温が伝わってきた。
春夏秋冬、一貫して何時も薄着な人だが、どちらかと言えば体温が高いことを考えれば納得がいく。
カエルが邪魔くさい、と理不尽な呟きを洩らすベルフェゴールの顔を見上げれば、彼も丁度此方に視線を落としてきた。

「せんぱい、鼻が赤くなってますよー」

「…お前だって赤いっつーの。ししっ、なんか間抜け」

「それは鏡を見てから言ってくださーい」

「あ? んだとコラ。もういっぺん言ってみろよ、アホガエル」

ぎゅ、と寒さで赤くなった鼻を摘まれて、喉の奥から可笑しな声が飛び出す。愉しそうに笑うベルフェゴールの鼻も仕返しに摘まんでやろうと思ったが、其れよりも早く抱き寄せられたお陰で適わなかった。

とくとく、と重なる心臓の音が心地良くて、触れ合っている箇所からじんわりと体温が馴染んでいく。
…ああ、やっぱりミンクじゃなくて良かったのかもしれない、なんて。
柄にもなく本当に恥ずかしい限りではあるが、此の侭くっついていたいだなんてそんな事を一瞬の内に思い描いてしまったものだから。

「……部下の人たち、遅いですねー」

「…このまま来なくていいかも。暫くこうしてたいし」

自分自身の気持ちを誤魔化す為に振った話にも、フランの本音を代弁するかのような言葉がベルフェゴールの口からはすんなり飛び出してくる。
ほわ、と蛍の明かりのように胸に灯った小さな暖かみを感じ、フランはふるりと睫を揺らした。
其れを聞いて素直になろうとか、別にそんな事を思ったわけではないけど。

「……実はミーも同じこと思ってましたー」

「…、…ふーん。気が合うじゃん」

一瞬、息を詰まらせたような気配の後に、素っ気なくも何処か弾んだ声が返ってくる。混じった体温から体ではなく心が温かくなるのを感じながら、大きな背中へ回した手に力を籠めて引き寄せた。








(おい、どうするんだよ…)

(どうするったって俺に聞くなよ、どうしようもないだろ…)

(だから、遠慮がちに遠目から声をかければ…)

(馬鹿かお前、今出て行ったら確実に殺されるだろうが)



部下数名の視線が一心に集まる先には、仲睦まじく寄り添い言葉を交わす幹部(約二名)の姿。
端から見ても完全に他人が入り込める空気ではないが、待ち合わせ時間は疾っくに過ぎている。此の侭更に遅れが続いてしまえば確実に殺される。が、今出て行っても殺される。最早どうにもこうにもならない。

茂みの影で頭を抱える部下数名の葛藤もつゆ知らず。任務決行が大幅に遅れて、作戦隊長にどやされる破目になったのは言うまでもない。






20140105


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