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最初は只の興味本位で、好奇心で、其れ以上の余計な感情なんてなかった。

一人の他人に執着するなんて彼奴らしくないと感じたから、そんな弟の心を捕らえているのはどんな奴なのかと気になっただけ。
瞬きをする度に揺らめく翡翠は確かに綺麗だと思ったし、其の可愛らしい容姿からは想像もつかない生意気な科白を連ねる所も、オレの興味を惹いた。だから手足を縛って、口も塞いで、少し強引でも良いからと、其奴を拉致した。
連れ去ってからどれくらいの時間が経っただろう。今頃、半狂乱になりながら此奴を探し続けているに違いない、愚かな片割れの姿を想像してほくそ笑んだ。

「で、オレの物になる気になった?」

「しつこい人ですねー。いい加減にしてください」

掴んだ手を振り払い、幾度と無く紡がれたお決まりの台詞を吐くフラン。無理やり拉致したと言っても、リングの類は全部没収してやったから脚に付けた枷以外の拘束はしておらず、部屋も広々とした豪勢な一室を与えた。其れは、あくまでも彼奴に絶望を見せてやる事が目的で、連れ去った此奴自体に恨みはないから。

伸ばした指先で艶やかな髪を掬って口付ければ、先程と同じ言葉を並べる。早くオレの物になれよ、って。そう認めたら此のうざったい拘束からも解放してやると言っているのに、フランは絶対に其の口を開かない。
嬲るように脅しても、甘い虚言を囁いても、冷めた瞳は一向に揺るがなくて。思い通りにならないのが気に入らず、オレの不満ばかりが着実に募っていく。
きつく顎を掴み上げ、真っ直ぐに見つめてくる瞳の奥底を探るように食い入った。

「それで、いつになったら帰してくれるんですかー」

「帰さねぇって言ってんだろ。お前はオレの物なんだから」

尚も変わらない間延びした声に苛つき、口調が荒くなる。
捕らえた顎を其の侭に形の良い唇に噛み付けば、一瞬息を詰めたような気配を感じて、小さな優越感が走る。閉じた唇を押し割ってぬるりと舌を差し入れれば、其れまで一切の反応を示さなかった両腕が突っぱねるようにオレのシャツを掴んだ。
ぴったりと塞いだ唇から酸素を与える道を閉ざすと思うように呼吸が出来なくて苦しいのか、鼻にかかったような声を漏らす其奴。抵抗らしい抵抗も出来ずにもがく姿を見て、オレの中に潜んだ情欲がちり、と音を立てた。

ちゅう、と音を立てて吸い付き、抵抗する細い腕を捕らえて華奢な身体を組み伏せる。ジャラジャラとフランの足首を拘束する枷の音が煩いが、其の支配者が自分なのだと思うと、何故か心が満たされるような気がした。
逃げ回る舌を絡めて吸い上げれば、涎が顎を伝うよりも早く、舌に歯を立てられて唇を離すしかない。

「……ってぇ、な」

思わず、怒りを含んだ呟きを漏らす。其れなのに目の前の其奴は自らの袖でごしごしと口を拭っていて。
少しばかり心を乱してやれたかと思ったのに、離してやれば矢張り冷めた瞳に変わりはなくて、くつくつと己の奥底で満たされぬ何かが再び音を立てていくような気配がした。

「…あんな失敗作のどこが良いわけ。劣った欠陥品なんか捨てて、オレにしとけばいいのに」

「…仮にあんたが天才だろうが、あの人が失敗作だろうが、そんなことどうでもいいんで」

其の瞳に映しているのは、紛れもないオレなのに。どうして見えもしない彼方を一途に見据える事が出来るのか。
じっと真っ直ぐに迎える視線に居心地が悪くなり、掴んでいた腕を突き放せば、フランを置き去りにして足早に部屋を出た。

幼少の頃からずっと、彼奴の大切な物は奪ってやらなければ気が済まなかった。
何をやってもオレに勝てなかった彼奴は其の度に涙を飲み、オレは周りを味方につけて彼奴を嘲笑っていた。当たり前だ、其れが当然の関係性だった筈なのに。どう足掻いても今のオレは彼奴に負けるというのか。あんな失敗作に、このオレが。

ぐるぐると頭の中を渦巻くどす黒い感情が、溶け出して胸を浸食していく。静かに燃え盛る焔が胸を焼き尽くし、じりじりと火の粉を散らした。

乱暴に部屋の扉を閉め、だだっ広い自室に一人立ち尽くせば、頭の端で先程キスをした時のフランが蘇る。
何時からか、オレは目的を履き違えてしまったのだろうか。片割れを潰したくて起こした行動なのに、記憶の断片に映るフランの揺るぎない瞳に胸が焦がれ、酸素を吸う事ももどかしい。

どうしたら。どうしたら、お前はオレの物になるのか。

其ればかりを考えている自分に気づけばもう誤魔化す事も後戻りも出来なくて、尖った靴先で床を蹴った。
貪婪とした熱に浮かされながら自分を振り返り、頭を冷やそうと洗面所に向かって蛇口を捻る。ザバザバと音を立てて流れ出る水を無心で見つめていれば、ふと何かの視線を感じて、顔を上げると目の前の鏡にベルフェゴールが映り込んでいた。

無表情で此方を見つめる悪魔の片割れが、呻く己を嗤っているようで。

『精々、足掻いてろよクソ兄貴』

躊躇いもなく握り締めた拳を振り上げ、オレは鏡を叩き割った。
悲惨な音と共に飛び散った硝子の破片が突き刺さり、指の間から滲み出た血が鏡に伝う。同じ血でも、流したいのは此の血じゃない。

「てめぇの大切なもん、全部ぶち壊してやるよ。ベル」

割れた鏡に映っていたのは、弟ではなく嫉妬に歪んだ自分自身の顔だった。






20130912


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